3−2
「短いと思う」
京介は腕組みをしたまま、いささかしかめっ面で答えた。
「そう?」
ここなは自分の体を鏡で見回し、
「普通じゃない?」
首を傾げた。
「短い、見えそう」
「何が?」
ここなが首を傾げたまま、微笑む。にやり、と。
「わかってて尋ねてるな、それは」
「えー、ここなちゃんわかんなーい」
頬に拳をあてて、ここなが身をよじる。
「うぜ……」
「何か言った?」
微笑んだまま、ここなが言う。顔は笑っているけれども声が笑っていない。
「言ってない」
「ふーん。で、何が問題なの?」
その細い腰に右手をあてて、ここなが尋ねる。試着室の鏡でもう一度、自分の全身を眺め、
「なにも問題ないじゃない」
試着したショートパンツから、すらりと細くて長い脚が見える。
京介としてはもう少し肉付きが良い方が好みなのだが、それはそれとして、
「短いって」
「そんなことないって」
「見えそう、下着が」
早口で言った。
そのショートパンツは、いささか丈が短かった。というか、その布は一体何を守っているのか、と問いたいレベル。
「そんなことないのに」
「あるってば」
ここなは鏡をみて首を傾げて、
「まあ、じゃあ、これはやめとこう。キョースケ嫌がるならしょうがないや」
さらっと言った。
そのまま、しゃっ、と試着室のカーテンを閉める。
なんとなく、京介はそこから視線を逸らし、後ろを向いた。
「可愛いのにー、これ」
「いや、でもさー」
「はいはい、買わない買わない」
着替え終わって出て来たここなは、京介に全否定された割には、どこか満足そうだった。
店員に、またきまーす、と笑顔で手をふって店を後にする。
こころなしか、足取りが軽い。
「……なんか、ご機嫌?」
弾む茶色の毛先を見つめながら尋ねると、
「だって、嬉しかったんだもん」
振り返り、後ろ向きに歩く。
「危ないって。前向け」
「ショーパンは短ければ短い程正義! っていう人が多いのに」
「え、多いの? それ」
「キョースケは嫌がったじゃない。気、使ってくれたんでしょう? っていうか、それが普通だよねー」
うっれしー、とくるりと前を向き、弾むように歩く。
「……どういう付き合いしてんだよ」
今朝だって、もう少し長いスカートを選べと散々やりあって、マキシスカートをはかせたところなのに。
マキシスカートはマキシスカートで、長過ぎると思ったけど。
「あんまり見せてまわると、減るぞ」
「減らないよー」
「減るよ」
自尊心とか、そういうものが。
「減らないよ。もともと、もうないもの」
言わなかった言葉の続きが聞こえたかのように、ここなは言い、
「0からは何もひけないでしょう?」
当たり前のように、笑った。
「ココ?」
小さく名前を呼ぶ。
確かに、どんなに険悪なムードになっても、もめても、すぐに笑うのが彼女のいいところだと、思っている。ずっと怒ったまま、むくれたままの女は扱いにくい。
でも、今のは、
「笑うところじゃ、なくね?」
小さく呟く。はっきりとは声がかけられなかった。それは、踏み込んではいけない場所のような気がして。それは、ここなを気遣ったのか、面倒に巻き込まれるのが嫌だったのかは、わからない。
「あ、そうだ、布団! 布団ってどこに売ってんのー?」
ここなが、ぽんっと両手を打ち鳴らし、明るい声を出した。無駄に高い声。
「布団、なー」
京介は、それに乗っかった。
「買う必要性が俺にはわからんが。でもまあ、寧ろスーパー的なとこの方が売ってんじゃないのか? 知らんけど」
「そーなの? わかんないけど」
ここなに歩調を合わせ、隣に並ぶ。
「じゃあ、帰りに寄ろう!」
「ああ、うん」
そのままゆっくりと二人は歩き、
「待って」
ここなは京介の腕をひっぱって、引き止めた。
「っと、どうした?」
「あれ」
見つけたものを指差す。
小さなゲームコーナー。
「何? ユーフォーキャッチャーなら、俺得意だよ?」
「マジで? じゃあ出来れば後でぬいぐるみとって欲しいんだけど。ずっと狙っててとれなくって」
「いいよー。失敗したらごめん」
「ううん。って、そうじゃなくて」
「そうじゃなくて?」
「プリクラとりたい」
ここなが京介の腕を抱えこんで、言った。
「えー」
京介は露骨に不愉快そうな顔をする。
「お願い」
両手を合わせて、下から顔を覗き込む。
京介はしばらく困ったようにここなを見てから、
「まあ、いっか」
困ったように笑いながら頷いた。ほら、主体性がない。