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悪女の条件。  作者: ジェル
例えば、幼馴染
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悪女の幼なじみ 4

 





 ごそごそ。もぐもぐ。

 夜食だったはずのクッキーをついばみつつ、物陰から2人の姿を伺う。


 私ってば、悪女のくせに隠密行動まで出来るなんて、有能じゃない!?



「………ディアナ様。何をなさってるんです?」


「しーー……!」



 庭師の爺に見つかったが、権力で黙らせる。



 サラとキースは、庭園を眺めるために建てられたテラスの前で、2人向かい合って立っていた。



 色とりどりの美しい草花が生い茂るド・シルヴァ家の庭園は、自然美を追求した風景式庭園だ。

 広大な庭園の敷地は、小川や橋、木棚やアーチで曖昧に区切ってあり、その区画それぞれにあてたテーマごとに、色彩や種類の違った草花が、さまざまな技法で植えられている。

 無造作に生えているようでいて、どんな季節でも美しく見えるように、自然美とそのバランスが計算されたイングリッシュガーデンの、その中心。小ぶりなバラやハーブを沢山使用した華やかな区画に、テラスは存在している。


 生い茂ったハーブは、私の姿を素晴らしく完璧に隠してくれているが、何分、二人の存在がこの空間にアウェイすぎる。


 2人の間には、物々しい空気が漂う。

 決闘でも始めようかというような、険悪な雰囲気である。

 ちょ、ちょっとかっこいい……、いや、いやいや、2人は喧嘩してるんだ、かっこいいなんて思っちゃいけない、もしも2人が殴り合いを始めたら絶対に私が止めるんだ!!


 私は直ぐに2人のもとへ割り込めるよう、ドライアイの目をかっぴろげる。



「………」


「……」



 おおお……。

 両者、一歩も引かない、睨み合いです!

 腕を組み顎をつんと逸らした不遜なサラと、腰に手を当てる、傾げた首が不機嫌そうなキース。

 穏やかな気候とこの華美な庭園には、全く不釣り合いだ。


 あなたたちには、荒れ果てた荒野がお似合い。

 砂嵐もお似合い。


 そんな中、初めに口を開いたのは、サラだった。



「あなた、私のことわかったような口きくじゃないの」



 サラの声は刺々しかったが、何やら顔は苦しそうに歪んでいる。

 気まずそうでもあるその表情に、疑問を抱く。


 うーん? これ、どういう顔だ?

 腹は立ってるけど、言い当てられて気まずいのかな??


 そこで、先ほど聞いた、サラが発狂する前のキースの言葉を思い出す。


 ーーーーお前、一人でこいつを支えれるって、そう思おうとしてんだろ、そんで、それが存在意義だと思い込んでる。たしかにお前は優秀だけど、出来ないことだってあるんじゃないのか。



 私の記憶力すごい! ちゃんと思い出せた!

 訳が分からないながらに、一言一句聞き逃さないよう耳を傾けていた甲斐があったってものね!

 だけど、ああ、キースってば、なんて怖い発言をするのかしら!!

 そして、これが当たっていたとすると、それこそなんて恐ろしいことなのだろうか!!



「ふっ、あんなに怒ったってことは、図星だったんじゃねえのか?」



 慌てふためく私のことなど知らないキースが言い返す。

 サラが少し俯いた。



「……確かにそうね、あなたの言う通りよ。ちょうどそのことで悩んでいたから、思わず取り乱してしまったわ」



 な、なに……!?

 やっぱりそうだったの!?


 ………うっ。なんということだろう。

 私はいつもより酷く胃が痛むのを感じて、思わず腹を手で抑えた。クッキー食ってる場合じゃねえぞ。


 サラは1人で、私のことを支えようと頑張ってくれていたのね……。けれど、一人では出来ることと出来ないことがあって、それを私にも相談できず、キースに言い当てられて発狂したの……?

 そ、そんな……っ!



「けれど、安心してくれる? 私、自分で全てのことができるなんて思ってないから」


「どうだか。時代遅れな価値観のメイド様? 盲目的な献身と歪んだ忠誠心は、主人も自分も滅ぼすぞ。お前は視野が狭すぎる。自分には、ディアナ様だけいればいいなんて思ってんじゃないだろうな?」


「はっ、まさか! ……言いがかりはやめてくれるかしら」


「ふぅん? 言い当てられてイライラしてんだろ。目が泳いでんぞ」



 私はもはや、次々と襲い来る言葉の羅列の理解に必死である。


 これも図星ですって!?

