4−3
たこ焼き、かき氷、焼きそば、林檎飴、それから何故かアニメキャラのお面。
思いつくままに買い、満足そうにここなが歩く。右手にかき氷を持ち、それをたまに食べながら。
その他の荷物を、全部持たされた京介がその後をついて行く。
京介の頭の上で、小さなハットを被った黒髪の女の子がずっと笑顔を浮かべている。この子は一体なんのキャラなのか、と尋ねたら、知らないとあっさり答えられた。でも可愛いでしょ? とここなは悪びれず笑う。
「キョースケ、かき氷いる?」
カップを差し出しながらここなが問う。
「……いや、遠慮しとく」
そんな殆ど食べ終えて、水みたいになった状態で聞かれても。どうせ聞くならもうちょっと早い段階で聞いて欲しかった。どこまでもマイペースだ。
「そー? じゃあ食べちゃうよ」
ここなは最後の方に残った氷を喉に流し込んだ。
「唇、青いけど」
少し笑いながら指摘すると、
「やだ、マジ? これだからブルーハワイは」
ここなは慌てて口元を片手で抑えた。
「あ、ここら辺」
人ごみから少し離れた、公園のベンチにここなは腰掛ける。
遊具のおいてある場所を囲うように、木々が生えている。この辺りには人がいない。
「遠くない? 木もたくさんあるし」
「だからここは穴場なんだよ。でもね」
どーんっとここなの言葉に合わせて、花火が一発あがる。
「あ……」
「ね?」
木々の微妙な隙間で花火が咲いた。
「丁度、ここのベンチに座ると綺麗に見えるの。まあ、一部見えないものもあるんだけど、なかなかでしょう?」
ここなが自慢げに笑うから、京介は頷いた。
「はい、キョースケも座って。それからたこ焼き!」
「はいはい」
ここなの隣に座り、たこ焼きのパックをあける。
「あーん」
迷いなく、ここなが口をあけた。
また花火が一つ咲く。
花火のあかりに照らされたここなの顔をしばらく見つめ、
「熱いよ?」
たこ焼きを一つ、彼女の口に差し出した。飲み込まれる。
「はふ」
「……だから熱いって言ったのに」
はふはふ言いながら、少し涙目になりつつたこ焼きを咀嚼するここなを呆れて笑いながら、自身も一つ。
また花火があがった。
「……驚いたわ」
たこ焼きの熱さから解放されると、ここなは、涙の浮かんだ目元をそっと抑えながら呟いた。
「てっきり、バカじゃないの? とか言われて終わるかと思った」
「こういう時ぐらいは趣向を変えてもいいんじゃないかと思って」
誰も見てないし、と小さく続けた。
「ふーん」
また花火があがる。
「綺麗だねー」
「そうねー」
舞い上がり、はらはらと落ちる火の粉を見つめる。
ふっとここなは横の京介に視線を移し、
「やだ、キョースケ、いつまでそれつけてるの?」
頭のお面を指差して、声にだして笑う。
「え、あ」
慌てて京介はそれを外した。すっかり忘れていた。
ここなはそれを奪い取り、自分に付けてみる。
楽しそうな逆三角形の口をした少女に、ここなはなる。
「似合ってる似合ってる」
適当に言ってみると、
「絶対、嘘だ」
少し笑ってここながそれを外した。
また花火があがる。
「私ねー、花火大会とかお祭りとか小さい頃来たことなかったの。母、夜は仕事だったし。だから、このお面って憧れてたんだよねー」
お面の目の穴に指をつっこむ、幼稚極まりないことをしながら呟く。
「前、人と来たときは、恥ずかしくてこれが欲しいなんて言えなかった。だから、今日、買えて良かった。ありがとう」
言って、柔らかく微笑む。
いつもと少し質の違う微笑に、京介は少し照れくさいものを感じる。
「俺なら恥ずかしくないわけ?」
それをごまかすように尋ねると、
「だって、キョースケは基本的にバカにしたりしないじゃない、人のこと」
何故それを聞くのかわからない、とでも言いたげな口調でここなが言った。
上がった花火に視線を移す。
「……散々、心中バカにした気がするけど?」
「それはまた話が別でしょう?」
呆れたようにここなが笑った。
「心中しましょう? って言ってさ、うん、わかった。一緒に死のう、なんて答える人間、信用できない」
「……なんか矛盾してね?」
「してないわよ」
くすくすと、ここなが笑う。
「かき氷」
「ん?」
「さっき、私ブルーハワイのかき氷食べたじゃない?」
「うん、唇が青い」
「そう」
ここなは一つ頷くと、
「ブルーハワイが一番好きなんだけど、唇が青くなってしまうじゃない? だから、基本的に男の人と一緒のときは、苺にするの。ほんのりピンクに染まるから。口紅を塗ったみたいで、可愛いでしょう?」
