2−3
コットンパックをしながら、片足を洗濯機の上に載せて柔軟しつつ、歯を磨く。
それが終わったら、化粧下地を小鼻辺りに伸ばし、塗り込み、塗り込み、塗り込み、フェイスパウダーをはたき、黄色のコントロールカラーを目の下に、ピンクのコントロールカラーを頬に塗り込み、塗り込み、塗り込む。
リキッドファンデーションに乳液を混ぜたものを丹念に塗り込み、塗り込み、塗り込み、塗り込み、
「塗り込み過ぎじゃね?」
「んー?」
「なんでもなーい」
パフでしっかり抑えると、フェイスパウダーを上からはたいた。マットな肌が完成する。
ノーズシャドーをいれて、ハイライトで目元を明るくする。ピンクのチークを丸く、頬にいれる。
ピンク系のアイシャドウをグラデーションにして塗り、目のきわは茶色で馴染ませる。黒いアイライナーを少しオーバーにひき、目頭には白いラメを少し。アイライナーは、たれ目を強調するように。下瞼にも。
ビューラーで睫毛をあげ、つけまつげをそこにつけて、つけて、つけて、
「三枚……」
「んー?」
「なんでもなーい」
それをマスカラで馴染ませる。下睫毛にもつけまつげを。
眉を書いて、ピンクの口紅を塗った上にグロスを重ねた。
そのままコテを手に取り、毛先だけを器用に巻いていく。巻きすぎないように、ゆるくふわっと、やわらかに。
顔まわりの髪を残して、耳上の髪を高い位置で結ぶ、ハーフアッブ。
毛先を逆立てボリュームをだし、バランスを見ながらさらに髪を巻く。
前髪を斜めに流して、
「かんっぺき」
ここなは鏡をみて微笑んだ。
子どもみたいに人参を避けていたのとは違う、完全武装した女がそこには居た。
「……女ってこわー」
一部始終を見ていた京介が小さく呟く。
「騙されたら駄目よ? 女の人は化粧でいくらでも他人になれるのだから」
ここなが笑う。
「肝に銘じておきます」
胸に手を当てて、ちょっとおどけて言うと、
「その必要はないわ」
遮られる。
「だってキョースケは私と心中するんだもんね」
「だからしないってば」
くすくすと、ここなは楽しそうに笑う。
しゅっと香水を宙に向けて放ち、その下をくぐる。
「さってと」
鞄を肩にかける。
「ご出勤で?」
「ええ。先に寝てていいからねー」
軽く言い放つと、華奢なヒールを身にまとい、ここなは出て行った。
残されたフルーティな香りに京介は宙を見上げて嘆息する。
「完全に、ペースに飲まれている」
いいのか悪いのか。
「ってか、冷静に考えたらこれってヒモだよな」
誰もいない部屋に言葉が響く。
深くかかわって、傷つくのはきっと自分だけではすまない。
いつまでもここにいるわけにもいかないし、本当に心中するわけにもいかない。だから、さっさと見切りをつけてしまわなければ。
そう思う。
本当ならば、いますぐにでもここから出て行くべきなのだろう。
それでも、まだ少し、ここでくだらない同居人ごっこをしたいな、と思ってしまった。
明日の朝ご飯は、何にしよう。