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悪女の条件。  作者: ジェル
例えば、幼馴染
17/25

悪女の混乱 2

頂いたご感想を見て、やる気をつないでおります。ありがとうございます。

 



「また何してるの?」




 !?



 この声は!?



 ばっと後ろを見れば、案の定そこには憎っくきエリオットがいた。

 いつも通り、人波をモーセのごとく割って、コツコツと歩み寄ってくる。不機嫌な顔だ。もちろん、これだっていつものことである。

 いつものことなんだけど……。


 ーーーなんだか、いつもより、怒ってませんか?


 他人の前では王子然としているエリオットが、明らかな冷気を垂れ流している。

 スカイブルーの瞳は冷たく光り、口元こそ笑みの形を取ってはいるものの、首を傾げたその仕草でさえ、彼が不機嫌であることを物語っていた。



 先日、エリオットに邪魔をされ、イジメを中断させられたことが脳裏に蘇り、取り敢えず逃げようとエリオットとは反対側へシフトチェンジする。


 しかし。

 ああ! なんということでしょう!

 そこには、キラキラした目でギラギラの扇を振るパトリシア様たちの姿が。


 きゃーっ!

 敵と未知の集団に囲まれた私。逃げ場がない!



 取り乱して、発狂しそうになる。

 パニックに陥りかけたので、落ち着きを取り戻そうと、ひっそりと深呼吸をする。そして、しばし冷静になって、取り敢えず未知の集団よりは、知っている敵の方が対処もしやすいかと思い直し、悪女らしく胸を張って迫り来る脅威、もといエリオットを待ち受けた。




「またって何ですの? 私たち、楽しくおしゃべりをして………」



 ないな。

 全然ないわ。

 びっくりするくらいないから、思わず言葉に詰まってしまった。

 唸れ私の演技力うううううう!



「……エリオット様」



 ない力を振り絞ろうとしている私の背後で、パトリシア様が小さく呟く。

 消え入りそうなほど小さな声だった。

 思わず振り返ると、目をうるうるさせたパトリシア様がいた。怖いものーー、例えば、お化けか幽霊でも見たような表情である。違いない。うむ、そうだ、エリオットは怖いものである。

 だからな、逃げよう。ね? 逃げよう!!


 哀れにパトリシア様を見つめるも、彼女は私の視線に全く気がつかないし、極め付けに決心したような強い眼差しで、エリオットに宣言した。



「申し訳ありません、エリオット様! ご無礼をお許しください! わたくしたち、エリオット様に恨みはないのですけれども、どうしてもやらねばならないのです!」



 突如叫んだパトリシアと、その周囲でそうだそうだと囃し立てるご令嬢たち。

 その様子に、エリオットの顔が目に見えて歪んだ。

 ひいいい!?

 なんの話かわからないけど、どうしたの!?



「……ちっ、やはりそのつもりか…」



 ぼそ、と何かを言ったが、聞き取れない。

 しかし、舌打ちだけは聞こえた。聞こえたぞ!

 だから、お前それやめろ! 王子だろ!



「僕のものを奪うつもりだと?」



 こてりと態とらしいほど可愛らしく首を傾げたエリオットに、むしろ、パトリシア様は心底怯えたようだった。

 後ずさったパトリシア様を、後ろのご令嬢たちが支える。



「お気を確かに!」

「そうですわ!」

「わたくしたち、ここで負けては同じことの繰り返し!」

「ここで流されてしまっては、また同じことの繰り返し!」

「同じことの繰り返しですわ!」



 その同じことの繰り返しで、パトリシア様は元気を取り戻したらしい。そうですわね、と熱く頷き合い、エリオットへ言い放つ。



「そ、そもそも、エリオット様のものか怪しいものですわ!」



「よくぞ!」

「さすがですわ!」

「勉強の甲斐が!」



「………はあ?」



 ご令嬢に声援を送られ胸を張るパトリシア様と、一気に機嫌が最低にまで落ちたエリオット。

 人前でこの人がここまで感情をあらわにするのも珍しい。

 不機嫌、なとどいう可愛いものではない。

 ブュオッ!と冷たい風が吹いたようにさえ感じた。ひい、凍えるよう。



「え、ええーと、えーと……!」



 ブリザードが吹き荒れ、パトリシア様はついに錯乱したご様子。限界突破。

 エリオットがブリザードを食らわすのは、私にだけではなかったらしい。知らなかったどうでもいい新事実。


 小さなパトリシア様はすっかり萎縮してしまい、肩を震わせている。

 流石に可哀想だ。

 彼女たちは温室育ちの可憐なお花! 私でさえ半泣きにさせるエリオットの吹雪、耐えれるはずがない! 何か私が救済の一言を!



「エリオット様。おやめくださいな。このようなか弱いレディに…その…よ…う……な」



 不自然に途切れたのは、エリオットに睨みつけられたからに他なりません。



「………は? ほんとにバカだね。自分もか弱いレディだって忘れてるの?」



 は?



