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悪女の条件。  作者: ジェル
例えば、幼馴染
20/25

悪女の裏側 1

 




「いってらっしゃいませ、ディアナ様」



 年々その美貌を増す主人へ、腰を曲げる。

 優雅に馬車から降りた主人は、サラの瞳を見て、にっこり微笑んだ。



「行ってくるわ。今日こそエリオットになんて負けないんだから!」



 豊かな艶めく蜂蜜色の髪の毛をばさりと払いのけ、腰に手を当ててそのやる気をアピールする彼女。

 一見幼い言動は、サラの緊張を読み取ってのことだろうか。

 音がなりそうなほど長い睫毛に縁取られた琥珀色の瞳に見据えられるたび、サラはいつも、少しだけ息が詰まる。


 小さい頃から見慣れているにも関わらず、その美貌に見つめられると一瞬、身体がこわばる。人間は超越した美を前にすると惚けてしまうというが、まさにこのことなのだろう、とサラは思う。見慣れているはずなのに。


 エリオット、と聞いて顔をしかめたサラに、ディアナは作り上げたよそ行きの顔で微笑んだ。……ディアナとサラで編み出した、悪女の顔だ。もう既に、やる気満々らしいことは伝わってきた。


 しかし、サラの思惑とは異なり、そんな裏を感じさせる演出の悪い表情も、彼女の容姿に合わさればミステリアスな魅力となってしまう。

 琥珀色の瞳は光を反射して大きく煌めいて、いつだって少し潤んでいる。長い睫毛はその感情を示すように震え、見るものは無意識でも彼女のその心境を推し量り、できる限りのことをしてあげたいとさえ思うだろう。

 白い肌は陶器のようだが内側の瑞々しさを感じさせ、頬は滲むようにほんのりと紅い。蜂蜜色の髪の毛でさえ、その一本一本が彼女の美しさを引き立てている。後れ毛を出そうものなら、夜会で出血多量の死人が出るだろう。


 むしろ、悪女をしていて良かったとさえ思えた。

 これで性格も良かったなら、今日まで無事ではいられなかったかもしれない。なにやら誘拐とか、監禁とか、ひどい目にあっていてもおかしくない。

 ………王子にはそんなひどい目に合わされそうになっているけど。


 作り物めいた人形の美しさ、そこにディアナの豊かな感情がのって初めて、サラは安心する。

 ただ外側が綺麗なだけなら、彼女をここまで魅力的には見せなかっただろう。

 信念を持っているからこそ輝いて見えるのだと、サラは思っていた。



 まっすぐに伸びた背筋で、夜会へ向かうディアナを見送る。



 人間は、楽な方へ、楽な方へ逃げる生き物だ。

 まして、ディアナはそれが許される地位にいる。

 難しいこと、嫌なこと、したくないこと、その全てを投げ出しても許されるのだ。……まあ、周囲からそれをしている人間だと思われているのが、彼女の1番不幸なところなわけだが。


 誰のせいにもしない。

 誰かを傷つけることも、誰のための言い訳にはしない。

 誰かのためを思ってやることも、全ては自分のためだと。


 儚く見える彼女の強さ。

 それを知っているからこそ、守らなければという思いも強くなる。




  *




 その日の夜会の真っ只中、サラは自らの主人が心配で心配で居ても立っても居られず、そのホール周辺を目的もなく彷徨っていた。

 侍女には、このような貴族の夜会に参加する権限はない。しかし、心配で居ても立っても居られない。居られないが、中には入れないため出来る事はなく、そして目的もない、といった状態だ。当てもなくうろつき、様々なことに考えを取られる。


 邪念を振り払うことのみに専念して、ひたすら馬車の前で待つのも飽きた。

 サラはもはや、この遠く離れた場所から、闇の中輝く宮殿のホールを眺めて、その中で戦う主人に想いを馳せることしか出来ない。


 心配などしなくても、きっと主人は、今日もしっかりと令嬢をいじめているはずだ、とサラは自分に言い聞かせる。

 だから、いじめて、それでごめんねって泣きべそをかく主人を、自分が慰めてあげるのだ。

 ディアナの好きな香りのディフューザーも取り寄せたし、枕もしっかりふわふわにして、完璧なベッドメイキングを施したから、ゆっくり眠れるはず。意地の悪いエリオット王子サマに絡まれたとしても、自分がしっかりとフォローしてみせる。

 サラはそう、強く頷いて、



(ーーー……そう、エリオット王子サマだ。)



 苦々しい思いで顔を歪めた。

 目下、サラの悩みはそのエリオット王子様である。

 もはや、ディアナの悪女演技のカリキュラムだとか、いじめる令嬢のリストの更新だとか、そういうことはどうでもよくなってきた。

 どうでもよくないのに、そう思ってしまうほど、その存在は大きかった。


 エリオットがディアナのことを好きなのだとシェイドに聞いてから、サラは今までしてこなかった方面にまで情報網を伸ばした。


 それがシェイドのついた嘘だとしても、真偽を確かめねば、対策ができないと思ったからだ。そして、もし嘘なのだとしたら、何故そんな嘘をついたのか確かめるまではゆっくり眠れもしない。そう思って、……いや、むしろ嘘であって欲しかったのかもしれない。

