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悪女の条件。  作者: ジェル
例えば、幼馴染
23/25

悪女の幼なじみ 3

 



 思えば、混乱を極めた夜会から数日経っても、私の心には未だ恐怖と混乱が渦巻いている。

 近頃の私といえば、もう混乱の毎日。

 夜会では、とりあえず怖いので、やはり、極力王子とは関わるべきではないと決意し、更には訳の分からぬことを言う善良な令嬢たちも、自らの想像の範囲を簡単に超えてしまうので、もう絶対に会いたくない。

 あの一件はもはや、私の中でトラウマとなっている。毎日毎日トラウマができて、それを克服できぬまま、新しい恐怖がやってくる。


 ーーーそして、まさに、今もそうだ。





「………」


「………」



 睨まれている。


 私の目の前に仁王立ちで立ちふさがるサラを通り越して、鋭く光る瞳が私を射抜いている。

 どうやら、サラにクッキーの件はバレていないようだった。サラは私を睨んでいたのではなく、私の後ろにいたこの仁王ーーキースを睨みつけていたらしい。

 震える手でクッキーを握りしめる私を追い抜いたサラは、何故かキースから守るように私を背中にかばって、今この状況だ。


 どうしてこんなことに。

 心が弱っているのがわかる。

 私はかぶりを振った。


 だめよ、強く生きるのよ!

 悪女というものは、常に気丈、誰にも己の弱さなど見せないのよ!


 己を奮い立たせ、鋭い眼光で私たちを見下ろす彼へと対峙する。

 切れ長な彼の瞳は、黙っていても人を睨んでいるのではないかと疑心を抱かせるに値する代物であるというのに、今は確実に私を睨んでいますね。

 一体どうしたことでしょう。

 私はすっとぼけます。ええ、知っていますよ、嫌われているからですね。

 依然嫌われているし、殺されかけた記憶も新しい今、私は哀れな子羊のように震えて、目の前のサラの肩を掴むことしかできません。……あら、なんて力強い肩なの、サラ。


 思っていたより逞しいサラの腕に、心強さを感じる。心強さを感じ勇気を得た私は、再びキースへと視線を向けた。負けない、強い気持ち、それがいつだって世界を切り開くのよ!



 私と目があったキースは、それはそれは、しっかりと眉間にしわを寄せていた。ええ、睨まれていますね。


 随所に煌びやかな装飾が施された騎士の制服は、崩すことなくきっちりと着込まれていて、そこからは彼の几帳面さを感じさせる。短く切りそろえられた髪の毛も、彼の潔癖さを匂わせた。

 そして、すっと細められた涼やかな目元は、キリッとしていて怖いという他ない。



「……ディアナ様、ちょっと来いよ」



 ぶっきらぼうな声と共に、くい、と顎で中庭を示される。

 ひい。

 肩をすくめて態とらしく怯えた態度をとった私を横目で見て、サラが匿うように一歩踏み出した。



「その怖い顔やめてくださる?」



 サラが鼻で笑いながら言うと、彼は苦虫を噛み潰したような表情になった。



「……俺はいつもこんな顔だ」


「キース、あなたこれ以上嫌われてどうするんですか?」


「……ちょっと黙れよ、サラ」



 やいやい言い合いを始めた2人だが、私から見れば、むしろ仲がよさそうだった。

 そう、私との仲は最悪なキースだが、サラとはきちんと良好な幼馴染関係が続いているのだ。


 話す2人を恨めしげに見る私。置いてけぼりである。


 いいけど。

 いいけどね!