「私はもちろんか弱いですわ」


「……、ふっ」



 め、めめめめっちゃバカにした顔で笑ったんですけどこのバカ王子……。

 鼻で笑われたショックのあまり立ち尽くす私を置いてけぼりにし、エリオットはパトリシア様の元へ向かう。


 あああ! なんてこと!

 ごめんなさい、パトリシア様!

 私の力、遠く及ばず!!


 至近距離で見下ろされたパトリシア様は、もう半泣きである。しかし、気丈にもエリオットを見つめ返している。一体、何が彼女をそこまで駆り立てているのかッッ!

 エリオットが、パトリシア様の顎を曲げた人差し指で優しく掬う。耳元へ顔を近づけて、まるで愛を囁くように。




「パトリシア様。これ以上、僕のものに変なことを吹き込むのはおやめください。…………あなたたちと、彼女は違う」




 僕のもの、のところで、エリオットがちらりと私を横目で見やった。


 誰が誰のものだと!?!?


 私は、ぎょっとした。


 婚約はしているが、私はお前のものではないし、お前も私のものではない!

 婚約破棄を阻止するためにこのような発言までするようになるとは予想外。周りから洗脳する気か!? こいつのプライドも相当なものである! 気高く連なる山脈だ!

 怒りで震える私をよそに、エリオットは恐怖で(多分)動けなくなったパトリシア様の頭の上へ、ぽんぽん、と優しく手を置いた。

 自分であんな目に合わせといて、フォローまでしたのかこいつ!? なに!? どういうテクニックなわけ!? アフターケア怖いんですけど!? 女苦手じゃなかった!? 迫られるのは無理だけど自分からはぐいぐいいけちゃうタイプですか!?!?



 驚愕で二の句が継げない私の横で、ぷしゅーと、空気が抜けたようにパトリシア様がへたり込む。



「まあ! パトリシア様!」

「大変ですわ!」

「お気を確かに!」

「すぐに安全な場所へお連れ致しますからね!」



 令嬢たちが駆け寄ってきて、放心状態のパトリシア様を取り囲む。

 その通りだ、ここは危険な場所だ。

 神妙に頷く。



「では御機嫌よう!」

「ディアナ様! またいずれ!」

「ええ、またいずれ!!」



 令嬢たちがパトリシア様を支えて、逃げるようにばたばたとホールから出て行く。


 さて、ここで取り残されたのは私とエリオットである。


 誰もいじめてはいないが、この訳のわからない騒ぎを引き起こした原因を作ったのは私である可能性が高い。全くもって不本意だけれども。また何か嫌味を言われるに違いないと、エリオットの動向を伺いつつ、身構える。

 エリオットは疲れた様子で、はあ、とため息をついた。




「………俺が何したって、どうせ、意味ないんだろうけど」



「え?」



 何か言ったように聞こえたが、エリオットは首を振った。




「……、最悪だね」



 は?

 …私、まだ何も言ってませんけど。


 疲れたように髪の毛をかきあげ、エリオットはパトリシア様の消えた廊下を見つめる。

 そして、胸元から通話機を取り出して何事か喋ると、そのまま何処かへ去ろうとした。

 私のことなど一瞥もしない。


 その様子に、ここからずっと私の行動を見張る気ではあるまいかと身構えていた私は、拍子抜けした。

 き、期待なんて全然してないんだからねっ! ……ぶりっ子して見ましたが、当たり前でしたね。


 それにしても、びっくりすることの連続である。

 わ、私いじめするよ? いいの? ほんとに??

 思わず、去るエリオットを目で追った。

 顔を逸らすエリオットの頬から耳、通った鼻筋、さらりと靡いた髪まで見つめる。

 瞳の、その晴れた空の様な色彩が揺らめいて、まつ毛が震え、エリオットが瞬く。一瞬のことなのに、その動作がすごくゆっくり見えた。


 そして、エリオットのことなんて、本当はどうでもいいはずのに、何故か私は、その整った横顔へ声をかけていた。


 ーーーまさか、という思いが、私の心を満たしていたからだ。



「もしかして、エリオット様は、パトリシア様のことが、お好きだったのですか…?」


「はあっ?」



 ぎょっとしたように目を見開いて、エリオットが私を凝視した。

 心底、訳がわからないと言う表情だった。

 あれ、違ったのか。



「いえ、違ったのでしたら、お気になさらず」


「………後学のため、理由だけ、聞いておこうか?」



 エリオットが引きつった頬で、呆れたように言う。

 むっ。なにその顔。



「パトリシア様とご知人のようでしたし、私のお茶会についてくると仰ったのは、ユルウル家のお茶会からでしたので、共に参加したかったからかと愚考致しました。それに、なんとも思ってない女性に対して、あれ程近くに寄られるとは考えられませんでしたので……、もしやと…」



「……はあ、そう。けど、ほんとに愚考だからやめてくれる?」



 ため息をついて、エリオットが私を見た。



「きみさ、僕がなんでこんなことしてるか、本当にわからないんだろうね」



 少し、眉が寄っている。

 口元も少し下がっていて、目は細められていて、頬に力が入っている。

 これは、何という表情なんだろうか。見たことない。いや、やっぱりバカにされてる?

