8−3
心細そうなここなを宥めて、京介は家を出た。
あの状態のここなを置いて行くことに、心配がなかったわけではない。
けれども、眠る前よりは落ち着いているようだったし、何よりも行動するならば早い方がいい。
地下道は避けて歩く。
せっかく出会った場所なのに、穢された。そう感じた。
足早に歩き、目的地に着く。
「いらっしゃいませ」
笑う男に、
「店長か誰か、責任者呼んでもらえますか?」
早口に告げる。
「……失礼ですが?」
京介は男を正面から睨みつけた。
「ここで働いていた中曽根ここなの、恋人です」
言い切った。
見るつもりもないテレビから、明るい音がする。
「はやく帰ってこないかな」
もう、何回目になるかわからない言葉を呟いた。
左手首をそっと撫でる。
好きだ、と言われた。自分の醜態を思いだして恥ずかしくなるものの、同時に京介の言葉を思いだす。
嬉しい。
出来れば落ち着いて、もう一度聞きたい。
甘えている、と思う。
図々しいとも、思う。
自分は何もしていないのに、ただ京介から与えられているのを待っている。卑怯だとも思う。
それでも、はやく帰ってきて欲しい。
ソファーに倒れこむ。
彼の匂いがして泣きそうになる。
話したいことがたくさんある。謝らなければならないこともたくさんある。
時計を見る。
まだ三十分しか経っていない。
寝室からもってきた熊のぬいぐるみを抱えると、小さくため息をついた。
かちゃり、と鍵が開く音に、ここなは飛び起きた。
いつの間にか、少し眠っていたらしい。
「ただいまー」
彼の声。
「お帰りなさい」
駆け寄って、抱きつく。
「わ」
京介は少し驚いたような声を出したけれども、
「ただいま、ココ」
すぐに優しく笑った。
優しい。
今日の京介は、優しい。
「バイト、休みもらったからさ」
「うん?」
「明日、出かけない? 一緒に行って欲しいところがあるんだ」
「うん」
一も二もなく頷いた。
京介が安堵したように笑う。
彼が望むことならば、なんだってする。そういう気持ちだった。




