至高のパン
「で、出来たぞー!」
「やりましたー!」
パチパチパチ、と思わず二人で拍手してしまう。
だが、そのハイテンションも致し方あるまい。何せ、件の新商品の開発会議から3週間も経って、やっと完成したのだから。
何故そんなに時間が掛かってしまったのか? それは簡単だ。実証するのに時間が掛かったからだ。
当然と言えば当然だよな。『このパンは2週間持つんです!』って言う事を証明するのにかかる時間はどれくらい? 2週間に決まってるだろう。
今、俺とリネットは2週間前に作ったパンを試食して、その美味しさが失われていないことを確認できたのだ。
そのパンだって1日や2日で開発できたわけじゃない。理論的には持つんだけど味が悪いとか、見た目が悪いとか、色々な問題にぶち当たったものだ。
さて、結局俺はどうやってその問題を乗り越えたのか? 結論から言うと、葡萄酒を使ったのだ。
地球では昔、船乗りは水の代わりに葡萄酒を飲み物として船に積んだ。それは葡萄酒が水と違って腐りにくいからだ。管理状況によっては腐らないともいえる。
水の代わりに葡萄酒を使ってパンを焼き上げる。文面にすれば簡潔だが、そこにはなかなかの試行錯誤があった。いつもと同じ作り方で水を葡萄酒に変えただけだと、苦みが出てしまったり、匂いがきつかったりして中々美味しいパンにならなかったのだ。
その味や焼き加減の調整で1週間も掛かってしまった。
苦労自慢みたいになるが、葡萄酒を調達するのだって楽じゃなかった。
そもそも葡萄酒は高いのだ。1ℓ当り、銀貨2,3枚ほどする。盗賊を倒して得た報奨金が無ければ、そもそもそこで挫折していたことだろう。
ついでに言うと、葡萄酒はロルカ村だけで十分な量を手に入れることは難しく、足りない分はシリスタに買いに走ったり……兎に角! 並々ならぬ苦労をしたのだ!
「でも、どうしましょう? ここまでで3週間かかってしまいました……」
「ああ……。良い商品を作り上げたという自信はあるが……いくらなんでも1週間で今までの売り上げを2倍にするのは無理っぽいな……」
二人がしんみりした空気なっていると、厨房にマラカイさんが入って来た。
「約束の期日まであと1週間だ。だが、売り上げは今までの所、全く変わっていない」
「それについては言い訳できません」
「お前は、実現する自信も無いくせに大きな口を叩いたのか?」
「お、お父さん!」
俺を庇うように前に出るリネットを手で制する。
「そんなつもりはありません。確かに、実現までの期限を見誤ったのは確かです。それについては謝罪させて頂きます。申し訳ありません」
一流のビジネスマンたるもの、謝るときは謝れなくてはいけない。俺は自分に言い聞かせて、素直に頭を下げた。
「ですが、実現までの道筋は着きました。見てください、このパンを」
俺は、リネットと二人で作り上げた自信作をマラカイさんに差し出した。
形は普通の食パンと同じ。ただし、少し紫がかっており、葡萄の香りがする。
「どうぞ、食べてみてください」
「ふん……」
不満げな顔をしながらも、マラカイさんはそれを口に含んだ。
ゆっくり咀嚼するも、その表情は変わらない。
「不味くはないが……美味くも無いな。何の変哲もないパンだ。こんなもので、売り上げが伸びるとでも……」
「それは、2週間前に作ったパンなんです」
「何だと……?」
「驚きましたか? 俺達は、味ではなく保存できる期間にこだわって作ったんです。これを、外からくる商人を中心に売り出します。それで絶対に魅せの売り上げを伸ばして見せます……だから、あと1月だけ待ってください!」
俺は再度頭を下げた。
「私からもお願い! お父さん! もう一度ハルイチさんに機会をあげて!」
リネットも一緒に頭を下げてくれる。
……しばしの沈黙。それを破るように、マラカイさんは息を吐いた。
「……あと一月だ。それ以内に結果を出せなければ、2号店などと言う無謀な夢は諦めろ」
「有難うございます!」
「有難う! お父さん!」
「……ふん」
マラカイさんは面白くもなさそうに背を向けて厨房から出て行こうとしたが、その直前に一言。
「ハルイチ。そのパンを売り出すつもりなら、大々的な宣伝が必要だろう。村長に売り込んでみるがいい。村長に2週間預け、その後でお前が喰う。そう言う見せ方をする必要があるだろう」
そう言って、今度こそマラカイさんは厨房を出て行った。
残された俺とリネットは、ついつい顔を見合わせる。
「リネット……今の」
「お父さんが……助言してくれた」
「それだけじゃない。初めての俺のことを名前で……」
「お父さん。少しずつだけど認めてるみたいですね! ハルイチさんの事!」
リネットが嬉しそうに笑う。
「これは……期待は裏切れないな」
「ええ! 絶対にやり遂げましょう!」
そろそろロルカ村編も終わりです。
次はもうちょっとだけ広い世界に飛び出しますので、こうご期待。




