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中曽根心中の心中  作者: 小高まあな
第四章 続く日常
10/32

4−1

「ここなちゃん、最近ご機嫌だねー」

「えー、そうですかー?」

 常連の言葉に、ここなはいつものように微笑んで、首を傾げた。

「なんか楽しそうだよー。いいことあった?」

「えー、新山さんが良く来てくれるからかなー」

 はいっと、水割りを手渡す。

「またまたー」

「あー、あとは」

 小首をかしげて、自分が機嫌のいい理由を思い浮かべる。本当に嬉しくて笑みがこぼれた。

「美味しいお惣菜のお店、見つけたから。最近、食生活が充実」


「俺はデリカテッセンか」

 朝食の鮭をほぐしながら京介が言った。

「だってー、美味しいレストランにしたら同伴かアフターで行こうとかになりそうだし、心中相手が見つかったなんて言えないしー」

 ほうれん草のお味噌汁を一口飲み、ここな。

「そりゃそうだろう」

「それで指名減ったら困るから。恋人が出来たからって」

「え? そういう? 人としてドン引きされそうとかじゃなくて? ってか恋人じゃねーし」

「だって、私のお客さん、私の名前に同情してる人が殆どだし、趣味趣向を愛してくれてるし」

「どんな客でどんな店だよ」

 苦々しく呟く。

「不幸は明るく話せば笑い話になるの、知らない?」

「だからって」

「さすがに誰にでも心中して、ってお願いしているわけじゃないから安心して」

 私には貴方だけだから、と囁くように告げると、京介はうんざりしたような顔をして、五穀米を頬張った。


 京介がここなの家に住むようになって、かれこれ一カ月が経った。

 今や立派なヒモである、と京介は自負している。まったくもってすべきではない自負だが。

 京介が家事を引き受けていることの報酬、という名目で金銭まで受け取っている。それは完全なるお小遣いではないか、と思う。

 あとは多分、心中しない代わりに家事を引き受けるという京介の提案を、家事の対価としての金銭を支払うという形で却下したものだろう。

 二言目には、「心中してくれる気になった?」だから困ったものだ。

「まだ恋仲になっていないだろ?」

「それもそうね。でも、私、京介のこと好きよ」

 というのが、最近のお決まりのパターンだ。

 さっさと出て行こうと思っていたのに、ずるずると居座っている。

 ここなは何を作っても美味しいと、幸せそうな笑顔で食べてくれるから作りがいがある。

 三食作って、掃除洗濯など一通りこなすだけでいい、という生活は家事全般が割と好きな京介にはありがたいもので、楽な生活だった。

 懸案事項だった洗濯も、下着類だけはここなが自分で洗う、でけりがついたし。

 二言目には心中をほのめかすが、心中希望者であるという点を除けば明るい性格も、顔も、京介の好みである。

 でも、なによりも一番の理由は、

「ほっとけないもんなー」

「ん?」

「なんでもない」

 そう? とここなは首を傾げた。

 明るくて朗らかな性格も、ちょっとだけひねてはいるけれども、すぐに気を取り直すところも、ここなはの良いところだと京介は思っている。

 でも、それと同時に、あまりにもすぐに機嫌を直す事に戸惑っている。

 一カ月の間、京介はここなの笑顔以外の表情を見た覚えがない。確かに、頬を膨らませて拗ねたり怒ったりした顔は何度も見た。

 けれども、それは一種の演技のような、パフォーマンスのようなもので、感情に左右された表情の変化ではない、と思う。でないと、あんなにすぐに微笑めないし。

 それはとても、危ういものだと思う。

 心中相手が見つからなくても、いつかすぱっと自殺してしまいそうで怖い。

 一緒に心中する気も、恋仲になる予定もないし、ここなの自由気ままな行動に振り回されてはいるけれども、それでも、京介はここなに自殺されたら困る。良心が咎める。悲しいと思う。

 それぐらいの情は移っている。

 ごちそうさま、と両手を合わせたここなを見ながら思った。

 そしてそれは京介にとって、ここに留まらせるに十分な理由だった。

「あ、そうだ、ココ」

 食器を台所に下げ、緑茶をいれて戻ってくると京介は言った。

「うん?」

 ソファーにあぐらをかいてテレビを見ていたここなは、声だけで答えた。

「花火、見に行こうか」

「花火?」

 顔が京介に向けられる。その隙にお茶を渡した。

「花火大会、あるんだって?」

 ソファーの背に体を預け、問う。

「あー、市のね。そうそう、土曜日だっけ?」

「うん。いつもの八百屋のおばちゃんに教えてもらって」

「すっかり顔なじみだねー」

 誰とでも仲良くなれるのは才能だよねーとかいいながら、ここながお茶を啜った。

 実際、この一カ月で近所の商店街の皆さんとは仲良くなった京介である。

 それなりに人懐っこい性格と、毎日新鮮な食材を買い求め、料理の話題で盛り上がったことがその要因だ。

「あ、そうそう。八百屋のおばちゃんの紹介で、喫茶店手伝うことになった」

「ん? 喫茶店とかあったっけ? 商店街だよねー?」

「あるある。なんかこう、割とレトロな感じの」

「ああ。ちょっとドアとか開くの? みたいなところね。あそこ、営業してたんだ。潰れているんだとばっかり」

「……これから働くからあんまり言わないでくれる?」

「ごめんごめん。でも、手伝うって、バイト的な?」

「うん。今マスター一人しかいなくて、マスター結構なご老人だし」

「八百屋さんの紹介?」

「そう、何故か俺、商店街の皆々様に絶大な信用を置かれているし」

「キョースケ、良い人だもんねー。優しいし。これで心中してくれたら、申し分ないんだけど」

「しないから」

 さらっと流す。かっこいいとか良い人とか好きだとか、そういう単語に過剰に反応しないようにはなった。

「ふーん、でも、よかったねー。キョースケずっと家にいても暇でしょ?」

「……反対しないんだ?」

「なんで? しないよー」

 当たり前のようにここなが笑う。

 ほんの少し、反対されるかと思っていた。

 自分で財力を身につけたら、よりいっそう簡単に逃げ出せるようになってしまうから、この小さな鳥籠から。

 それは考えつかなかったのか、それとも考えた上で京介を信頼しているのかはわからない。それでも、少しでも変な事を考えたことをこっそり胸中で謝った。

「で、ええっと? なんだっけ? 花火大会?」

「っと、ああそうそう」

 話がずれてきたことを思い出し、本筋に戻す。

「行かないかなーって。せっかくだから」

「行くー」

 ここなは片手を高くあげて、返事をした。

「キョースケが誘ってくれるとかはじめてじゃない? 絶対行くー。浴衣着ようっと」

 はしゃいだ声をあげて、勢いをつけてソファーから立ち上がる。空になった湯のみを、京介に手渡す。

 そのままはずむように寝室に歩いて行き、がたがたとタンスを開ける音がする。

 喜んでくれたようでよかった、とひとまず安心していると、

「キョースケも浴衣ねー!」

「は?」

 ドアの向こうから聞こえて来た声に、すっとんきょうな声を返す。

「持ってないし……」

「買ってきてさー」

「着付けできないし」

「私、男の人も着付けできるから大丈夫」

 なんでそこだけ無駄にハイスペックなんだよ。

「……恥ずかしいし」

「平気平気」

 ここながドアの隙間から顔をのぞかせた。

「絶対約束」

 弾んだ声と満面の笑みで言われて、京介は嘆息しながらも頷いた。

 ほら、振り回されている。

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