表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
中曽根心中の心中  作者: 小高まあな
第二章 家政夫代わりに
3/32

2−1

 結局、と手早く卵を混ぜながら京介は思う。

 溶いた卵を、バターを溶かしたフライパンに流し込む。

 結局、ここなの家に泊まって、翌朝律儀にご飯なんて作っているあたり、夜中にこっそり出て行ったりしなかったあたり、多かれ少なかれ彼女に好意があるのだろう、と思う。

 まあ、確かに好みの顔なのだけれども。どストライクというか。

 でも、好意というか、

「ほっとけないしなー」

 どこまで本気で言っているのかがわからないところが怖い。

 いずれにしても、心中を夢見て生きているなんて人間、一人で放置するのも気が引ける。死ぬために生きるなんて。

「俺って本当、お人好し」

 小さい声で愚痴ると、出来上がったスクランブルエッグをお皿に載せた。

 本当は、レタスかなにかを添えたがったが、野菜室にあったのはしわの寄ったトマトだけだった。

 お人好しというか、ただのバカだ。わざわざ深くかかわったって碌なことないのはわかっているのに。

 冷凍庫でかろうじて冷凍保存されていた食パンをトーストし、三角形に切ると、スクランブルエッグの傍に添える。

 出来上がった朝食をテーブルにセッティングした。

 1LDKの部屋、ここなの寝室をノックする。

「中曽根さーん、朝ご飯できましたけどー?」

 返事はない。

「中曽根さん?」

 もう一度。

 ばたんっ、と中で大きめの音がした。ドアから数歩離れる。

「ここな」

 ドアを開けながら、ここなが言った。

「ここなって呼んで、って言ったでしょ?」

 昨夜のように可愛い子ぶるわけでもなく、淡々と言う。

 乱れた髪が顔にかかっている。怖い。

「すみませ、ん……」

 思わず謝る。

「朝?」

「ええっと、朝です」

「何時?」

「七時……」

「はやくねっ!?」

 それまで重たそうに細められていた目が、突然くわっと開いた。びくっと、京介は身を引く。

「七時ってあなた、私昨日寝たの四時なんだけど」

「ええ、まあ、知ってますけど……」

 何故か、敬語になる。

「なくね? それでなんで七時に起こすの?」

「お仕事とか……」

 あるんじゃないかなーとごにょごにょと語尾を濁す。

「仕事? あなた、私が九時五時の仕事についていると思っているの?」

 鼻で笑われた。

 正直、夜中の三時に明るい茶髪の巻き髪、まつげばっさりどっさり、フリフリのミニスカで歩いている女性が、堅気の職業だとは思っていなかった。

「いや、それは……」

 だからといって、素直にそれを言うのも躊躇われ、京介が言葉を濁していると、

「キャバ嬢なんですけど」

 屈託なく、ここなが答えた。

「わかる? キャバクラ」

「……ですよねー」

「ですよねーって何」

 大きなあくびを一つして、右手で顔にかかった髪をかきあげる。隠れていた顔が現れる。

 昨夜のように、ぱっちり二重に、ばしばしまつげではない、すっぴんの顔。

 化粧ばっちりの顔も、自分の顔の特性をよくわかっていて可愛かった。自分の顔の利点を強調するような顔。

 でも、こっちの顔の方が可愛いのにな、とりあえずより好みなんだけどな、とどうでもいいことを京介は思った。

「それで、朝ご飯?」

「ええっと、はい」

 もう一度大きくあくびして、ここなはダイニングテーブルにつく。

「あ、スクランブルエッグにトマト入ってる」

「あー、トマトお嫌いで?」

 どうしても下手に出てしまう。

 考えてみたら、家主の嫌いなものが冷蔵庫に入っているわけないのだけれども。

「ううん、珍しいなって思っただけ」

 いただきます、と両手を合わせてここなはフォークを握った。

「食べるは食べるんだ……」

「人の作ったご飯とか、十年ぶりぐらいだし。お店以外では」

 京介の小さなぼやきに、ここなは澄まし顔で答えた。

 寝起き自体は悪いわけではないようで、もう先ほどのような眠そうな顔はしていなかった。はきはきとしゃべる。

「む……」

 フォークを口にくわえたまま、ここなの動きが止まる。

「あ、あれ? 美味しくない?」

 思わずおどおどと尋ねると、

「スクランブルエッグって、こういうのだったっけ? なんかもっとこう、味気ないものだった気がするんだけど」

 上目遣いで京介を見る。

「ふわふわで美味しい」

 そのまま微笑んだ。

「あー、よかった」

 それに安堵する。タイミング良く沸いたお湯で、紅茶をいれる。

「ってか、勝手に台所使ってすみません」

 それをここなの前に置き、自分もここなの正面に座った。

「ううんー。寧ろよく材料あったねー」

「うん、寄せ集め」

 米もないのかよ、この家、と思ったのは内緒だ。

 というか、消費期限ぎりぎりの卵と、トマトと、食パンと、お漬け物しかなかった。お漬け物は何故か、種類豊富だったけれども。

「キョースケ、お料理上手なんだねー」

 すっかり昨夜のきゃぴきゃぴしたトーンに戻ったここなが、小首を傾げながら言う。

「以前、料理人の見習いっぽいことしてたんで。あのときは、本当にそっちの道を究める予定だったんだけんだなぁ」

 後半は小さい声でぼやきながら、いただききますと自分の分に手をつける。

「ふーん。なんでやめちゃったの?」

 京介は少しためらってから、

「料理長の奥さんに惚れられて、ごたごたしたんで」

 出来るだけ淡々と答える。

「んー、そりゃぁ、大変だー。キョースケかっこいいもんねー。優しいしねー、モテちゃうかもねー」

 さも当たり前のようにかっこいいとか言われて、京介は紅茶を吹きそうになった。

「でも、それキョースケ悪くなくない?」

 そんな京介に気づくことなく、ここなは言う。

「たぶらかした、思わせぶりな態度をとった俺が悪いんだって」

 さっきのは営業トーク的なもの? 内心で首を捻りながら答える。

「ちょっと人間関係のごたごたに疲れちゃって。人付き合いは好きだけど。あの店、住み込みだったから住むところもなくなっちゃって。それでまあ、気づいたらあんなとこにいたんだけど」