 先日、彼に殺されそうになった記憶は未だ鮮明。

 近寄れば、今度こそ我を失ったキースに殺されてしまうかもしれない。

 人に嫌われすぎてて、やっぱ心折れそう……。

 おおお、よしよし。大丈夫だよー、私にはサラもセイラもいるからねー、大丈夫だよー、よしよし、強く生きようねー。

 私が自分で自分の心を支えている間にも、仲のいい2人の会話は続く。はい、これが置いてけぼりです。見本のように置いてけぼりです。



「サラ、まだお前に用はない」


「あら、わたくしにはありましてよ。ちょうど言いたいことが山程ありましたの。ディアナ様と話したいなら、まず私を通してからにしてくださいます?」


「はあ? 保護者のつもりかよ。俺はまずディアナ様と2人で話しがしたい。お前がいたら、ディアナ様はお前に洗脳されるだろ!」


「は? 洗脳!? いいわ、ケンカなら買うけど! あなた、一体どう言うつもりなの? 私たちの邪魔する気? ケンカなら買うけどっ!!」


「はあー? あーもー、お前、何でそうケンカ越しなんだよ。精神不安定なんじゃね? はいはい、わかった、お前でいい。取り敢えず話させろよ」


「あら、勝手な事して私たちの邪魔をしたくせに、話だなんてどの口が言うのかしらね。聞こえなかったことにして差し上げますわ。だから早くどっか行ってくれる?」


「あー、お前まじでうるさくない? じゃあ言わせてもらうけどな、何で幼なじみの俺にも何も言わねんだよ。こっちはそのせいでどれだけ……」


「ふーん? あらあらあら、ヤキモチですか? 男の嫉妬は見苦しいですわよ」


「てんめぇ……」



 眉を寄せて、キースはサラをにらんだ。

 キース、何でこんなに不機嫌なんだろう。

 エリオット王子サマのブリザードで慣れてはいるが、サラも殺されてしまうのではと思うほどの殺気だ。

 けれど、そのサラも何故かお怒りのご様子。負けてない。覇王の雰囲気。

 いちいち相手を馬鹿にするような態度で、キースを煽っている。


 けど、こういう喧嘩が出来るのも、仲がいいからだよね! 壊れない友情の上に、成り立つものだわ! ………いいなあ。



「……えーと、なんの話?」



 ちょん、とサラの背中を突いて、背後から小声で問う。サラは、先ほどまでと人が変わったかのような優しい顔で振り向いて、大丈夫ですよ、と頷いた。



「ここはわたくしにお任せください。ディアナ様はお部屋に戻っていてくださって構いませんよ」



 さあ、とサラが部屋を指し示し、あからさまに私を追い払った。……ええ、悲しい。

 けど、聞かれたくないことってあるよね…。どうせ私は置いてけぼりだし、サラは私の不利益になるようなことはしない。言うべきことはしっかりと報告してくれるサラが、ここは任せろと言うのならば、私にできるのは、キースに殺されないうちに撤退することだけだ。

 しかと頷いた私だったが、キースはサラの肩を掴んで、制止の声をかける。



「おい、勝手に決めるな」


「あなた、そんな態度でディアナ様と話すつもり? やることなすこと、まじでありえないんですけど」



 低い声音にも負けない、私の強い侍女。

 完全に幼馴染と話す態度のサラが、ドン引きです、と肩に乗っていたキースの手を払いのけた。

 キースはそれにもイラついたようだった。

 けれど、そんなぞんざいな対応ができるのも、やはり仲がいいことの裏返しに思えてならない。

 いいなあ、私も幼馴染のはずなんだけどなあ。なに、どうしよう、私、ここで踊り出せばいいかな? ミュージカルのように歌って踊ってるうちに、過去の追体験ができて、私もまた仲良くなったりできるんじゃない? もしかしたら。よくあるよね、そう言う展開。



