悪女の懐柔計画 1
「はああ!? 信じらんないんだけどあのくそ王子ィィィイイィイイ!!!」
王宮からきた手紙を読んで、私は絶叫した。
「どうなさいました」
やれやれ、とでも言うようにやってきたサラに、私はそれを突きつけた。
ほんと信じらんない!!
怒りで震える手で握りしめられたそれを見て、サラは、まあ…と声を漏らした。
「あの王子ッ!これからは、自分と一緒じゃないと夜会もお茶会も出させないって!!」
「愛されてますわね」
「そうじゃないでしょおおお!? 私を見張るって言ってんのよ! 悪女らしい振る舞いをさせないように、ずっと傍で監視してるつもりなんだわ!」
「わかってますわ、ちょっとボケてみただけではありませんか。…そうですわね、困りましたわね…」
腕を組んで考え込むサラ。
私は手紙をビリビリに裂いてやりたい気持ちを抑え、唇を噛んだ。
エリオットにそんな力があるのかと言いたいところだが、用意周到な彼のことだから、もう父様には話をつけてあるのだろう。
「なんって忌々しいの!」
「わあ、今のとっても悪女っぽいですわ!」
「あら本当!じゃあ次はこんな感じでご令嬢をいじめ――…じゃなくて!今は演技の練習をしてるんじゃないのよ!」
「すごい、いいのりつっこみでしたわ。グッド!」
サラのせいで脱線した。
親指を立てるサラを睨む。
「エリオット様も、中々健気ではございませんか。嫌っている婚約者の性格矯正のために、ここまでなさるとは思いませんでしたわ」
「ええ、全く同感よ。私たちが結婚しなければならないなんらかの理由があったとしても、エリオットも悪評轟く嫌いな相手とは、あわよくば婚約破棄したいだろうと思っていたから、高を括っていたわ」
「それに、第一王位継承権を捨てることになってしまったのは、この婚約のせいですしね。理由があったとしても、あり得ない事態ですから、これ幸いと私たちの作戦に乗ってきてもいいと思うのですが……。エリオット様も、破棄すれば王に近づけるというのに、王位には興味がないのでしょうか。それとも、やはり、我々のあずかり知らぬところで、大きな何かが………?」
ふむ、と顎に手を当てて俯くサラ。
私も少し考えてみたが、考えたところで分からぬものは分からない。
そして、暫し黙ってみると、エリオットへの怒りがフツフツと蘇ってきた。
何から何まで私の邪魔をするエリオットめ。許さんぞ。
「むきーっ! こうなると、やはり、エリオット側にも協力者が必要だわ!」
「そうですわね。前から考えておりましたけれど……」
以前から、私とサラだけ婚約解消までこぎつけるのは、難しいのではないかと私たちは懸念していた。
それはやはり、7年経過して変わらぬ現状にある。
当初の予定では、私はすでに社交界からとんでもなく嫌われ、エリオットに婚約破棄を促す貴族たちに物理的にも精神的にもボコボコにされているはずだった。私は権力に目がいくばかりの野心家で性格も悪く、公爵家を継ぐには相応しくないから王子とも結婚すべきではないと言われているはずだったのに。
しかし、現状はといえば、嫌われているだけ。逆に辛いんですけど。
こちらだけでバシャバシャ波紋を立てても、あちらに広がらなければ意味がないのだ。
つまり、エリオット側にも、エリオットに婚約解消を促す協力者が必要だ。今回の見張りの件も、あちらに協力者がいれば変わっていたはず。
そうすれば、もっと計画はスムーズに運ぶに違いない。
あちらの動向も耳に入るし、王宮での私の噂などといった情報も手に入る。
考えれば考えるほど、必要な人材に思えてきた。
いる。絶対にいる!
この際だから、本格的に懐柔計画をたてよう。そして、味方にしてしまう他ない。
「協力者にするには、エリオットに近しい者がいいわよね」
「はい。私も考えてみたのですが、エリオット様の騎士のシェイド様はどうでしょうか」
「シェイド……。そうね、これ以上ない人材だわ。だけど、流石にガードが固くないかしら。エリオットに忠誠を誓っている騎士が、私に寝返るとは思えないわ」
私がそう言うと、サラはチッチッと人差し指を横に振った。顔があくどい。
「で、す、か、ら! 私たちに協力したほうが、エリオット様にとって有益になると思わせるのですよ」
なるほど。
なかなかに悪女らしい意見である。
「そうね、いえ、思わせるまでもないわ。だって、私と婚約することでエリオットが王位継承権を捨てて不利益を被っていることは事実だもの。それに、こんな私と婚約していることで、エリオットの株も下がってる。しかも、エリオットは私のことが嫌いだわ。婚約破棄は双方にメリットがあるはずだから、こっちについてくれる可能性は高いわよね」
「ええ! もしこちらについて下されば、婚約しなければならない理由をあちらでも探ってくれるかもしれませんわ。そうすれば、それを覆すのにも協力してもらえるはずです」
「おおおおお! 計画という計画が一気に進むわね! サラ、名案よ! でかした!」
「ふふ、光栄ですわ。あとに候補に挙がる近しい方々といえば、ステファン様かアリア様ですわね。協力してくれるかは謎ですけれど」
「ええ、確かに」
そもそも、ステファン様とアリア様はまだ幼い。こんな泥沼みたいな事情は言えない。
加えて、私に協力したところで彼らには何のメリットもない。
もし、味方にするために仲良くなれば、私と兄が結婚すればいいと考えてしまうかもしれない。
それに、彼らは王族であるため頻繁な情報のやり取りもはばかられる。
また、エリオットと日頃一緒にいるわけではないので、協力者としての影響もあまり見込めない。この面に関して言えば、やはりシェイドが適任である。
ステファン様とアリア様は、一旦保留にしておこう。
「シェイドね…」
「騙したりせず、事情を話してわかって頂くしかありませんね。多少の主観的な脚色は仕方ないとして……」
ふふ、とサラがいたずらっ子のような、無邪気な表情で微笑む。
私もにやりと片方の口角をあげて見せた。
「ええ。王子の騎士である彼を騙せるだなんて、大それたこと考えちゃいけないわ」
神妙な顔で頷きながらも、私の胸は期待感に満ち溢れていた。
計画が着実に進行している期待感だ。
それだけで、7年前はあれほど遠くに思えた、爵位を弟に譲るという夢が近くに感じて、胸が高鳴った。