「大変だったね。あ、でも実家に帰るとかはないの? 私としてはなくていいんだけれども」

「さり気に酷いこと言うね。いや、……俺、割と早い時期に両親亡くしてるから。それなりに俗っぽく言うと、天涯孤独の身の上ってやつ?」

 少し躊躇いつつ、口にした言葉に、

「あら、一緒ね」

 ここなは当たり前のように微笑んだ。

「……あれだね、幼少期に親の、いやまあ親じゃなくてもいいけど。誰かの愛をちゃんと受け取らないと、人格破綻した人間ができあがるんだよね。俺もだけど」

 心中したい、なんていうとか。

「そうね、キョースケもちょっと変わってるわよね?」

「改めて言われるとむかつく」

「嘘よ。キョースケ優しいもの」

 ここながフォークを置く。

 そして、

「だから、心中しましょ」

 微笑む。

「しねーよ」

 間髪入れずにつっこんだ。油断をするとすぐこれだ。

「むー」

 口でむくれたような声をだし、頬を膨らませる。

「だから、これは俺からの提案」

 それを無視して、一晩考えたことを告げる。

「ん?」

「ここには置いてもらおう。正直、本当に行く当てないし。仕事もないし」

「うん、全然いていいよー。寝るとこソファーしかないけどー。まあ、一緒に寝ても良いけどー」

「それは遠慮しとく」

「いくじなしー」

「なんだ、その野次」

 呆れて笑う。少し、このやりとりが楽しくなっている自分がいる。

「ただ、心中して欲しいという中曽根さんの要望には答えられない」

「中曽根さんじゃなくて、こ・こ・な」

 一音ずつ区切って、ここなが訂正する。

「ここな、って呼んでって、言ったでしょう?」

「……とにかく、心中という要望には答えられない。だから、家政夫代わりに置いて欲しい。とりあえず、なんか仕事決まるまで」

「仕事探すって、ヤバい仕事はしないでねー。ヤクの売人とか?」

「しねーよ」

 心中はよくて、ヤバい仕事は駄目なのか。ここなの基準はよくわからない。

「とにかく、三食作るし、掃除洗濯もする。料理の腕にはそれなりに自信があるし」

「うん、うちの何もない冷蔵庫でこれだけ美味しいもの作れるなら、もっといいものつくれるよねー? それは楽しみー」

 お味噌汁とか、肉じゃがとか、ラザニアとか食べたいなーあとデザートもー、と子どもみたいに思いつくまま、ここなが言う。

「作る作る。だから、それで手を打ってもらえないか?」

 ここなは、しばらく考えるように宙を見て、

「ま、とりあえずそれでいいかなー。心中については、今後考えてもらってー。まず、恋をしないとだし」

 心中を譲る気はないらしい。

「……まあ、うん、譲歩してもらえるなら今はそれでいいや」

 京介も頷く。

「わー、じゃあこれから店屋物じゃなくて、作り立ての美味しいもの食べられるんだー。でも、もうこの時間に起こすのやめてねー。私いま、超眠いー今すぐ寝れるー」

「寝られる、な」

 ここなの大あくびに呆れながら訂正する。

「キョースケ、顔はいいのにモテないでしょ? そうやっていちいち、ら抜き言葉とか訂正する人は面倒だなー」

 微笑んだまま、ここなが言うから、少し胸を抉られる。

「まあ、モテるわけではないけども……」

 ごにょごにょと呟くと、

「でも、私、そういう真面目な部分がある人も好きだなー」

 トーストにかじりつきながら、ここなは言った。

「それは……、どうも」

 どう返事すればいいか悩み、軽く流す。

「あ、軽く受け流したー」