「いや、まじで邪魔すんなよ、サラ」


「はあ? あなたこそ邪魔すんなよ、ですわ。おかしいとは思っていたけど、まさか、あなたのせいだったなんてね」


「そんなに怒ることか? 何をピリピリしてんだ。俺は、助言しただけだぞ。彼らが既に気づいてたのを、確信に変えただけだ。結果は同じだろう」


「まあ、いやですわ。勿論それもですけど、そっちじゃないっつーの。私、あなたがあんなにたくさんの女性達と仲良しだったなんて、全然知らなかったわ」


「……、知ったのか」


「最近ですけど。そんなに好きなら、回りくどいことしないで下さる? 見ていて不快だわ」


「………好き? 好きだが、お前はアホか。今はそんな話をしてるんじゃねえだろ。嫉妬でやったとでも思ってんのか?」


「はあ、思ってますけど。だって今までは、そうだったじゃない。けど、あなたの作戦が成功したからって、あなたのものにはなりませんわよ」


「俺はそういうつもりでやったんじゃねぇって言ってんだろうが」


「あはは! 別に私は、あなたがどういうつもりでやったかになんて興味ありませんけどね!」



 冷たい口調のサラに不安になる。

 サラってば、一体どうしたんだろうか。

 普段の彼女は、こんなにつっけんどんに話す人ではない。飄々としていて、どこか演技っぽいところがあるのに、こんなに感情をむき出しにするなんて……。いや、やっぱり、これが幼馴染との距離感なの? そう言うことなのね? 思わず、羨ましさにハンカチを噛む。

 私とも幼馴染ではあるけれど、やっぱり、主人と侍女という立場が私たちを阻んでいるのね! 私はこの壁を打ち砕くべく、作戦を練ろうと心に決めた。サラにこんな冷たい態度を取って欲しいわけじゃないけど、悲しいじゃん! ねえ!


 何を隠そう、先日の侍従関係深めるイベント(だと思った)は、どんなに長くいても人はすべての側面を相手に見せるわけではないのだということを私に知らしめる結果となっただけだったのだ。知れば知るほど、私はサラのことを何も知らないのだと言う気持ちになる。だって、サラに好きな人ができたのだと思った瞬間でさえ、私にはその相手の予想が、全くと言っていいほどにできなかったのだから!



「ディアナ様は何もご存知じゃありませんの。あなたが更に嫌われたらかわいそうだと思って、あなたの迷惑で勝手な行動を、私が、言っていませんからね。せめてもの幼馴染の優しさに、むしろ感謝してしかるべきでは?」



 サラが言う。

 ええっ、私、何を知らされてないの!?

 本当に何の話をしてるのか。

 私、最近置いてけぼりすぎない?

 もしかして、私って、状況把握苦手だったのかな。悪女として問題だわ。

 でも仕方ないよね、誰も私とコミュニケーション取ってくれないんだもん! 悪女に近寄ってくるの、頭ちょっと変な人ばっかなんだもん!

 話についていけないので違うことを考えていたら、悪女として人間関係が歪みまくっている故の弊害に気がつく私。



「……俺には確かに打算もあったが、協力者が増えたわけだろ。実際、取り巻きになったんじゃないのか」


「だから、それが迷惑なんですけど。正確に理解していない関係者が増えると、こちらでは制御できなくなりますわ。それに、彼女たちが裏切らないと言い切れるの? 信頼できる相手かも見極められないくせに、勝手に協力者面するのやめて下さいません? まじで」


「……あのー、いいかな? ねえねえ、なんの話? 私何を知らされてないの?」



 何やらやたら険悪な雰囲気の2人に、強引に割り込む。

 だって、話を遮るポイントが微塵もなかった。けれど、黙っておく訳にもいかなかった。

 だって、私にも関係してるんだよね?

 しかも、悪女に関することっぽくない?



「大丈夫ですよ、ディアナ様。私は味方ですわ、そこの性悪男と違って」


「は? お前こそ計算で生きてる女のくせに」


「は〜あ?」



 私を差し置いて、また仲良しの喧嘩を始めたではないか!



