悪女の憂鬱 2
何年ぶりかしら
掴まれていた腕を乱暴に引かれ、ぐい、と力任せに庭園へ投げ飛ばされる。
こけそうになりながらも体制を整えた私は、エリオットにむかって暴言を吐こうとした。
しかし、底光りする瞳に射抜かれて、言葉を詰まらせた。
スカイブルーの瞳が、月夜に怪しく煌めいている。
変わらない冷たさ。けど、何かがいつもと違った。
言葉に詰まった私は、小さく呼吸する。
夜の冷たい空気が肺に入り込む。軽くため息を吐いて、そのまま、つん、と顎を上げた。
「何ですの?エリオット様」
「…次はないって、僕は言ったよ」
その声も、瞳と同様、凍えるほど冷たい。
そのブリザードは慣れたものだったけれど、何やら目が据わってる。
びびりつつも、私は鼻を鳴らした。気丈にふわふわとつかみどころのない女なのだ、悪女といふものは。うむ。やってみせる。
「あら、ずいぶん怖い顔をなさって。次はないって、何のことですの? 私、ルル様とおしゃべりしていただけですのに」
「へえ? おしゃべりねえ…? いつになったら、そんなことしたって意味ないってわかるの? いったい何したら言うこと聞くわけ」
やっぱり、なんか違う。
私は伺うようにエリオットの顔を見つめる。けれども、やはりいつもと温度の変わらない冷たい瞳からは、何の感情も読み取ることができなかった。
エリオットはそのまま、畳み掛けるように言葉を吐いた。
「金? 権力? 男? 自由? 宝石? 監禁したらいいの?」
……は?
……いきなり何を??
私は驚愕のあまり、先ほどのようなふざけた言葉を返すことが出来なかった。
金と権力? それからなんだって??
言ってることが何一つ理解できない。
監禁なんて以ての外だ。ついに、頭でも湧いたか。
いや、え? ま、まさか遠回しに殺人を示唆している!?
婚約破棄したいのにできない、もうこいつを殺すしかないっ!とか思ったの!?!?
「…どういう意味ですの」
努めて慎重に問うた。
突如エリオットは、ふ、と口元を綻ばせた。
!?!?
なにごと!それに一番恐れを抱くわ!
「僕のことが嫌いって言えよ、」
とろける美声。甘い響き。
それとは裏腹のスカイブルーの冷徹な輝き。
私を射抜くその瞳が段々と陰っていくのを見て、私はとてつもない焦燥感に襲われた。
あ、なんか、やばい。
はやく、なんか、はやく言わなきゃ。
「……いつも好きと申しておりますわ、エリオット様」
冷や汗が背筋を通る。
いつものように躱したはずが、何故だかぎこちない笑みになってしまった。
動揺のあまり何時もの言葉で返して、ふと気がつく。あ、遠回しに好きじゃないってもう言ってしまってたなと先日の会話を思い出した、………時には、もう遅かった。
「嘘はやめてって、言ったよね」
艶のある声に、不機嫌が混じる。
言われたっけ、なんて思い返す間もない。
人を従える、上に立つ者の威圧感が私を襲う。
「いつまで、それやるつもりなわけ?」
「……っ、」
ーーー失敗した。
唇を噛む。
エリオットの顔が、月と逆光になって見えない。
さっきまでは見えていたのにと思って、そこで、エリオットが近づいてきていることに気がついた。
げ。
やば。
「君が何をしても無駄だって、いつになればわかるんだろうね」
肩を掴まれた。
痛い痛い!
腕の次は肩か!脱臼させる気か!
暴力反対である!
けれど、私はその痛みでようやく、いつもの調子を取り戻した。
「エリオット様が何をおっしゃりたいのか分かりかねますけど、わたくしは、わたくしのやりたいようにするまでですわ!」
作った顔で無理やり微笑むと、次は顎を掴まれた。
は?
なんと顎まで!? 卑怯者!
私の顎を砕いて、物理的に黙らせようという魂胆だな!?
骨を砕かれてはいないが、顎を抑えられて案の定喋れなくなったため、睨むことしかできない。しかし、私より10センチほど身長の高いエリオットを至近距離で睨むには上目遣いになるしかなく、なんとなくいらぬ敗北感を味わう。
エリオットはそのまま、すっと目を細めた。
少し顔が近づいて、私はその瞳の中の自分の顔がこわばっていることに気がついた。
私の肩を掴んでいた大きな手が、するりと滑る。頬を撫でられた。
「……こんな細っこいのに、俺にかなうと思ってんの」
………。
「…は、?」
何これ!
何する気!?
ぞわわ、と背筋に寒気が走る。
やばいよ!
殺される!
逃げるに如かず!
「…かっ、かなうわよ!」
敬語も忘れて、私は怒鳴った。ついでに奴の足の甲へ、ピンヒールを履いた脚で踏み下ろす。
「ってえ!」
顔を歪め、力が弱まった隙にエリオットの拘束から抜け出る。
それを見て、彼は舌打ちをした。
だから、それやめろ!
それでも一国の王子か!
「エリオット様が何を考えてるのか、理解に苦しみますわ」
睨みつけながら言うと、エリオットは眉をひそめた。腹立たしげな顔だ。
「……そっくりそのまま返すよ」
「どういう意味ですかしらですわね」
令嬢らしからぬ乱れた言葉遣いで言い返せば、エリオットは薄く微笑んだ。
「…少しは自分でも考えれば?」
「きっと、考えてもわかりません。わたくしたち、分かり合えないと思います」
「うるさい」
ゆらりと不穏な空気が再びエリオットから立ち込めたので、私は早々と逃げることにした。
これは戦略的撤退である!!
せ、戦略的なんだから!!!!!
夜会に出るのも諦めて、私は馬車をよんだ。
今日はもう、いじめなんてしない!
実家に帰る!帰るったら帰る!!
「どうなさったのです、ディアナ様。情けないお顔ですわ」
半泣きの私の顔を見て、馬車の傍らに立つサラは微笑んだ。
「悪女の名が廃りましてよ、」
「うう、だって、だって!あのバカ王子怖いんだもん!」
この間まで、大人しげに、僕も君のことを知らないんだな…などと呟いていたではないか!
あれはどこに行ったのだ!
あれはあれで奇妙だったが、監禁よりはましである。
そのようなことを喚いたら、サラの瞳孔が開いた。気がした。
「何をされたのです!!!」
突如がっついてきたサラにびびる私。
肩を掴まれ、ガクガクと揺さぶられる。
「いったい何をされたのですか!!」
「え、とくに、な、何もされてないけどっ、お、脅し?みたいな???」
「な、ななななんと破廉恥な!!許されませんわ!」
ひとしきり慄いて震えたサラは、すぐに背筋を伸ばして、御者に馬車を出すように命じた。
「ディアナ様。先におかえりくださいませ」
「えっ、サラはどうするの」
「私にはやらねばならないことができましたわ。気をつけておかえりください」
「え、あ、うん」
わけもわからず頷くと、サラはまさしく勇者の面持ちでメイド服の裾を翻した。
「言い訳などさせませんわ!」
そう叫ぶと、サラは走り出した!
わからないけどがんばれ!
私はあの変態の対処法を考えるからね!!!お互い頑張ろうね!!!
うわあああん!




