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中曽根心中の心中  作者: 小高まあな
第三章 飯事のような
7/32

3−1

「次これー!」

 ここなが差し出した洋服に、

「あのさ、ココ」

「ん? あ、サイズ違う?」

「じゃなくてさ」

「好みじゃない? でもキョースケ似合うと思うよ?」

「そうじゃなくてさ?」

「じゃあ、何?」

「……もう、いいんじゃないかな?」

 足元に置かれたいくつかの紙袋を見ながら、頬を引きつらせていう。

 お昼からずっと洋服を試着し、ここなが気に入ったら全てお買い上げしている。京介がどう思ったかではない、ここなが気に入ったら、だ。

 正直、疲弊している。

「でも、これ、似合うよ?」

「いや、じゃなくて。これだけあれば十分だと思うし、悪いし」

「んー?」

 ここなは持っていたシャツを棚に戻し、

「まあ、確かに」

 紙袋を見て呟いた。

「もうすぐ季節の変わり目だから今こんなに買ってもしょうがないよね」

 そういう話ではなかったが、納得してくれたようでよかった。

 思ったのも束の間、

「じゃあ、これだけ」

 とびっきりの笑顔で差し出された、青いボーダーのシャツを、

「……はい」

 素直に受け取った。


「あー、楽しかった」

 コーヒーショップでカフェラテを飲みながら、ここなが嬉しそうに言った。四時間ぐらい歩き回っていたのに、疲れを見せない。

「それはそれはようござんした……」

 対照的にぐったりしながら京介が言った。

「付き合わせてごめんねー」

「いやいや。俺のものだし。ごめん、ありがとう。全額出してもらっちゃって……」

 所持金が全くないというわけでもないので、多少は自分で払おうと、当初京介は思っていた。まさかこんなに沢山買うとは思わなかった、という言葉を飲み込む。

 とても持ち帰れなかったので、二日分を残して宅配便に託して来た。

「でもまあ、こんなの初めてだったし、楽しかった」

 疲れてはいるけれども、心地の良い疲労感だ。

「あら、カノジョと買い物とかなかったの?」

「普通はこんな怒濤の買い物しなくね?」

「そう?」

 ここなが不思議そうに首を傾げる。

「でも、カノジョと買い物をしたことはあるんだね、その言い方だと。まあ、まったく今までカノジョいないって感じじゃないけど」

 当たり前のように言うここなに、なんとなく後ろめたい気分になる。

「ん、まあ」

 別に後ろめたい気分になることなんてどこにもないのだが。だってここなは、京介の恋人ではないのだから。

「でも、まあ、ココが選んだ服はどれもかっこよかったね。センスがいいっていうか」

 取り繕うような言い方になったけれども、それは本心だった。

「でしょ?」

 ここなは嬉しそうに笑う。

「お洋服、好きなの。出来れば、ショップ店員とかやりたかったんだけど、まあもう無理かなー。大変そう」

「似合いそうなのに。店員。ちょっと強引だけど。売りつけそう」

「ホント? ありがと。……ん? ショップ店員の評価で売りつけそうっていいのかなぁ?」

「ココはいいの? 自分の買い物」

「私は別にー。あ、でも、一カ所いつも行っている店あとでよっていい?」

「勿論」

「あとは、布団買わないと」

「布団?」

「キョースケ、いつまでもソファーってわけにもいかないでしょう? ダイニングに一枚ぐらいなら布団ひけるでしょー」

「ああ、別にいいのに。悪いし」

「だーめ」

 むうっとここながふくれるから、京介はコメントをそれ以上つけたさなかった。つけたせなかった。

 布団なんて用意してもらったところで、いつまで同居人ごっこを続けるのかわからないのに、と少し思う。

 布団まで用意されたら、ますます立ち去りにくくなるじゃないか。

 お人好しの自分に笑う。お人好しというか、主体性がなさ過ぎる。

 小さくため息。

「……ここって禁煙?」

「ううん」

「吸って良い?」

「どうぞ」

 ポケットから、かろうじて残っていた煙草を取り出して口にくわえる。間髪おかず、ここながライターを差し出して来た。

 ありがたくその火をもらい、

「……それ、自前のライター? いつも持ち歩いているの?」

「今日はたまたま」

 鞄に投げ入れる。

「癖なのよ」

「なるほど」

 詳しいコメントは差し控えた。

「キョースケ、煙草吸うのね」

「うん、まあ」

「うちでは我慢してたの? 別によかったのに」

「いやー、居候の身でどうかと思ったし。煙草、残り少なかったし」

「言ってくれれば、買うのに」

「どんだけヒモ状態だよ、俺」

 苦笑。自分で言っておきながら、自分に呆れる。これだけ大量の洋服を買ってもらって、ヒモじゃないと思っていたのか。

「気にしなくて良いじゃない。だって、私たち」

「あー、そのあとは言うな」

 遮るとここなは少し不満そうな顔した。いくらなんでも、外で心中する仲でしょう? なんて言われたくない。

「私ね」

 不満そうな顔は一瞬で、また笑顔になったここなが、京介の煙草を持つ右手を指し、

「煙草を吸う男の人の、その手の感じが好き」

 当たり前のように言った。

 今回は心構えが出来ていたので、慌てるようなことはなかった。男の人っていう一般論だし。

「キョースケの手、ちょっとちっちゃくて、そこが好き」

 そこにさらりとここなが続けて、今度はむせそうになった。

「……ちっちゃくて悪かったな」

「頭ぽんぽんってしてもらったら、おさまりがよさそう」

 京介の悪態はさらりと無視し、ここなが続ける。そして、少し頭を前に乗り出す。

「……しないから」

「えー」

 少し頭を下にしたまま、上目遣いで京介をみる。

 京介はその視線から逃れるように、視線を横に向ける。

 ここなは視線を動かさない。

 たっぷりの間のあと、困ったようなため息とともに、

「また今度」

 かすれた声で呟いた。

「ふむ、じゃあ、今日のところはいいでしょう」

 ここなが満足そうに言い、身をひく。何故だか、譲歩されてばっかりだ。

「キョースケが煙草吸い終わったらいこっか」

「ああ、ちょっと待ってて」

 少し険悪な空気になっても、それを引きずらずにすぐに明るい声をだすところが、ここなの良いところだと思った。

「ゆっくりでいいよ、待ってるから」

 ここなは頬杖をつき、微笑んだまま、答えた。

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