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中曽根心中の心中  作者: 小高まあな
第五章 問題視と楽観視
15/32

5−3

「まあ、確かに、電話があった方がいいですね」

 京介のバイト先、喫茶店のマスターはのんびりと言った。

「バイトの連絡とかもありますしね、そっちの方が助かりますね」

「あー、すみません」

 テーブルを拭きながら答える。

「というか、本当、すみません。ありがとうございます。俺みたいななんていうかこう、得体の知れない奴を雇って頂いて」

 言うとマスターは楽しそうに笑い、

「京介くんは昔のわたしにどこか似ていますから。やんちゃで」

 穏やかに微笑むマスターが、若いころはやんちゃで色々と無茶をした、という話は本人から何度も聞いているが、イマイチ信じられない。

「料理も上手だから助かっていますしね。それに」

 珈琲をカウンターにおき、微笑んだ。

「君の人柄を信頼していますから」

 そういって椅子を勧める。

 その言葉に少しのくすぐったさを覚える。テーブルを拭き終わった京介は、休憩がてら素直に椅子に座る。

「俺、電話って苦手なんですよねー、相手の顔が見えないし」

 いつものように、豊潤な香りのする珈琲を味わう。

「京介くんは若いのに、少し機械類が苦手ですよね」

 マスターがどこか憐れむような口調で言った。

「……マスター、得意ですもんね。パソコンも」

「ええ」

 楽しそうにマスターは笑う。

 曾孫までいるというこの老人は、それでもスマートフォンを使いこなしていた。

「連れを亡くして、ふさぎ込んでいる時に、孫がくれたんですよ。ボケ防止に」

「お孫さん、優しいですね」

 京介は微笑んだ。

 からころと、鈴の音がしてドアが開く。

「あ、いらっしゃいませ」

 慌てて京介は椅子から立ち上がり、

「なんだ」

 入ってきた人物達を見て、ため息をついた。

「あらやだ、何だってなによ、京介くん」

「せっかくのお客さまにその態度はないんじゃないの」

「そうよそうよ」

 入ってきたのは店の常連。商店街の奥様達だった。週に一度、木曜日のお昼すぎに彼女達はここに集まっている。週に一度の息抜き、ということらしい。

「ご注文は?」

「いつもの」

 代表して八百屋のおばちゃんが言った。

「はい、かしこまりました」

 それでもきちんと注文を取る。

 彼女達はいつも一番安いブレンドコーヒーだ。

「京介くん、カノジョお元気??」

「ええ、まあ」

 カノジョではないけれども、女性と一緒に住んでいるとまで言っている以上、否定できなかった。恋人ではない女性と一緒に住んでいるなんて言ったら、どういうことだとか責任をとれだとか、余計、面倒なことになりそうで。

 それに、

「あらやだ、京介くんカノジョ居たの? うちの娘どうかと思ってたのに」

「あらー、あんたの家の娘なんて京介くんだって困るわよね」

「なんでよ」

「だってもう、三十五でしょう?」

「……そうなのよねー」

 こういう、無意味なお見合い的なものも避けられるし。

 ぺちゃくちゃとした会話をバックに、珈琲をいれるマスターの手元を眺める。

 骨張って古そうな傷を持つ、年齢を感じさせる手は、それでもしっかりと珈琲をいれていく。

 おしゃべりの合間から、マスターの好みのレコードが流れる。

 こういう老後は素敵だな、と京介は少し思っていた。小さくても自分の好きなものを集めた店をやる。自分ならば、小さな料理屋なんてどうだろう。自分に出来るかはわからないけれども。

「はい、お願いします」

「はい」

 人数分のいれたての珈琲をトレイに乗せる。いれたての珈琲のいい香りが鼻腔をくすぐる。

「お待たせしました」

 できたそれをテーブルに運ぶと、

「カノジョ、連れていらっしゃいよ。見てみたいわー」

 と八百屋のおばちゃんがいった。言いながら珈琲を置いた京介の右手をがっしりと掴む。逃げ出せない。

「京介くんの服、その子が選んいでるんでしょう? センスいいわよねー。働いてほしいわー」

 とブティックのおばちゃん。

「え、あ、はい、うん」

 曖昧に返事をしている間に、話はどんどん膨らんで行く。

 結婚式には呼べだの、結婚式のケーキはうちの店で買えだの、着付けはうちの店がやるだの。

「京介くんは、人気者ですねー」

 暢気にマスターが呟いた。

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