 ああ、なんてことかしら……!

 私が悪女として孤独に生きていくのはいいだろう。それは私が自分の目的を達成するための手段として、自らが選んだ道だからだ。

 しかし、それに伴って、サラまでが独りで頑張らなくてはいけなくなっていたなんて……。

 考えてみればその通りだ! 悪女な私の周りには人が寄り付かないのだから! そのメイドをしているサラにだって、人は近づかないだろう。


 私のせいで、サラまでもが苦しむ羽目になっていたとは……!


 確かに私は、自分を理解してくれるサラや数人の使用人さえいればいいと自分を慰めていたが、メイドであるサラが私だけいればいいと考えるのは良くないと、キースはそう言っているのか……!?

 お前、やるな!!!?!



「必要か不必要かだけで物事を判断するのは、お前の悪いくせだ。俺のこと関係ないって言ったみたいに」


「あ? うるさいわね。あなた私のなんなの? 無理やり関係者になってきたくせに、根に持ちすぎよ。だから、ディアナ様にも嫌われるんだわ」


「はああ? 嫌われてねーよ。馬鹿言ってんじゃねー」


「は? いやいや、お前が馬鹿かよ。自分の態度かえりみろ……」




 もぐもぐ。

 胃痛が収まったので、落ち着こうとクッキーを頬張る。


 しかし、話の本筋がつかめないような。

 キースは何か私に話したいことがあったので最初は私のところへ来たはずなのだが、2人の言い合っている内容からは、それが何なのかさっぱり見えてこない。

 ここまでの会話だと、普通に喧嘩してるだけだ。

 いや、私にとっては重大なことがたくさんわかりましたけども!


 ん?

 ……もしや?

 もっとサラを大事にしろ的なことか?

 ちゃんとサラに目を向けてやれよ的な?


 キースがそこまでサラを思いやっていたなんて!

 私のことはハブっておきながら、ひどい男である。


 キースを複雑な気持ちで睨みつけるが、まあ、仕方ありませんね、許しましょう!


 だって、サラがあれほど取り乱すまでに悩んでいた事柄があったとは……、自分は米粒ほども気がつけなかったからだ。

 何やら少し様子がおかしいとは思っていたが、まあ、言ってもいつものことだなとあまり気にしていなかった。


 しかし、サラの悩みに私が気がついた今、もうそれは解消されたと言っても過言ではないだろう!

 そう! 私の目的が達成されようとされなかろうとその全ての罪は私だけにあり、サラには何の責任もなく、サラに何が出来ようと出来なかろうと、サラはサラで、私にはただのサラが必要なんだと伝わっていなかっただけの話なのである!!

 言葉にしなきゃ伝わらないなんて言うけど、まさしくその通りだったのだ!


 しかし、私にだってわかることはある!

 キースには何やら色々言われているようだが、サラは私専属ということでメイドたちの中でも出世頭だし、面倒見がよく後輩からも尊敬されている。そんな風に私以外の人間関係も大事にしているから、私だけがいればいいなんて決して思ってはいないはずだ。

 視野が狭いだなんて、そんなこともない。私に集まる情報は、全てサラを経由しているからだ。

 それに、キースはサラを時代錯誤な忠誠心を持っているなどと言ったが、サラは近年減少しつつある完璧な忠誠心を備えた優秀なメイドだ。

 仕事だと割り切って家に仕える人が増えた近代、私たち貴族がそういう人間をいつだって欲しがっていることは、キースだって知っているはずなんだけど。


 サラはド・シルヴァ家に古くから所縁のある家の出で、サラの家からは過去何人も優秀なメイドや執事が来てくれている。

 サラは私と幼馴染だということもあるだろうが、私への忠誠は固く、メイドの中のメイドと言っても過言ではない!


 サラには確かに取捨選択が早いところはあるけれど、私はそれをサラの長所だと思っているから問題ないし! 人でも物でも、いらないものをバンバン切り捨てていくことは、サラの強さでもあるし弱さでもある。馴れ合いを良しとしない厳しさであり、相手の成長を期待しての優しさであるのだ。


 だから、サラと喧嘩はやめてください!