 なんでこんなことしてるかってそりゃあ、私のことが嫌いで婚約破棄はしたいけど、どうしても出来ない理由があるからなんでしょう? それと、貴方のおっきいプライドね!

 けど、そんなことを言えば、プライドの高いエリオットはさらに怒ることが目に見えていたので、私は馬鹿面で首を傾げてみせた。



「……ええ、わかりませんわね」


「考えたこともないんだろうね」


「エリオット様もでしょう。私がどう思ってるかなんて、想像したこともありませんでしょうに」


「………はは、まあ、そうだね」



 エリオットが、口の端だけを歪めて、嘲笑の笑みを浮かべた。



 ーーーエリオットって、こんな感じだったかな。

 ふと、思う。

 これは、まるで、私のことを知らないと言った時のエリオットのようだ。私のいれた、私の好きなお茶を飲んで、瞳を揺らめかせた、あの時のエリオット。

 ーーーこんな感じで話す人だったっけ?

 本当は、こんな感じの人なのかな。私と話す時のエリオットは、いつもだいたいキレてるから、違和感を感じるのかもしれない。たしかに、普通嫌いな人間と話す時は、違う人間のように冷たくなるものだ、人は。

 例えば、そう、言うこと聞けよ、とか、監禁してやろうか、とか、嫌いって言えよ、とか…。………今思えば散々なことを言われている。

 どれだけ嫌われているのか、自分は。

 悪女としては、望ましいんだけど、その結果婚約破棄できないのなら意味がない。

 けれど、王位継承権を奪われた挙句に、嫌いな相手との婚約は逆らえない理由があり、その婚約者にはプライドを踏みにじられ、婚約破棄などさせないと意地になってしまったエリオットの気持ち。

 ーーー私は、なにも、考えたことなんてない。



 エリオットに対して、初めて罪悪感が芽生えた。


 私は自分の都合で、自分のために悪女をやっている。しかし、それに巻き込まれているのはエリオットだ。

 エリオットと婚約したせいで弟に爵位を譲れないと八つ当たりのように苛立ちをぶつけていたが、その婚約で王になれないエリオットも被害者なのでは。

 当たり前に、私のことが嫌いなのもわかる。冷たくされるのも仕方がない。彼自身はもう諦めていて、婚約を覆せないと思っているからこそ、私が嫌味のように悪女などをしていれば、更に気に食わないかもしれない。

 私たちの婚約に何の理由があったのか知る由もないが、私たち2人は被害者なのだ。そう考えてみると、もしかしたら、いつか、分かり合える日が来るのかもーーー…




「………きみのことなんて、本当は、どうでもいいはずなのに」




 ーーーはい、しんみりした私がバカでした。


 エリオットの呟き、しかと耳に届きましたよ。

 ぼそ、と落ち着いた声音で言い放ったエリオットは、また、はあ、と疲れたようなため息を吐いた。


 それを見て、私は先程分かり合えるなどと思った自分を恥じたし、同時に形容しがたい怒りにも襲われた。


 どうでもいいだと!?

 考えたことなかったね、そうだね、考えてみようかなって思った流れじゃないの、今の!!

 どうでもいいだと!?

 ムカムカしてきた。

 けど、本当はって言ったな。本当は、どうでもいいって。

 やっぱり、私に悪女をやめさせようといじめにもお茶会にも介入してくるけれど、本当は私のことなんてどうでもいいってことか?

 そりゃそうだろう。

 私たちの関係は、“何らかの理由”だけで繋がっているんだから。

 それに、君は私のこと嫌いなんだから、そりゃそうでしょう。え、どう言うことなの。

 私は今更、お前のことが嫌いだって言われたってこと?


 考えても、わからない。

 わからないから、考えない。


 考えた時間が無駄になるくらいならば、その時間を別のことに当てた方が有意義だ。

 確かに、考えないようにするくせがついていたのかも。悪いくせだ、としばし反省した。


 けど、それとは別だ。

 やっぱりこいつのことなんて、考えるに値しないわ!

 考えたところでお互いが嫌いなのは明白!

 嫌いな人間に割く時間ほど、無駄なものはないわ!



 まるきり悪女のような思考で、私はエリオットに言った。



「そうですわね。私も、婚約者じゃないエリオット様には興味ありませんわ」



 当てつけのように、嫌味を。

 イライラしたまま、あからさまな嫌味を。


 令嬢らしからぬ行いである。



「………はあ??」



 そして、またしてもエリオットから冷たい目線とブリザードを食らう羽目になった。

 なんて私はバカなんだろう。スルーしておけばよかった。……うう、凍えるよう。



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