第一話
季節は夏。太陽光が人々の肌を焼きながら、植物へと力を与えるこの季節。しかしここではその太陽光は感じられなかった。背の高い大木が延々と広がり、その葉が太陽光を遮る為に薄暗い。そんな森の中を走る影が三つある。
その内の一人は背中に細身の剣を背負い、腰のホルスターには一丁の銃を納めている。三人組の中でまず目に付くのはこいつだ。黒髪に黒瞳、それでいて服装までもが全身真っ黒となれば、嫌でも目立つ。ここがまだ薄暗い為にまだ目立ちはしないだろうが、街中をこの格好で歩けば注目の的であろう。
だが、そんな彼の身のこなしは賞賛に値するものだった。
まるで獣のように地面を這うように走り、時に木を蹴っては三次元的な移動を見せる。やや後ろを走っている二人は呆れ顔だ。
『おいアレス!いくらドットが相手とはいえあまり移動に力を割くなよ!というか今日は俺達もいるんだから少しは考えろ!』
徐々に離されていく距離に焦りを覚えたのか、後ろの二人組の一人、男の方が叫んだ。
と同時に手に持ったスローイングナイフを、あろうことか木を蹴って中空にいる男、アレスに向けて放つ。
彼の名はクラフト。天然パーマなのかパーマをかけているのか、髪は癖のある伸び方をして肩まで伸び、眼鏡を掛けたその姿はどちらかというと研究者に見える。だがその腰に付けた短剣、胸のベルトにいくつも付いているスローイングナイフを見る限り、彼もまた戦闘にその身を置いているものなのだろう。アレスに距離を離されつつも追いすがっている所を見れば、相当鍛えていることがわかる。
『あぁ?ノロマな奴に合わせてたら日が暮れるっての。てめぇが俺に合わせろ。』
アレスはそう言っている間にも空中で腰を軸に身体を回し、正面から眉間に目掛けて飛んでくるナイフの刃を二本の指の間で受け止めくるりと持ち直し、さらに膝を利用して腰を捻ることで勢いを付けると、上半身のバネも利用して全力でクラフトに投げつけた。
ピッという空気を斬る音と共に凄まじい速さで飛んだナイフをアレスは見送らずに滞空時間が伸びたせいでぶつかりそうになっていた木の幹に垂直に着地する。
この男の筋肉は異常なまでに柔軟性に富んでいるようだ。
衝撃の全てを身体全体で吸収し、木に垂直に降り立つという神業とも言える技をあまりに自然に使ったアレスは、衝撃吸収の為に屈めた膝を利用してそのまま木を発射台にしてクラフトへと目標を定め、自身を射出する。
あぶねっ!という声と、キンという金属同士のぶつかる音がした時には既にアレスはクラフトの目の前に居て…
まるで人間ミサイルのようにピーンと一直線に身体を伸ばしたアレスの頭部がクラフトの鍛えられた腹にめり込んだ。
そして爆発音。
勢いを受け止め切れなかったクラフトごと二人は木に激突し、どうやら3本目の木でやっと止まったようだ。
クラフトは2本目の木の中に埋もれて気絶している。
アレスにいたっては木に首の根元までめり込ませ、何故か身体はピーンと一直線のまま木に垂直に突き刺さっているその光景はなんとも、滑稽であった。
『ぶはははっ!あはっ!ひぃっ!死ぬ!死んじゃう!笑い死ぬなんていやっ!でもっ!ぶふっ!むりっ!アハハハ!』
そしてこの今にも窒息死しそうな勢いで笑っている女性……カリンは、ひたすら笑いながら地面を転がっていた。
美人と言えるであろうその顔付きをくしゃくしゃに歪め、普段は整っているであろう顔を彩るように映える金色の髪をばっさばっさと振り乱し、そしてドレスのような薄い赤色の服を土塗れにしながら。
今まさに、混沌の世界がここに広がっている。
あぁ…彼らの名誉の為にも言っておこう。
彼らは傭兵ギルドの中でもかなりの上級者だ。
Sランク一人とAランク二人という一般人が依頼しようと思っても到底払えない依頼金が発生するような、それほどの高ランク。
ちなみに今もまだ木に垂直に突き刺さっているのがSランク・【天災】アレス。
木の残骸の中で気絶しているのがAランク・クラフト。
そして今まさに死の危機が訪れている彼女は、Aランク【女帝】カリンである。
こんな彼らだが、ドットとはいえ魔族が群れているという情報のある場所でこんな馬鹿な真似をできるだけの実力があるということだ。
とはいえ、ギルドランクについて知らない者が見れば、ただの馬鹿の集まりでしかない。
故に蛇足だがギルドランクについて説明しよう。