 サラは何も悪くないのよ!

 私に巻き込まれて孤独な挙句、キースにこんなに責められるなんてサラが不憫すぎて泣けてきた。



 ーーーー叱るなら私だっ!



 ………うん。


 そうだな。

 普通にそうだな。


 私はキースに怒られても仕方がない……。

 私は毎度夜会から帰ってきては泣いて、行く前にも泣いてと不甲斐なさすぎるので、サラが1人でも私を支えるべく頑張らなきゃいけないと思ってしまっても仕方がない……。反省します…。私もっと頑張って、ちゃんと婚約破棄される悪女になるから……。



 あとね、私、別にキースのこと嫌いなわけじゃないよ。

 嫌いじゃないけど怖いので、近寄りたくないだけだよ。


 殺されかけたとは思っているが、昔、お兄さんのように仲良くしてくれた記憶も私の中にはまだあって、それが彼を完全に嫌いになることへのストッパーとなっている。

 もしかしたら、なんて、無駄な期待が心の底にあるのだ。



 ーーーーいいえ!


 少し落ち込んだ気持ちを立て直す。


 こんなことでは立派な悪女にはなれない!

 私、過去は振り返らないわ!




「……」


「…………」




 って、あれ?



 いきなり静かになった2人。

 消えたか!?

 ハッとして、ハーブの隙間から伺う。



 あれ?

 なんか、



 なんかこっち見てない?



 二人して眉間に皺を寄せ、何やら溜息を吐いているではないか!




「…………はあ…いつの間に……」


「……あれ、バレてないと思ってんのか?」


「…ええ、思ってますわね、あれは」


「……」


「………」



 え、そんなバカな。



「…はあ、もういいですわ。ディアナ様、出ていらして下さい」


「……全然、隠れられてないぞ」



 な、なんだってーーーー!?!?


 びっくりしつつ、もぞもぞと出ていけば、サラが額に手をやって、深い溜息を吐いた。


 隠密行動、失敗!

 敗因を探るが、………ああ、なんと! 恐らく、クッキーのせいですね!

 私の足元に広がるクッキーのカケラ。

 もしかして、頭が悪いのか、自分は。

 私の周囲には、クッキーの屑を狙った小鳥たちが群がってきていた。ちゅんちゅん。

 これでは居場所を教えているようなものである。

 あと、気がつかなかったんだけど、庭師の爺がずっと後ろに立って私を見守ってくれている……。ご、ごめんね、心配かけちゃったね、爺……。けど、そんなとこに立ってたら、サラたちから丸見えだから……。私が隠れようとしてたの、気がついてるよね?


 2人に見つかった私を見て、爺が微笑んでいる。おい、何笑ってんだ! ………ん? あれ、この顔……、昔見たことがあるような……。


 あっ! かくれんぼだと思ってたな!?

 遊びじゃないから! 何歳だと思ってんの!?

 あと、本当に私がかくれんぼやってたとしても、そこに立ってるの嫌がらせじゃない!?



「ディアナ様は本当に……、屋敷だと気を抜きすぎなのではないのですか…?」


「………」


「間抜けにもほどがありますわね………」


「………」



 うぐぐ。言い返せない。

 キースに至っては無言。無言!


 ああ、2人が生ぬるい瞳で私を見ている……。


 やだ! 見ないで! 恥ずかしい!


 サラが片方の眉を上げて、また溜息を吐いた。

 やめて……。

 そんな可哀想なものを見る目はやめて……。



「仕方ありませんわね。このテラス内で話しましょうか。ディアナ様にも説明致しますので、その間、座ってお茶でも召し上がっていて下さい」


「えっ!」



 えっ、うそ!

 わあい! 私も仲間に入れてくれるの!?


 サラが呆れた仕草を隠そうともしないまま、テラスのガラス扉を開けてくれる。また、ため息を吐かれた。


 しかし、そんな扱いを受けようとも、ずっと幼馴染たちにハブられていた私は、喜び勇んでテラスへ向かう。


 ふふふ!

 結果としては、隠密行動成功ですね!


 そして、その扉を通る瞬間ーーー、



「クッキーの件は、また後日お話しいたしましょう……」



 ひぃ!


 バレた!!!



 ボソッと低く呟かれたそれに、背筋が凍った。










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