 嘘である証拠欲しさに収集した情報は、むしろ、本当だと裏付けるようなもので、さらに眠れなくなる始末。



「ディアナ様に近寄るものが少ないとは思っていたけれど、まさか、王子が振り払っていたなんて誰が思うのよ……」



 はあ、と自らの口から出た息は思いのほか、溜め息のようだった。



「悪女などしていれば当然、その分、災いもある。私が覚悟していたよりも、ディアナ様が事件に巻き込まれることがなかったのは、エリオット様のおかげだっただなんて……」



(なぜ、そんなことを。いや、好きだからにしたって、何でここまでバレないように。)



 サラの思考は混乱を極めた。


 自分が必死で情報を集めて、ようやく気がついたのだ。なぜ隠す必要があるのだろう。恩着せがましく、守ってやってんだぞって言えばいいのに。


 何処から来たのかわからない苛立ちに苛まれる。何故、こんなにもイライラするのかわからない。



(……なんなの、それ。)



 むしゃくしゃして、何かしていないと気が済まない。

 気が済まないのに、ここからディアナを見守ることしかサラにはできない。



 ーーー今、まさしく、理解のできない王子が、ディアナと共にいるかもしれないのに。



 そうだ。

 理解ができないのだ、とサラは気がついた。

 その陰ながら守っているような行為と、ディアナと対峙する態度が結びつかない。



 理解ができない。

 怖い、気味が悪い。



 それが、今のサラの正直な気持ちだった。

 サラには、恋愛的な意味で人を愛するという感情がなかった。あるのはディアナに対する忠誠心と敬愛、友情。そういうものだけだ。


 ーーー…だから、わからない。


 王子がディアナの何処が好きなのか、そもそも好きとは何なのか、好きならばどういうことをするのか。


 今までサラは、エリオットがディアナのことを好きだと知っても、「エリオットの好き」については深く考えはしなかった。

 だって、その情報は知っている。

「好き」という知識、その存在、皆の中にある概念は、サラの中にもある。自分にはその感情がないが、人は人のことを好きになるものだと知っている。

 だから、好きならそれを組み込んだ対策を立てるだけで、自分たちのやることは結局変わらないと思ったのだ。


 だけれど。

 エリオットがディアナを守るようなことを、陰ながら、していると知ってから。

 サラはその自分の知識にないエリオットの奇妙な行動について、悩み続けている。


 エリオットは、自分がディアナに嫌われていることを知っているはずだ。

 だったら、少しでもディアナによく思われたいはずではないか。よく思われたいなら、自分がその人のためにしていることを伝えて、少しでもいい印象を持ってほしいと思うものではないのか。エリオットに限らず、人は人に少しでもいいところを見せたいもののはずだ。それが好きな人ならなおさら。



(なのに、見返りのない行動をしたの?? しかも、それが好きな人に知られなくてもいいって? それが好きっていう感情なのかと思って調べれば、人によって「好き」のやり方が違うだなんて、どういうこと? エリオット様の好きが他の誰とも違うかもしれないの? そんなの、知らない。わからない。わからないと、対策が取れない。なにも、出来ない。……どうすればいいか、わからないじゃない。)



 ーーー…ディアナ様の役に立ちたいのに。


 サラはうなだれた。

 それだけのことなのだ。

 サラはディアナの役に立ちたい。

 それだけのことなのに、自分が至らないせいで、もう道を見失っている。

 自分にこのような欠陥がなければ、もっと、きっと。



(「好き」なんて、もう、わからないわよ。)




 サラは、重苦しいため息を吐いた。

 全く方面は違っているが、まるで恋に悩む乙女のようなことを思う。



(好きって、どういうものなの?)



 本を読めば「甘酸っぱい」で、人に聞けば「好きは好き」だ。まるで抽象的。



(貴方の事を想うと心が締め付けられて、夜も眠れないくらいだわ……なんて感情、知らねーっつの)



 ……ああ、まるでポエムが出来そうだ。

 自分には意外にもそっちの才能があるのかもしれない。

 人は追い詰められたとき、類い稀なる才能を開花させることがあるものだ、と現実逃避。


 考えていても、らちが明かない。

 自分にないものは、調べて集めるしかない。

 取り敢えず、今出来ることは情報を集めることだけだ。そこから、考えるしかない。


 仕方ない。

 何処から攻めるべきかと考えつつ、一先ず気分転換にそこらの花でも詩にでもしてみるか、と顔を上げて。



「あれ? サラ様、ご機嫌よう」



 こちらに近寄ってくる、王子の騎士と目があった。






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