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悪女の条件。  作者: ジェル
例えば、幼馴染
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悪女の懐柔計画 4

 


 ディアナとエリオットが並んで立ち去る。シェイドは王子の護衛として部屋の外で待機するため、その2人の会話が聞こえない程度の距離を保って後に続こうとした。

 その後方で、サラはごくりと喉を鳴らす。彼女には今、7年間のディアナの夢へ近づけるかどうかの全てがかかっているのである。責任重大である。



「お待ちください、シェイド様」



 これだけの言葉を発するのに、とてつもない勇気が必要だった。

 ただでさえ、シェイドはフランクなやつだ。フランクなやつなくせに、腹の底が読めないやつなのである。つまり、めんどくさいやつなのである。



「サラ様。いかがなさいましたか?」



 微笑みながらサラを振り向くその瞳は一見すると優しいのだけれども、護衛を邪魔すんなと言っているような怪しい光があるーーとサラは思う。どうにも、ディアナがエリオットと2人になりたいと申し出た時から、彼の警戒心はうなぎ上りだ。

 けれども、ディアナがあそこまでぶりっ子を演じて計画を進めてくれた手前、サラも引き下がるわけにはいかなかった。唇をきゅっと結び、シェイドに近寄る。



「わたくしも、シェイド様にお話したいことがございます。お時間、いただけませんか」



 強い目で自分を射抜くその瞳に、シェイドは少し目を見開いた。しかし、すぐに口元を緩ませる。



「ええ、もちろん。サラ様のお願いなら聞かないわけにはいきません」



 くすくすと笑いながら頷くその言葉はおそらくシェイドの本心ではないのだろうと思いながらも、ひとまずサラは安堵した。





  * * *






「それで、話ってなに」



 エリオットのスカイブルーの瞳が、冷え冷えとディアナを射抜く。


 いつにもまして、警戒されている。

 ディアナは困ったように眉を下げた。


 仕方ないと言えば仕方ないのである。ディアナからエリオットに近づくなど、悪女として利用させてもらうときだけであったのだから。

 しかし、そもそもエリオットもディアナを好ましく思っていないようなので、話しかけてもエリオットの言葉や視線はいつも冷たい。そんな彼もディアナに、業務連絡のような会話しかしないのだ。

 お互いがそんな感じである。

 本当に婚約しているのかと言うほどの、それくらいの距離感を二人はかれこれ7年間ずっと保ち続けていた。


 それなのに、いきなりのお話である。

 これまで、2人で和やかにお話をする機会など、皆無であった。


 そりゃあ、警戒もするはずだ。

 なんといっても、ディアナは悪女である。警戒して、困ることなんてない。もちろん。


 ディアナは耐えがたい空気に引きつりそうになる表情筋を叱咤激励して、くすりと微笑み、まあまあ、とエリオットに向かって紅茶を勧めた。



「そんなに怒らないでください。どうぞ召し上がってください。わたくしがいれた紅茶で申し訳ないのですけれど…」



 にこ、と小首を傾げるディアナは、それはそれは可憐なご令嬢を演出できていて、ディアナ自身も上出来だと思った。

 蜂蜜色の髪が、誘うように揺れる。

 澄んだ琥珀色の瞳からは、とても悪女と呼ばれているとは思えない純粋さがあった。


 けれど。

 エリオットの瞳の冷たさは変わらない。

 ディアナは内心、冷や汗が止まらなかった。2人きりになるところまではいい。計画通りだ。しかし、この後どうするかまでは考えていなかったのだ。話がしたい言った手前、それなりの話題を考えなければならない。


 ティーカップに口をつけるエリオットを見て、とりあえず、ディアナは唇を開いた。



「どうでしょう…?」



 こくり、と喉を鳴らしたエリオットは、そのままティーカップの水面を見つめている。

 なにか問題でもあったかしら、と不安になったディアナは、自分でもそれを口に含んだ。……問題ない。おいしい。自分で入れたのを褒めるのもなんだが、おいしい。

 エリオットは黙っている。沈黙が苦しく感じて、ディアナは再び話しかける。



「……セトルという茶葉なんです。あまり有名ではないのですけれど、甘みと香りがお気に入りでして。……お気に召しませんでしたか?」



 ディアナの不安げな声をきいて、エリオットははっとした。紅茶から目をそらし、ティーカップを置く。

 そして、いや、と首を振った。金の髪がそれにあわせて輝いた。さらさらの髪質は、小さいころから変わってないのだなあとディアナが漠然と感じていると、エリオットは何かを考え込むような仕草とともに、薄く唇を開いた。



「……いや、おいしい。けれど、」



 呟くように落とされたその響き。

 けれど!?

 逆接の言葉に、ディアナは苦笑いした。


 そして、エリオットから発されたテノールに。





「そうか。きみはこういう味が好きなんだな」





 きょとん、とした。

 どういう意味だ。


 きみはこういう味が好き?


 ええ、そうです。

 先ほどもそうだと言いました。

 それで?何が言いたいのだ。

 裏?裏があるのか?


 返事をしなければならないのに、言われたことが理解出来ず、戸惑う。

 けれど、そのディアナの焦りは少しも表情に現れていなかった。


 いずれにせよ、エリオットはディアナの反応に興味がないのかなんなのか、ティーカップを置いたその視線のまま、手元をじっと見つめている。


 いつも冷たく光っているそのスカイブルーの瞳が、今はそこはかとなく揺れている気がして、ディアナは困った。


 エリオットって、こんな感じだったっけ?

