5−2
いつもの地下道に通りかかる。灯はいつの間にか、新しいものに変えられていた。今日も壁の女の子が笑顔を浮かべている。
笑っているのに、何故か気味が悪い。嫌いじゃないけど、薄気味悪い。いつもと同じことを思い、通り抜ける。
ふっと、背後に気配を感じた。
少し遠くに、誰かいる。足音がある。
ここなは数歩自然に階段をのぼり、一気に駆け上がった。後ろの足音もそれに合わせて早くなる。
かかかか、と自分の足音が地下道に響くのを感じながら、階段をかけあがり地上にでる。後ろはふりかえらない。
そのまま走って、自分のマンションに逃げ込んだ。
エレベーターの代わりに、横の非常階段を四階までかけあがり、慌てて鍵を開ける。
「おかえりー。どーした、慌てて?」
いつもの調子で京介が出迎えてくれた。
先に寝ていていいと、何度も言っているのに、京介は絶対にここなが帰宅する時間には起きている。たまに、その前に眠っていた気配があるので、わざわざ起きてくれているのだろう。
そこまでしなくていいのに、と思う。そんなに気を使ってくれなくていいのに。
それでも、家に帰ると人がいて「おかえり」と言ってくれるのは、部屋に明かりがついてるいのは、やっぱり安心する。
こんな時は特に。
「うーん、ちょっと」
後ろ手で鍵をかけ、チェーンもかける。
「なんか、やっぱり尾行されてるかなーって」
淡々と呟いた言葉に、
「はあ?」
京介が怪訝な顔をした。
「何それ? ストーカーってこと? マジ? 危ないなー、平気? 相手誰だかわかる? いつから?」
立て続けに並べられた質問に、
「キョースケがくるちょっと前ぐらいからあって、毎日とかじゃなくてたまにだから偶然かなーとは思ってたんだけど。やっぱり偶然じゃないかも」
靴を脱いで部屋にあがると、眉根を寄せた京介がソファーから立ち上がって近づいてきた。
「大丈夫? 平気? やっぱり夜道危ないって。どこで?」
「うーん、なんかいつも地下道で待ち伏せされてる、気がする。週一ぐらいで」
「だから地下道危ないって言っているじゃん」
少し苛立ったような声。
それに思わず、少しだけ笑ってしまう。嬉しくて。
「何笑ってんの?」
「笑ってない。怖かったの」
そう言ってちょっと抱きついてみる。彼は困ったように手を動かして、結局突き放したりはしなかった。
決して、背中に手を回してくれたりもしないけれども。
以前は、最初は、あんなに突き放したものの言い方をしていたのに。心配だとか、危ないとかいいながらも、どこか距離をとっていたのに。
それが今は、心配してくれる。
悲しいぐらいに。
「地下道通らないように」
「んー、わかったー。近道なんだけどなー」
頭の上からふってきた声に、体を離し、唇を尖らせてみせた。
「ココ」
窘めるように名前を呼ばれて、肩をすくめる。
「わかってる」
怖かったのは事実なのだから。心配されるのが痛くて悲しくても、心配されたかったから我が侭を言ってみただけだ。
「ならいいけど」
まだ少し、どこか納得していないような顔をしながらも、京介は頷いた。
「っていうか、俺よく知らないからイメージだけど、送迎とかってあるもんじゃないの? ココとかの店って」
「んー、ないこともないけど、私、家近いからさ。だってほら、歩いて十分だもの」
微笑んで見せるけど、京介の表情は和らがない。険しいままだ。
その表情に気持ちが焦る。お願い笑って。心配はして欲しいけれども、そんなに険しい顔をされるのも不安になる。私のこと、嫌いなんじゃないかって。
「じゃあ、危なくなったら連絡するから迎えにきて」
だから、いいことを思いついた、と両手を打ち合わせる。いつもの明るさで。いつものように少しおどけて。
「連絡って」
「電話するから」
「どこに?」
真顔に問いかける京介に、ここなは少し固まる。
ここなの家には固定電話はない。
「……そういえば、今まで一度も聞いたことないけれども、キョースケ、ケータイは?」
「持ってないよ」
「……なんで今時ケータイも持ってないの?」
「ケータイ持つお金があったら他のことに使うし」
沈黙。
「……まあ、今までこの点に気づかなかった私がバカだわ。今度一緒に買いに行きましょう。安いのでいいわよね?」
「別にいらな……」
「私がピンチの時に助けにきてくれないの?」
真顔で言い切る。
内心では会話の矛先を変えられたことに安堵していた。
「俺、ヒーローじゃないんだけど」
小さく呟きながらも、それでも京介は頷いた。