7−2
気がついたら眠っていたらしい。
ここなは目をこすりながら、体を起こした。
枕元の時計は、正午を指していた。
いつもならば九時には一度、京介に起こされるのに。朝食が片付かないし、朝日を浴びた方がいいって。でも今日は、その母親みたいな声は聞こえなかった。
不安にかられて、ベッドから飛び降りると、部屋のドアを開け放つ。
ダイニングには誰もいない。
「キョースケ」
小さく名前を呼んでみる。
出て行っていいとはいったものの、いなくなられると辛い、悲しい、寂しい、苦しい。置いて行かないで、一人にしないで。心中してくれなくてもいいから。もう我が侭は言わないから。だから、せめてそばにいて。でも、それもきっと、我が侭なのだ。
感情が渦になって、脳内を駆け巡る。泣きそうになる。
一つ、ゆっくり深呼吸する。
落ち着いてみたら、昨日と同じように、ダイニングテーブルの上にメモが置いてあった。
慌ててそちらに向かう。
「ココへ。バイトに行きます。朝ご飯と昼ご飯は用意してあるから。起きた時間によって、好きなように食べて」
メモの横には、オムライスが置いてあった。
「お昼」
とだけかかれたメモが、その上に置いてある。
オムライスの隣には野菜炒め。こちらには、
「+ご飯とみそ汁」
と書かれていた。朝ご飯なのだろう。
泣きそうになる。
あんなに色々自分は勝手気ままなことを言ったのに、出て行っていいとまで言ったのに、彼は普通に食事を用意してくれていた。
それがどういう気持ちでなのかは、わからないけれども。
「……同情だったりして」
小さく呟く。
一人の部屋では、思った以上にその言葉が響いた。自分で放った言葉が、胸を穿つ。
同情でいいと思っていた。同情から始まる恋もあるし、なんて言った。
それでも、もしも京介のこれらの行動すべてが、同情に起因するものだとしたら、出て行かれるのと同じぐらい悲しい。
「好きだから」
最初は、お人好しそうだし、突き放した言い方が好みだった。それだけの理由で家に招いた。万が一、心中してくれたら儲け物だと思った。
今は本当に、本気で恋している。
優しいところも、ちょっと唐変木なところも、料理が上手なところも、顔も、声も、体つきも、全部。
京介は本当のところ、自分のことをどう思っているのだろう。迷惑なやつだ、と思っているんだろうか。
考えれば考える程、泣きそうになる。
メモをそっとテーブルに戻す。
その際、なにか違うものが見えた。表の文字以外の何か。
首を傾げて、メモを裏返す。
そこには、やっぱり神経質そうな字で、
「プレゼント、ありがとう。すっごく嬉しい」
と書かれていた。
それから、なんか変な四角いもの。真ん中より少し上に横に線が引いてあって、その下には、ぐにゃぐにゃした何かが書かれている。
これは、多分……、
「え、これ、ジッポ?」
思わずつっこんでしまった。
「キョースケ、絵、下手。なんでこんなのも描けないのよ」
思わず口元がゆるむ。笑みがこぼれる。
ああ、どうしよう、やっぱり好きだ。
涙がこぼれる、どうしよう。
涙を拭って、席に着く。
とりあえず、このオムライスを食べて、そしたら、キョースケに会いに行こう。
彼がバイトしている喫茶店に行こう。
どうしても、今、顔が見たい。
オムライスを口にする。チキンライスに、とろとろ卵。
美味しいな、と思った。
でも、少ししょっぱい、かもしれない。
クローゼットをしばらく見つめて、紺色の膝丈スカートと白いブラウスを手に取った。京介が一番褒めてくれた服。
いつもより控えめな化粧。つけまつげはつけないで、マスカラだけ。できるだけ、ナチュラルメイクを心がける。
京介は、これぐらいの化粧の方が好きなのだろう。自分の化粧する時の対応を見ていれば、なんとなくわかる。
いつもより薄い化粧は、心もとない印象を受ける。少ない武装で戦場にでるようなものだ。
だけど鏡をみて、出来るだけ笑ってみせる。
大丈夫。好きな人に会いに行く女の子は無敵だから。