 悪寒がする。

 ディアナは無意識のうちに、腕をさすった。


 その揺れた瞳のまま、エリオットは独り言のように続けた。



「先ほど、知りたいのだときみに言われて気がついた。僕は、いや、僕もきみのことを全然知らないんだな」



 ナ ニ コ レ。

 悪寒がする。

 悪寒がする!


 それから、その発言を混ぜっかえしてこないでほしい。恥ずかしくて憤死しそうだ。


 いや、でも、いいのではないか?

 こうやって、話をしていれば、いいのではないのか?


 ディアナは、いつもと違うエリオットに怯えつつも、表情には微塵も出さずに、くすりと笑った。



「そうでございますわね。ですから、いろいろなお話をしましょう、エリオット様」







  * * *





「シェイド様は、ディアナ様についてどのようにお思いですかっ」



 サラは噛み付くように言った。

 言ってしまった、という表現が正しいのだろうが。


 冷静にならなければならない。

 いつものように飄々として、シェイドを出し抜き、手中に収めてしまわねばならない。

 けれど、ディアナの7年間を思うと、語尾に力が入るのも仕方がないことだった。


 サラは、何もかもを犠牲にしてきた彼女を知っている。それを見守ってきたのは自分で、それを励ましてきたのも自分だ。強い思いにほだされ、協力もした。

 そして、ここにきて行き詰まってしまった計画は、協力者なしでは進展は見込めないのだ。



「とても可愛らしいお嬢様だと思うよ?」



 へらりとした笑顔でかわされた質問。

 ふわふわとつかみどころのない男である。彼はにこにこと笑いながら、サラを面白がるように見やった。



「そ、そのようなことではなくっ」



 サラがまた声を荒げた。

 しまった、という表情をする。


 そんなサラに、シェイドは少し目を細めたようだった。けれど、へらへらとした表情のまま、感情は読めない。



「んーと、じゃあ、将来主人の奥様になるから、お守りする方?これもちがう?…じゃー、頭いいし顔も綺麗だし羨ましいよね」



 再びにこにこと当たり障りのないことばかりを並べるシェイド。



「ですから、そのような上っ面なことをきいているのではありません!」



 進まない会話に苛立ったサラはシェイドを睨んで。



「じゃあさ、」



 後悔した。



「俺になんて言ってほしいわけ?」



 空気が一変した。

 冷酷な表情をしたシェイドは、こつん、と足音を無骨な部屋に響かせてサラへと近づいた。

 サラは怯えたように後ずさった。

 温度が下がったようにすら感じられた。


 じり、と近づくシェイド。

 けれども、やはりその瞳から感情を読むことはできない。

 ただ、足のすくむような威圧感だった。





「噂にたがわぬ悪女って?性格が悪いって?うちの王子様を弄んでんじゃねえって?」




 そこまでまくしたてるように言って、シェイドはサラの耳元に口を寄せた。

 確信に迫るように、優しく囁く。







「婚約を、破棄して欲しいって?」






 ごく、と喉が鳴った。

 かかった。

 極限まで追い詰められたはずのサラの口元は、けれど知らず微笑みの形へと弧を描いていた。


 静まる部屋。



「ええ、」




 くす、と漏れた笑い声は、サラのものだった。



「ご存知ではありませんか」



 妖艶さすら感じさせる声音で、サラは逆にシェイドの首元へと顔を寄せる。



「そうですわ、わたくしは、あなたにそう言って欲しかったのです。シェイド様」



 とん、と軽く胸を押せば、案外簡単にシェイドは離れた。

 後ろへ下がったシェイドの顔は微笑んではいたけれども、先ほどまでの笑顔とは少し違ってサラには見えた。



「あなたなら、そう言ってくれると思っておりましたの。エリオット様でさえお気づきの様子ですのに、ディアナ様が婚約破棄を望んでいることを、あなたが知らないはずがございません。

 追い詰めるのがお好きでございますものね?わたくしが怯える様子をみせれば、さらにとその話題を使ってくると思いましたわ」



 説明したサラの挑戦的な眼差しに、シェイドはじわりと口角を上げた。

 それは少しだけ、獰猛な表情だった。



「ふぅん?きみも中々の悪女だね」



 そうシェイドが言うと、空気は再び和やかなものへと変化した。



「お褒めに預かり光栄です。さて、シェイド様。婚約破棄について、どうお考えですか」



 サラもいつも通りにシェイドを見た。



「はあ、それで、そんなこときくってことはさ、俺に協力してほしいとか言うつもりでしょ?」


「ふふ、お見通しですのね」



 微笑むサラを尻目に、シェイドはため息を吐いた。芝居がかった動作で両手を上げて、首を横にふる。

 そして、信じられない言葉をはいた。




「やだよ、俺は。だって、うちの王子サマは結婚したいんだもん」




 へっ?


 なんだか、変なことをきいた気がする。

 サラはきょとんと目を見開いた。



「な、何ですって?」



「あれっ?考えたらわかるでしょ?王様になるのやめてまで、うちの王子様は姫様と結婚したいんだよ?」



 えっ?


「エリオット様は…ディアナ様のことを好ましく思ってないのでは…?」


「逆だよ逆!だぁいすきだよあいつは!」


 けらけらと笑うシェイドに、サラは絶望的な未来に言葉を失った。


 ……よくわからないけれど。


 お嬢様。

 婚約破棄への道のりは長いですわ。


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