傭兵ギルドにはF~SSまでのランクがあり、Fでも一般人が相当鍛えてなれるくらいなものと言われている。どこの村にでも一人はいるような力自慢な人間がこれに当たる。
そしてE~Cまではそんな人間達が努力と経験を積み重ねてなれるレベルだ。
だがBから上はそうはいかない。
Cランクもあれば王国の騎士として十分に働ける実力があるが、Bランクは騎士の長である騎士団長クラス。
単なる力自慢では到底たどり着けない領域だ。
才能があり、かつ努力と経験を積んだものがようやっとなれるのがBランクである。
Aランクともなるともはや人外であり、ここ数十年間で現れ始めたような超人的な要素が必要となってくる。
だがそれすらも嘲笑うかのようにSランクは存在し、その実力は超人そのもの。
類い希なる力を持ち、戦闘センスはずば抜けて高い。
闘う為に産まれてきたと言える。
そして最高ランクのSS。
これはもはや人ではない。
一部では実は人間に化けた上級魔族だ、という噂すらされているほどに、その力は人間からかけ離れている。
エインヘラルという組織にはそんな人間がゴロゴロいると言われているが、それが事実ならば簡単に一国など落とせるであろう。…それも、数時間で。
ギルドランクについては以上だが、魔族にもランクがあることも話しておこう。
一般的に魔族は下級、中級、上級と分けられているが、ギルドの間ではそれをドット、ライン、クロスと表し、それぞれが【・】【―】【X】の記号で表されている。
依頼書などにこう記すことで無駄を省いているらしいが…
と、こんな話しをしている間に三人は復活したようだ。
先ほどまでとは打って変わって真剣な表情……とは言えない。
辺りに殺気を放ちながら近付いてくる影が15。
それを見ても彼らの表情は変わらない。
アレスはあれだけの衝突をしておいて出血した形跡がなく、悪戯が成功した子供のような顔をしながら下手くそな口笛を吹いており、クラフトは額に青筋を浮かべながらアレスを睨みつけている。
カリンはまだ笑いが治まらないのか、時折思い出したように吹き出すということを繰り返している。
だが彼らの表情とは裏腹に、既に臨戦態勢であることは明らかだ。
それぞれが己の武器を抜き放ち、いつでも飛び出せるよう身体全身に力が巡っている。
『俺が右の2匹、カレンは左の3匹、クラフト。お前は真ん中10匹な。』
そうアレスは二人に告げると、歯を剥き出しにして笑った。
『おぅ!…ってアホか!なんで俺が10匹なんだよ!お前がやれよ!』
クラフトはそうアレスに怒鳴るが既にその影すら無く…
クラフトが視線を戻した先で血風が舞った。
『ったく…しょうがねぇ。いっちょやってやるかぁ!』
アレスに指示された通りクラフトは中央に集まっている10匹目掛けて突っ込んで行く。
そんな二人を見ながらカレンは自身の武器である鞭を構え…
後ろへと振るった。
『……女の勘を、ナメないでよね。』
カレンがそう言った先に居たのは、今回の依頼を回してきたギルドの幹部の一人である男が居た。
『はは…さすがは【女帝】、と言ったところか。だが、ナメているのは君の方だよ、カレン。』
その言葉が終わらぬうちに、カレンの全身が上からの圧力によって地面に叩きつけられる。
『……これ…はっ…!』
地べたに這いつくばった状態から動けないカレンに幹部である男、グラスは告げる。
『君に用はない。が、実験台くらいにはなるだろう?Aランクの人間だ。ちょうどいい。』
カレンは必死に動こうとするも、指一本すら動かせない。彼の手にある何らかの装置に気が付くも、もはや手遅れ…
『連れていけ。』
低い声で呟いた彼の背後から現れたのはおそらく傭兵。顔を隠している為にわからないが、気配からおそらくAランク…もしくはそれ以上と判断したが、カレンの意識があったのはそこまでだった。
手刀を打ち込まれ意識を失ったカレンは、傭兵と思われる人間によってどこかへ運ばれていく。
『さて…本命に会いに行くとしますかね。』
傭兵ギルド幹部・グラス。
かつてSクラスであり、【冷血】の二つ名を持つ男。
彼はクラフトと合流したアレスへと歩みを向け、一歩一歩ゆっくりと歩き出した。
その顔に似合わない笑顔を貼り付けて…彼はクラフトと合流したアレスへと歩みを向け、一歩一歩ゆっくりと歩き出した。
その顔に似合わない笑顔を貼り付けて…
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