悪女の妨害 1
さて、翌日である。
ユルウル伯爵家のお茶会だ。
不愉快極まりないことに、エリオット王子サマが、迎えに来てくれるらしい。
つきっきりである。
そんなに信用されてないなんて。
ショックを通り越して憤怒である。
そんなことをしたって無意味だ。
私はいついかなるときも、誇り高い悪女である。よって、いくらエリオットが私についてまわろうと、私は立派に悪口を言うし、反撃する。
安心したまえ、エリオットよ。
君がどんなに私を見張ろうと無意味なのだ。
けれど、やっぱり、こんな冷たい男に付き添われるのは不愉快なのである。
「…不機嫌だね、」
当たり前だ。
馬車に乗り込んだユルウル伯爵家までの道中、エリオットは私に背を向け、視線を外へやりつつ投げやりに言った。
「いいえ。しがないお茶会に私と一緒に行ってくださるくらい、エリオット様がお忙しくなくて嬉しいくらいですわ」
これくらいは、と思い皮肉る。
さりげなくヒマかよてめえ、と言った私は、エリオットに睨まれる羽目になった。
しかし! 貴様の睨みなど怖くないわ!
七年越しの私の目的を邪魔する存在は許さない。
いくら王子でもな!
なんてったって久しぶりのお茶会なのだから!
お茶会というのは、策略と悪意の温床である。いろいろな思惑が渦巻いて、水面下で育って、表面化したころには王宮で噂の的、してやられてる。噂の的にしていただけるこんな美味しい機会逃すわけにはいかぬのだ。
悪女な私には、お茶会の誘いがくることが珍しい。そりゃ、せっかくのお茶会を台無しにする悪女をわざわざ呼ぼうとは思わないだろう。しかし、公爵家令嬢だから呼ばないと失礼にあたる。そういうわけで、みんなひそひそちっちゃく内緒でやる。仲間外れである。
せっかく呼んでくれたユルウル伯爵家のご令嬢、パトリシア様のご期待を裏切らないためにも、このまたとない機会を無駄にするわけにはいかない。
ひいては、公爵家のため弟のため!
そして、婚約破棄のため!
いいぞ。
いい感じにやる気に満ちて来た。
姉さん、と駆け寄ってくる愛しの弟セイラの姿を思い浮かべ、私はエリオットを横目で見た。
昨日、エリオットとお茶をした訳だが、そんなことで、我々の関係が改善されるわけもなく。
初めこそエリオットの見慣れぬ不気味な姿に怯えたが、ただその後は、当たり障りのない政治と領地の会話を抑揚なく続け、私はただただセトルのお茶を入れ続け、エリオットはそれをただただ少しずつ飲み続けるという地獄のような時間となった。
むしろ、安心するレベルである。
「……なに」
すごく嫌そうな顔で睨まれた。
ちなみに、こいつに睨む以外の視線を向けられたことがない。
「いえ。エリオット様のほうが、ご機嫌が悪いのでは? わざわざ私のために足をお運びいただかなくても、結構、ですのに」
結構、に力を入れて言ってやった。
すると、ただでさえ不機嫌さマックスのエリオットの顔は、これ以上はないというほどに歪んだ。
こ、こわっ!
「はあ? 僕がしたくてやってるとでも思ってんの? そもそも、きみの性格が良ければ、こんなことになってないんだけど」
「あら、褒め言葉ですか? ありがとうございます」
つーん、と顎をそらすと、エリオットは深い深い溜め息をはいた。
「とりあえず、僕の目の前では、そんなことさせないから」
やってみろ、である。
人目を盗んで、それくらいのことをやってみせるほどには、私は悪女であるはずだ。
できるはずだ。
はず。
*
席について、私はにこりと微笑む。
ユルウル伯爵家ご令嬢、パトリシア様が乾杯を唱えた。
しばし、乙女の談笑が続くかと思われたが、8名ほどのご令嬢の視線は全て、私の後ろで踏ん反り返っているエリオットへと向いている。
まこと、けしからん。私よりも注目を集めるなんて!
皆様にばれないよう睨みつければ、エリオットは片眉だけを器用にひそめた。
「……気にしなくてよい」
そして、一言。
気にしないわけにはいかない。
女性が開き女性が集まったお茶会に、男性が1人でいることなど、まずない。しかも相手は一国の王子。
王子であるから、なんらかの権力でユルウル伯爵家に許可をとったはずであるが、それにしてもシュールな光景である。
苦笑しているお嬢様方に申し訳なくなり、私はぱん、と手を叩いた。
「お静かになさっているようですから、いないふりをいたしましょう?」
この私の言い草に、後ろからの圧力は増すし、ご令嬢方の空気がドン引いたのがわかった。世知辛い世の中である。
この国の王子に対して失礼なのはわかっていたが、しょうがなかったのだ!更にやつへの怨念が言語化してしまう前に!はやくお茶会を始めていただきたいのだ!
「では、いただきましょうか…」
パトリシア様が、愛想笑いで言った。
「こちらのマドレーヌは、ユルウルの領地で栽培しているオレンジが入っておりますの。よろしかったらどうぞ」
パトリシア様が、本日のお茶会のスイーツの紹介を始める。
机に所狭しと並べられた鮮やかな色彩のフルーツと焼き菓子は、全て違う色の皿に盛られ、その皿と皿の間には、小さな花が飾り付けられている。
カトラリーのデザインや全体の色彩感など、お茶会の説明をするパトリシア様の雰囲気に合った、ナチュラルで可愛らしいテーブルセッティングだ。
今回のドレスコードは暖色のプリンセスドレス。華やかなご令嬢たちのドレスと、ユルウル家の手入れされた庭園と相まって、絵に描かれた楽園のように華やか。何処からか心地よいハープの音色が響き、流れる時間は穏やかだ。
う、うぅむ。
悪口言うところがなくて、私は黙り込む。
「まあ!このマドレーヌ、本当においしいわ!」
「ほんとですわ!ふわふわしてます!」
「あら? レモンも入っているのね!」
「レモンとオレンジ! 斬新ですわ!」
「本当、レモンの風味がなんともいえませんわね」
絶賛するご令嬢に便乗したこの私の言葉に、空気が気まずくなった。
な、なんだ。まだ何も悪いことは言ってないのに!
探るように見てくるご令嬢の視線に気がついた。
なんともいえない。イコール、ノーコメント。
そうとられたのか!?
ならぬ。ならぬぞ!
私はまだ攻撃をする気はない!
「とても美味しいですわ。私、オレンジもレモンも大好きですの」
にこ、と笑えば、パトリシア様もホッとしたように笑った。