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悪女の条件。  作者: ジェル
例えば、幼馴染
22/25

悪女の幼なじみ 2

 


 私の朝は早い。


 悪女というものは、わがままやりたい放題で好きなことしかやらないように思われがちであるが、私からすればそんなヤツは、全くの三流であると言うほかないだろう。


 私が目指すのは、誰よりも高い頂きにいるからこそ下々のものをこき下ろし、さらに更に上へのし上がるために上の人を引き摺り下ろすような、意識の高い悪女なのである。


 そう、誰から見ても悪いヤツ!


 だらだら昼まで寝ている場合ではないのだ!


 私が目指す先、誰も彼もが私の悪口を言う未来。

 誰も彼もに悪口を言ってもらう為には、誰も彼もの目について、誰も彼もの嫌な人にならなければならない。


 そこで私の理想像、権力を振りかざして、美貌を笠にやりたい放題する悪女だ。


 なんと悪女らしいのか。

 これ程、嫌な女はいないだろう。

 なんとこちら、人の妬みも嫉みも、欲望も失望も、期待が転化した疎意も、やがて憎しみとなる愛情も、全て網羅できる!

 素晴らしい!!


 私はお腹に力を込めて、一思いに吐き出す。



「アホ! バカ! クビよ!」



 勢いよく飛び出した言葉。

 しかし、それを響かせるはずの声は、自分が思っていたより単調だった。

 おかしい。こんなにアホって思ってるのに、ちょっとクビにするって言ってみただけ感が強い。

 顔をしかめた私へ、同じような顔をした目の前の女性が首を振る。



「いいえ! もっと、力を込めて!」



 その瞳には期待が見える。

 私は強く頷いた。

 わかってる。そうよね。

 私にはできるっ!



「はいっ! アホッ! バカっ! クビよ!!」


「いいですわ、そして最後にこのセリフ!」


「目障りだから消えなさいっっ!」


「完璧ですわ、ディアナ様!」



 褒めてくれる演技指導の先生。

 次に待つ先生は、声楽の先生で、その次は語学の先生だ。



「さあ、今日も立派な悪女を目指して頑張るわよ!」



 大事なのは気合いだ。


 響き渡る音量で罵声を浴びせる発声練習。豊富な語彙によって適切なダメージを与える語学の勉強。


 私が日頃行っているのは、もちろん演技の練習だけではない。


 何度でも言うが、立派な悪女というものは、他人を貶めるに相応しく、自らは高みにいなければならない。特に美貌は悪女に必要不可欠な要素であるからして、ファッションセンスを磨くことや、流行りのメイクの研究も怠ってはならないし、肌の透明感や髪の毛のツヤ感などには最も気を使わなければならない。

 儚さを醸し出したり性格の悪さをチラつかせたりするのに必要なものは繊細な演技力だけでなく、それを行う素材にも求められているのだ!


 また私はといえば、野心家であるという悪女設定も盛り込まれているため、あらゆる貴族の財政状況と今後見込みのある商売への情報の取得にも忙しい。


 そして最後には、次にいじめる令嬢の捜索と、いじめの台本作り。

 まあ、なんと忙しいのだろうか!


 悪女になるにも、このようにたゆまぬ努力が必要なのだ。私は一流の悪女を目指しているからして、どのような妥協も許さず、自分を追い込み、見るからに立派な悪女となれるようこのように凄惨な修行を積んでいる! そのうち、どのような貴族も平民も私を見るや否や、あれはなんと悪女なのか!あれは間違いなく悪女だ!と言うようになるはず。

 うむ。その時は近いぞ!

 そしたら最後、私は晴れて自由の身となり、弟へ公爵家を譲ることができるのだ!


 私のことを怠惰で自堕落な悪女と呼ぶやつは、この多忙さを見習ってからにしてほしいものである。

 私は己の目的のためには努力を怠らない、プロの悪女なのです!


 こうして激務をこなし、ヘトヘトになる毎日。その合間に、こっそりと使用人からクッキーをもらっていたとき、そいつは現れた。


 中庭に面した渡り廊下の向こうから、私めがけて一直線に歩いてくる。なんと禍々しい空気を放つ男なのだろうか。

 眉間に皺を寄せた気難しい顔で、ずんずん近づいてくるのは黒い短髪の精悍な騎士ーーーキースだ。



 げぇ。

 目があったが否や、私はすぐにクッキーを懐へ仕舞い込み、くるりと彼に背を向けた。


 素早く撤退である!

 私は自分に厳しい人は嫌いです!


 そして一歩踏み出した瞬間、その先からサラが鬼の形相で迫ってくるのを見た。



「!?」



 え、なに、なにが起きてるの!?


