6−1
んー、と小さくうなる。
目の前に並べられたジッポの数々に、正直ここなは圧倒されていた。
久慈から場所を聞いた店で、ジッポを選ぶ。こっそりプレゼントして京介を驚かせたい、と思って。
吸ってもいい、と言ってからも京介は換気扇の下で煙草を吸うという、徹底ぶりだ。別に構わないのに。それに、いつも安い百円ライターを使っているし。
本当に色々お世話になっているのだから、これぐらい。
しかし、
「弱った」
思ったよりもたくさんの種類があって、どれにしたらいいのかがわからない。
ドラゴンや骸骨はなんかゴツいし、かといってイルカは可愛過ぎるし、シンプルなのもセンスが問われるし。
あ、蛙とかある。全体的に緑で、上の部分に出っ張った目がついている。これでもいいかな。なんか意味わかんないけど、変わっていて。
と、ここなが血迷いかけたころ、
「おねーさん、いいのあった?」
店員に声をかけられた。
首を横に振る。
「おねーさんの?」
「プレゼント」
「カレシ?」
ここなはしばらく迷って、
「そんな感じ」
笑って答えた。
厳密に二人を表す言葉を、ここなは持っていない。
「ふーん、どんなのがお好み?」
「全然わからなくて」
そっかー、たとえばーと、店員が系統の違うものを何種類か並べる。
「んー」
それをゆっくりと見る。
イマイチぴんとこないなーと思っていると、視線がある一点で止まった。
「あ、これ? ペアなの」
ここなの視線を追って、店員が答える。
「へー」
二つ一組になっているようで、くっつけて置いてある。
単体で見るとなにか鳥がいるだけ。
「それ、フェニックスね。不死鳥」
店員が絶妙のタイミングで言う。
だけれども、二つをくっつけると不死鳥がハートのような形を描く。
「……これにしようかな」
お揃いのものが何か一つあると、嬉しいし。
それに、心中相手に不死鳥のジッポを贈るなんて、ナンセンスで素敵だ、と思う。
永遠に続くことがあればいいのに。
「これにします?」
「お願いします。こっちだけプレゼント包装してもらって」
「はいはーい」
はやく家に帰って渡したい、そう思うと、胸が弾んだ。
「ただいまー」
部屋に戻ったここなを迎えたのは、静寂だった。
「あれ、キョースケ?」
のんきそうな声を出しながらも、胸が騒ぐ。
慌てて靴を脱ぎ、家にあがる。
いなくなっていたら、どうしよう。
「キョースケ!」
名前を呼ぶ。
返事はない。
泣きそうになるのを堪える。
いつもは家にいて笑って迎えてくれるのに、どうしていないの?
ふっと、ダイニングテーブルに視線を移すと、メモが一枚置かれていた。
心臓が跳ねる。
別れの挨拶だったら。
「やっ」
思わず口からもれた悲鳴に、慌てて口を抑える。
ゆっくりと手を伸ばし、メモに触れた段階で一度手をひっこめ、また手を伸ばし、それを持ち上げた。
おそるおそる、文面を読む。
「ココへ」
初めて見る、少し神経質そうな文字が並んでいた。
「商店街の人達のご飯食べに行く事になりました。急でごめん。 京介」
それを読み終わり、ここなは一つ、安堵の吐息をついた。
なんだ、出て行ったんじゃないのか。
それでもまだ、このまま帰って来ないんじゃないか、という不安もよぎる。
「キョースケ」
小さい声で名前を呼ぶ。
ジッポなんかよりもはやくケータイを買うべきだったな、と少し後悔した。そしたらまだ、安心出来た。繋がっていられるから。
これ、渡したかったのにな。
手の中の小箱を見る。
少し悩んで、それをテーブルの上に置いた。京介のメモを裏返し、ペンを握る。「キョースケにプレゼント」とだけ書いて、テーブルの上に並べておいた。
少ししたら仕事にいかなければ。
久しぶりの一人の部屋は、少し寒々しい。