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中曽根心中の心中  作者: 小高まあな
第六章 残酷な現実
19/32

6−2

 どうしても、仕事中も上の空になってしまう。

 京介は、帰ってきてくれただろうか。

「ここなちゃん?」

「あ、ごめんなさい、久慈さん」

 慌てて微笑み、空になったグラスを受け取る。

 京介は、帰ってきてくれただろうか。

 仕事が終わって、足早に帰る準備をする。

「お先に」

「あれー」

 帰ろうとしたここなを、店の女の子の声が遮った。

「あたしの財布がなぁーい」

「えー」

「あ、あたしのも!」

「うそ?」

 一気に広がって行く声に、何が起きているのかわからなかった。

 ただ黙って、ここなは周りの子達の騒ぎを見つめる。

 やがてゆっくりと、一人、二人、三人と、視線がここなに向けられる。ついには全員の。

「ちょっと、待って」

 声が震える。

 周りの視線が痛い。その視線が意味することは。

「なんで、私が」

「盗まれてないの、あなただけじゃない?」

「じゃあ、あなたが犯人だ」

「ねえ、そうじゃない? し・ん・じゅ・うちゃん?」

 にっこりと赤い唇をあげる。

 その呼び名に、かっと頭が熱くなる。

「何を、言って」

 言い返すよりも早く、肩にかけた鞄をひっぱられた。

「ちょっ」

 身をよじる。

 目の前の女がにやりと笑う。この前、嫌いと言ったあの女。

 抵抗も空しく、鞄が宙を舞う。

 中身がひっくり返る。

 ばらばらと出てきたのは、見たこともない財布の数々だった。

「な、んで」

 小さく唇だけで呟く。

 傍観していた女の子達が、各々の財布を慌てて取り上げ、非難するようにここなをみる。

「盗人」

「違っ」

「さいてー」

「なんで、私がっ」

「言い逃れするの? 証拠も出てきたのに」

「私じゃ、」

「じゃあ、誰かがいれたとでもいうの?」

「被害者ごっこ?」

「し・ん・じゅ・うちゃん?」

 目の前の女が笑う。

 悪意だけで。

「そんな風に、呼ばないで」

「何言ってるの? いつもあなた自分で言ってるじゃない。名前ネタにして、同情誘っているじゃない。ねぇ、そういうの楽しい?」

「そんなにその名前が好きなら、さっさと死んじゃえば?」

 主犯は三人、とこんな状況でもどこか冷静にここなは思った。目の前のこの三人が犯人で、あとはただの巻き込まれただけの人だ。

 つまり、それは、他の全員はここなが財布を盗んだ犯人だと思っていて、それを疑ってもいないということだ。

 誰も助け船をださない。

 それどころか、悪意で見てくる。

「あら、何これ?」

 こつっと赤い靴がジッポを蹴った。今日買ったばかりの、京介とお揃いの、ここなの分。

 身をかがめ、拾い上げる。

「あら、これ、ペアじゃない?」

「返してっ!」

 思わず大きな声がでた。

 楽しそうに女が笑う。

「へー、本命から?」

 せせら笑う。

「返して」

「返してください、でしょう?」

「盗人猛々しい」

 笑う。笑う。笑う。

 周りの視線が痛い。

「……返してください」

 小さい声で言うと、女は楽しそうに高笑いした。

「いいわよ、はい、どうぞ」

 言って女はそれを高いところから、これみよがしに落とした。

 慌ててそれを拾おうと身をかがめ、

「あら、よろけちゃった」

 とヒールで踏まれた。

「っ」

 息を飲む。

 少し、蓋がひしゃげたそれを慌てて拾い上げる。泣きそうになるのを、耐えた。

 こんなところで泣けない。

 消えたはずの自尊心が、どこからか欠片だけでも現れた。ここでは泣けない。泣いてはいけない。

 そのまま、散らかった自分の荷物を鞄にかき集める。

「まあ、財布さえ戻ってくれば別にいいんだけど」

「警察沙汰になんかはしないし」

「店長には言っとくから、もう店来ないでねぇ。し・ん・じゅ・うちゃん?」

 くすくすと、笑う。

 顔をあげられない。

「何の騒ぎ?」

 顔を出した店長に、びくっと背筋が強張る。

「……ここな?」

「ご迷惑かけて、申し訳ありませんでした」

 何か言われるよりも早く、そういって頭を下げた。

 誤解を解くなんて、無理だと思った。ここなの味方なんていない。そんなもの、いたことがない。

「あ、ちょっと」

 引き止める声を無視して、そのまま走って家に向かった。

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