 廊下の奥からずんずんと早歩きで迫る私の幼馴染のメイドは、なんと凄い剣幕でこちらを睨みつけているではないか!

 何かやったっけ!?

 あんなにサラが怒るなんて……。

 はっ!

 もしや今クッキーをもらっていたのがバレたか!?


 私は思わず、懐を抑える。

 サラにダイエットしろと言われて、恒例だった夜中のクッキーくすねに監視がついたので、こうしてひっそり賄賂を渡して使用人から貰っていたのだが……。

 どこからバレたのだろうか! 誰が裏切った!?よもやお前ではあるまいな!


 きっと目の前の使用人を睨み付けると、私に疑われていると気がついた彼女は、ギョッとして首を振った。



「わ、私ではありません!」


「うぅむ……!」



 嘘だったら、このクッキーを砕いて、お前の枕にばら撒くからな!


 みみっちい仕返しを考えている間にも、板挟みの私は逃げ場を失いつつある。いくら我が家の廊下が長いといえど、このスピードで両側から迫られれば、私がぺしゃんこになるのも時間の問題だ。


 しかし、キョドキョドと周りを見回せど、片や魔王のような男、片や鬼のような女。そして目の前には、私同様2人の剣幕に怯える使用人。だけ。

 孤立無援! 四面楚歌とはこのことである!



「あらあらあらあら! いやだ! こんなところにいらっしゃったのですねディアナ様!!」



 未だ10メートル以上は離れていようかというのに、サラは大きな声で私を呼んだ。


 ひぃっ…!

 一体どういう威嚇だろう!?

 私はまだ食べてないわ!


 つい聞かれていないことまで言いそうになる心を押しとどめ、深呼吸をする。



「あ、ああ……。先程まで、レッスンをしていたのよ」



 私は努めて冷静に返した。

 手元のクッキーだけはバレるわけにはいかない。

 現行犯逮捕だけは避けねば!

 こんな状況になってしまったのは予想外ではあるが、もちろん、私はこんなところでつまみ食いなどしていないのだ! まだ! 食べてない! まだ! なのに捕まるなんて嫌! これは今日の夜用! 奪われるなんて嫌!


 懐にしまい込んだクッキーの袋を、服の上からそっと抑える。ちらりと視線を向けると、両側から迫る2人の気迫に怯えていた使用人が、伺うように私を見ていた。懇願の表情。そうだろう、もちろんお前も共犯だからな。しかし、お前だけは逃げろ。捕まるんじゃないぞ。絶対に情報は吐くな。拷問には負けるなよ。

 うむ、と私が頷いて見せると、彼女はホッとしたように頬を緩め、礼をした後、一目散に逃げ出した。

 心細くも、その背中を見送る。

 そんな私へ、



「あらあらあらあらあら!! レッスン後でしたか!! ではお疲れでしょう! シャワーでも浴びますか!? それともお茶?!!」



 サラが再び声を張り上げた。


 ひぃ! こわいんだけど!


 廊下中へ響き渡るサラの声。響くが、滑舌が良く、反響がないので、なにをしゃべっているのか、この距離でもしっかりと分かる。

 ほう、これなら夜会の時、罵声も遠くまで届こうというもの。見習わなければならない。


 感心したが、 はて、今サラはなんと言ったか。


 お茶にする……だと…!?


 サラはお茶の時間に厳しい。

 毎日決められた時間に、決められた時間内でしかティータイムなんて貰えない。

 なのに!?

 今!?

 思いつきのようにお茶でもするかだと!?


 なんと……。

 私は戦慄いた。


 これは、罠だ!



「な、なんのつもりなの、サラ……!」


「あらいやだ! なぜ逃げるんですかディアナ様!! あなたの大好きな茶菓子をご用意いたしますわ!」



 近頃、ダイエットしろと口うるさいサラが!?

 茶菓子の用意!?



「ひぃ……っ! 何を企んでいるの…!?」


「く……!」


「ひえっ!? 何の声!?」



 サラに身構えて思わず退いた私だが、背後からの呻き声に悲鳴をあげた。



「サラ…! 邪魔をするなっ!」


「あらあら!? ディアナ様ってば何を怯えていらっしゃるんですか?! 仕方ないお方ですこと! ほら、ディアナ様早くこちらへ!!」



 後ろから、唸り声を上げる男がやってきていた。一方、彼の呼びかけを無視し、対抗するかのように一層声を張り上げるサラ。


 こわっ!

 なに!? 怖いんですけど!?



 そしてついに、私は逃げも隠れもできず、2人に挟まれることと相成った。




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