でも、とここなは笑う。
「キョースケは、別に笑わないでしょう? 唇が青くなっても。淡々と事実を指摘するだけで」
「笑うとこじゃないし」
肩をすくめる。
どどどどん、と幾つかの花火が続けてあがった。
京介はそちらに視線を移した。
「花火はずるい」
小さく呟かれた言葉に、横を向く。
ここなは花火を睨みつけるようにしながら、言葉を続けた。
「と、思わない?」
「ずるい?」
「誰かが花火は一瞬で消えてしまって儚いって言っていたの。でも、花火は一生で一番綺麗な瞬間を、こんなに大勢の人に見てもらえるのよ。ずるいと思わない?」
花火があがるのに合わせて、ここなの顔に光があたる。消えたり、現れたり。
「私は、自分の一番輝ける瞬間がいつだかわからないし、それを誰かに見ていてもらえるかどうかも自信がない。もう、この後の人生はくだるだけかもしれない。輝けないかもしれない。だから、今のまだ若いうちに死んでしまいたい」
「……飛躍していないか?」
「心中という人生で一度しか出来ないパフォーマンスを行うの。心中相手は少なくとも、私の一番輝ける瞬間を見ていてくれるわ」
ここなが目を閉じる。
「ここで最後に花火を見たのはね、去年なの。その当時、付き合っていた人と」
「……うん」
目を閉じたまま、ここなが言う。
また上がる花火を、二人は見ていない。
「あの人はね、心中しようっていう私の提案を割とあっさり受け入れたの。私、彼のことが本気で好きだった。心中しようなんて言ったけど、彼となら結婚して、子ども産んでっていう普通の人生を生きるのもいいな、って思ったの。ばかばかしいけど、それぐらい、好きだったの」
「うん」
「でもね、私が結婚の話をしたら、彼は豹変した」
花火の光に合わせて、一つのしずくがここなの頬を伝うのが見えた。
「私ね、彼にしてみたら不倫相手だったの。彼には奥さんも子どももいた。全然気がつかなかった。彼、頻繁にうちに泊まってたし」
それが、あのジャージの持ち主か、と京介は思った。自分の服を買ってもらった時に、さっさと捨てて良かった。
「私が死にたがってたから、いざとなったら心中するふりして私だけ死なせればいいや、って思ってたみたい」
「……最低だな、そいつ」
京介が苦々しく呟くと、ふっとここなが笑った。
「キョースケは本当、優しいね」
目を開き、京介の顔をみて下がった眉で笑った。
「でも違う。そんなのにひっかかった、私が一番最低だわ。結局、私も、ママと同じ……。ママみたいにだけはならないって、ずっと決めていたのに」
ぽたり、とここなの胸元に水滴が落ち、それと同時に花火があがった。
「キョースケが花火大会誘ってくれた時、嬉しかったけどどうしようかなって思ったの。彼と見に来た思い出しかないから。でも、キョースケならお面買ってもバカにしないだろうし、それに」
膝の上に置いた手を、祈るように組んだ。
「キョースケに聞いて欲しかったの、この話。本当はずっと。だけど、どうやっていったらいいかわからなかったから。いつ言えばいいか、わからなかったから。こんなこと言っていいか、わからなかったから。」
利用してごめんなさい、と小さく呟く。そのまま俯いてしまったここなを困ってしばらく見つめた。
そして京介は右手をあげ、ここなの頭を撫でた。
ここなの肩がぴくり、と動く。暗くて、俯いたここなの顔は見えない。
「……やっぱり、キョースケの掌、小さくておさまりがいいね」
花火と花火の間を縫って、小さい声が聞こえた。
京介は少し笑う。
「小さくて悪かったな」
少し、ふくれたような口調でいうと、ここなが顔をあげた。
京介は二度頭をぽんぽんっと軽く叩いてから、手を離す。
「ありがとう」
そう言って、ここなは笑った。はにかんだような笑みだった。
京介もそれに笑い返す。
「あーあ、ちっとも花火見てないねー。ごめんねー。でもまだ最後のが残ってるよね!」
ここなはいつもの明るい口調でそういうと、また空を見上げる。京介の膝の上から、たこ焼きを奪うのも忘れなかった。
「そうそう」
冷めてきたお好み焼きたちのパックもあけて、ここながとりやすいようにベンチに並べて京介が頷く。
一つ、大きい赤い華が咲いた。
「来年も、来よう?」
それを見ながら京介が小さい声で呟いた。
「死なないで、生きていて、来年も花火見よう?」
次にあがった緑の華がそれを遮る音を立てて、ここなに届いたのかはわからなかった。