「だから何の話!?」


「あああ、落ち着いて下さいませ、何でもありませんわ」



 私ってば、心が不安定かもしれない。

 取り乱した私に、サラが小さい子供に対するように肩に手を置き、優しく囁きかける。



「何でもないことはねえだろ。お前のことだ」



 が、そんなことをキースが言うので、母のようだったサラがブチギレた。

 なんと、これがとどめだったのか。



「あー、もー、うるっさいな! ディアナ様にこれ以上の心労をかけないでよ!」



 爆発したように地団駄を踏むサラ。

 そして、腕組みをして威圧的な態度でキースを睨むが、彼にはなんら響いてないようだった。

 ええ、どうして……。サラ、こんなに怖いのに……。



「はっ、なるほどな。そうやって守ってる気になってるわけか。大層な忠義だな」


「はあ? 言ってくれるじゃない、外面だけ男が」


「自分が守らなきゃとでも思ってんのか? 何をそんなに抱え込んでるんだ。それで潰れそうになってちゃ世話ねえけどな」


「ほっといてくれないかしら? あなたに何がわかるの。今までディアナ様に冷たく当たっていたくせに。あなたが事情を知ったからって何も変わらないし、今までの態度をなかったことにできるわけでもないわよ」


「そうやって威嚇して、ディアナ様を背中に庇って、俺を遠ざけて……。ディアナ様は、お前が思ってるほど弱いのか? お前のその思い込みが、こいつを弱らせてんじゃねえのか」


「な、なんだと……!?」



 怒りを燃え上がらせていたサラは、突如勢いをなくし、立ちすくんだ。

 え、どうしちゃったの?

 そんなサラを見て勝機を確信したのか、キースはさらに続ける。



「自分一人で何でもできるって思ってんのか? お前だって頑張ってる、頑張ってるけど、人には得意なことと不得意なことがあるだろ」


「は、はあ? な、なにを、言って、るのやら……」


「たしかに、勝手なことをして悪かった。打算はあったが、お前らの役に立つかもという思いもあったんだ。状況が悪化している様に見えて、今日は謝ろうと思って来たんだが、つい喧嘩腰になってしまった」


「や、やめろ、そんな今更謝ったって、私は……」


「お前、一人でこいつを支えれるって、そう思おうとしてんだろ、そんで、それが存在意義だと思い込んでる。たしかにお前は優秀だけど、出来ないことだってあるんじゃないのか」


「………う…」


「う?」




「うわあああああああーーー!!」





 何かを限界突破したらしいサラが、キースの言葉を遮って発狂した。



「「!?」」



 ぎょっとする私とキース。

 いつも飄々として私を戒めるサラの、初めて見た姿だった。そしてそんな私の驚きもつかの間、続けてサラは彼の地雷を踏む。



「あなたには関係ないでしょう!!!」



 あああああああ……。

 それ、私もやったんだよ、サラ。

 それやって殺されかけたんだよサラ…!


 慌てふためく私の想像通り、キースがゆらりと体を揺らした。



「……お前まで…」



 低い声に、そこから伝わる体が震えるような殺気。

 ひえ! 世紀末!!!!



「そうやって、お前らは俺を遠ざけるんだな! この馬鹿!」


「馬鹿ぁ? どっちが馬鹿なのよ馬鹿!」


「お前に決まってんだろ馬鹿!!」


「ああああー!!! もー、ほんとめんどくさい男ね!」



 サラは叫ぶとキースの腕を掴んだ。

 そのまま圧倒的な勢いで、暗殺者のような気配を纏うキースを引っ張り、歩き出す。



「ディアナ様! この者は私が処分してまいりますので!」



 そして、キリッと私に言う。

 違った!

 暗殺者はサラのほうだった!



「ちょ、だ、だめ! 殺しだけはだめーーっ!」



 私の気持ちが届いたのか、届いていないのか。

 サラはぐっと親指を立てて、頼もしく頷いてみせた。

 これ、前に失敗した時と雰囲気一緒なんだけど!



 2人が颯爽と消える。

 とりあえず一枚クッキーを食べたが、心はそわそわ。落ち着かない。



 ううむ……。


 私は低く唸り、颯爽と彼らの後を追いかけた!
















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