「流すだろ……」

「まあ、でもモテなくてもキョースケは私と恋仲になる予定だから別にいっかー。寧ろモテちゃったら大変だもんね」

「……勝手に決めるなよ」

 京介の言葉に笑みを返し、ごちそうさま、とここなは両手を合わせた。

「えっとね」

 ソファーの上に放り出してあった鞄を掴むと、中から財布を出す。財布を開き、しばし中を睨んだあと、

「うーんっと、いいや、これごと預ける」

「ちょ」

 無造作に渡された、ピンク色の財布に京介は慌てる。

「仮にも一応、ほぼ初対面の人間に財布丸ごと預けるなよ」

「いいのよ、これから心中する仲だし」

「しないし」

「誰かを家にあげた段階でそれぐらいは覚悟しているし、そのお財布もって逃げちゃうような人は、わざわざ早く起きてご飯作ってくれないもん。寝た時間一緒なのに」

 ね、と笑う。

「……まあ、逃げないけど」

「それに、私クレカ嫌いだから持ってないし、キャッシュカードも別のところにあるから、それぐらい持ち逃げされても困らないしー」

 あ、でもお財布気に入ってるからなー、逃げる際には中身だけ出してくれると嬉しいかなー、と真剣にずれたことを呟いた。

「うーん、まあ、とりあえず、預かる」

「うん。それでー、適当に必要なもの買ってくださーい。私ねー、カレー食べたい気がするー」

「思いつくままだな」

 呆れたように京介は笑う。その顔をみて、ここなも満足そうに笑った

「生活費的なことは、またゆっくり考えましょ? とりあえず、私」

 そこでまた一つ、大あくび。

「もう一回寝る。無理……」

 瞳がまた、とろんっとする。

「あー、はい。起こしてごめん」

「ううん。ごちそうさまでしたー」

 もう一度両手を合わせ、深々と礼をする。

「美味しかったー。お昼も期待ー。でも出来ればお昼は一時ぐらいにしてくださーい。寝まーす」

 早口で言うと、そそくさと部屋に戻った。ぱたんと、ドアが閉められる。

 その後ろ姿を呆れたように見つめ、京介は少しだけ口元がゆるむのを感じた。

 子どもみたいだからか、何故か憎めない。

「カレーか。まあ、冷凍しとけばいいし、大量に作って。ドリアとかにしてもいいし」

 呟きながら、立ち上がる。

 まずは、食器を片付けて。あ、でも、その前に洗濯物を洗濯機にいれてからの方がいいかな。

 洗面所に向かう。真新しい乾燥機能付きの洗濯機。洗剤は一応揃っていた。

 ただ、乾燥機の中には以前洗濯した服がそのまま入っていた。だらしないなーと思いながら開けて、

「あ」

 すぐ閉めた。

 洗濯物には下着という割と強敵がいることを思い出した。

 ここなのあの感じからは、気にしなさそうだけど、今日は保留にしておこう。

 さくっと決意すると、洗濯はとりやめる。

 とりあえず、自分の服だけをたらいを使って手洗いした。

 今着ているジャージは、ここなが部屋の奥から出して来たものだ。完全に男物だし、なにより、小柄なここなには合わないサイズ。

 この服の持ち主はどうしたのだろう? ここなとはどういう関係だったんだろう? 今は、どうしているんだろう?

 余計なことを考えそうになって、あわてて洗濯をする手に力をこめた。

 余計なことに首を突っ込んではいけない。ただ、家政夫として仕事に従事しよう。

 余計なことをしたら、誰もが無事では終われない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