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中曽根心中の心中  作者: 小高まあな
第九章 中曽根心中の心中
32/32

9−1

「ありがとうございましたー」

 帰って行く客を見送り、ドアを閉める。

「ここなちゃん、お疲れさま。お昼どうぞ」

 ブティックの店主が微笑む。

「はい、ありがとうございます」

 ここなも笑い返すと、レジ脇に置いてある鞄を手に取った。

「ここなちゃんが来てから、お客様増えてよかったわー」

「そんな、私はなんにも」

「んー、とりあえず、店を片付けてくれたのは、ありがたい」

「ああ」

 言われた言葉に、少し苦笑した。

 所狭しとただ並べていた洋服類を、種類別、ジャンル別に分けて、見やすくした事は確かだ。

「でも、楽しいですから。私、今とっても幸せなんです」

 ここなは明るく笑った。

 その言葉に嘘はなかった。ここで働きはじめて三カ月。毎日が新鮮で、忙しくて、楽しい。

「じゃあ、お昼休憩いただきますね」

 ここなは軽い足取りで、店の外に出る。

 店主は、その後ろ姿を見て、少し悲しそうに微笑んだ。

「京介くんは、いつ帰ってくるのかしらねー」


「こんにちはー」

「ああ、ここなさん、いらっしゃい」

 喫茶店のマスターが、微笑んで迎えてくれる。

「ランチセットで」

「はい」

 ほぼ毎日のように繰り広げられる会話。

 ここなはいつもと同じカウンターのはじの席に座る。

「マスター、お勘定」

 ここなの他に居た客が帰って行く。

 鞄からケータイを取り出し、メールを受信する。新着メールは、案の定ゼロだった。

 小さくため息。

「京介くんからは連絡ありませんか?」

「ええ」

 マスターが少し悲しそうな顔をしていた。

「ケータイぐらい、持たせればよかったんですけど。私ってば、迂闊」

 おどけて笑う。

「でも、手紙ぐらい書いてきてくれてもいいですよね」

「……そうですね」

 連絡先はまとめて渡したのだ。

 手紙なら書けるし、電話だってメールだって、公衆電話やネットカフェで出来ないことはないのに。

「まったく、今頃どこにいるんですかねー」

 マスターの言葉に曖昧に微笑む。

「でもまあ、便りがないのは無事な知らせっていいますから」

「そうですね。はやく帰ってくるといいですね」

「はい」

 笑顔で頷いた。


 でも、ここなは知っている。

 ランチセットのスープを飲みながら、なにげないように微笑みながら、思う。

 彼は帰って来ない。

 ここなを死なせないために、生かすために帰って来ない。

 優しい彼は、ここなのお願いを叶えたいという気持ちと、ここなに生きていて欲しいという気持ちを抱えている。

 京介が傍に居る限り、ここなは心中を希望し続けることをわかっている。

 京介はあの時、別れの挨拶をした時、ずっと笑っていた。微笑んでいた。

 あの笑い方を知っている。

 あの笑い方は、ずっとここながしてきたものだ。本音を隠すために、他人に胸のうちを読まれないようにする笑顔。

 防御のための顔。

 彼の本心は、別のところにある。

 好きだと言ってくれたのも、帰って来たら心中しようという約束も、きっと本物だ。だけど心中には条件がついている。帰って来たら。

 帰ってくるよね、という言葉にだけ、彼は明確な返事をしなかった。頷いただけだ。

 神野京介は、きっと帰ってこない。帰って来なければ、心中をすることもないから。


 バカなキョースケ、と思う。

 待っているとは言ったけれども、いつまでも待っているとは言っていない。

 そもそも、人の気持ちはうつろうものだ。ここなはそれが怖いから、心中しようとしていたのに。

 ここなが心変わりして、もっと他に良い人がいたら死んでしまっても、京介に責められる謂れはない。

 もっとも、京介よりも良い人がいるかどうか、わからないけれども。


 それでも、ここなは待っている。神野京介が帰ってくるのを。

 人を信じるのは苦手だ。気持ちは揺らぐ。変わってしまう。

 それでも、彼が帰ってくるのを信じている。

 でも、もしも。もしも、彼が帰ってきてくれれば、人の気持ちが揺らがないということを、永遠の愛というものを、信じてもいいかもしれない、と思っている。

 もしも、彼が帰ってきてくれたならば、このまま二人で一緒に暮らしてもいいと思っている。

 優しいマスターやブティックの店主達に囲まれて、幸せに暮らす未来、というものがあるかもしれない、と思っている。


 手元に置いたケータイをひっくり返す。電池蓋に貼った、プリクラ。

 笑顔のここなと、少し強張った顔をしている京介。そしてその間に何故かいる、大仏。

 それを見て、そっと笑う。


 でも、だから、いつか。いつの日か、

「死ぬために私の元に帰ってきてね」

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