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第二章 ・・・ 3

 次の日も大雨まではいかなかったけど、天気が崩れていた。霧雨とか小雨くらい。

 でもグラウンドはとてもじゃないが使用できる状態ではなかった。

 今朝になって、このままでいけば中止、最低でも延期になってくれるんじゃ…とやっと気づいて、期待を込めて天気予報を見た。しかし週間天気予報で、明日からは晴れるでしょう!もう晴天でしばらく心配することはありません!とまで気象予報士は宣言しやがった。

 本番は明後日の金、土、日の三日間に迫っていた。振替休日が月曜と火曜にあって、その辺の体育祭よりもタチが悪……力を入れている。

 だから今日はテニスはなかったが、バレーの練習は昼休みにやった。食後の運動は健康面でどうかと思う。

 また時間が空いてどうしようかと迷っていると、東の棟を1人で歩いている玲華を見かけた。ちょうど対角線上に。

 正直今日は部室には行きたくなかった。世羅にどんな顔で会えば良いかわからない。

 だけどもし玲華が1人だったら、ヤバいんじゃないかと思った。世羅がいなくても秀和がいる。その可能性の方が高い。でもいなかったら? そんな時を狙って、また綾小路が来るかもしれないのに。

 気づいたときには、東の棟に向かっていた。そして躊躇(ためら)いながらも扉を開くと、やっぱり玲華は1人でいた。

「なに必死になってんの?」

 なにも言ってないのに、俺の顔を見るなり玲華はそう言った。

(必死……?)

 つい手で顔を触る。触りながらも別に、と答えた。

「秀和は?」

「バスケの練習」

 来て良かったかも知れない。そしてドキドキしながら次を訊いた。

「世羅、は?」

「………たぶん来ないんじゃない?」

 なんでもなさそうに玲華は答えたけど、違和感を感じた。 たぶん?

「ケンカでもした?」

「してない」

 相変わらずパソコンに向かって玲華は呟く。でも明らかに様子がおかしかった。らしくない、ってやつだ。

 もしかしたら俺のせいか?とか考えていたら玲華が先に口を開いた。

「最近ヘンなのよ、あの子」

「最近?」

 昨日からではないなら、俺のせいってこともないのか。しかし授業中の世羅はいつも通りに見えた。少なくても俺には。

「なんかずっと上の空で、でもあたしにはなにも言ってこないし…こんなこと初めてよ」

 わずかに玲華が涙ぐんだ。戸惑っているのがわかる。

「事件のこともなにも言ってくれないし」

 事件という言葉にドクンと俺の鼓動が反応した。そして思い出されるのはあの憎悪に満ちた目。

 あれほどまでの憎しみをつかみどころのない犯人にできるだろうか。もしかしたら、世羅は…。

「なにか…知ってるのかも…」

「どういうこと?」

「なあ、俺が言った情報なんで言わなかったんだ?通り魔じゃない可能性の話」

 玲華は一度こちらを見て、そして逸らした。言うべきかどうか迷いがあるみたいだった。

「まだ可能性の話だったし………」

「じゃあ昨日なにか聞かれた?」

「昨日もここに来なかったから。ねえ、それよりなんの話よ?」

 玲華に不安な色が滲む。俺は戸惑いながらも昨日のことを包み隠さず話した。

 軽蔑されるかもしれない、という恐怖はあったけど玲華には言うべきだと思った。

「だから今回の件が無差別な通り魔じゃなかったら、梶さんに狙いを定めていたってことになる。そしたら……こんなこと言いたくないけど…一番関わり合いのあった浅霧家の誰かが犯人かもしれない」

 玲華はなにも口を挟まなかった。ただ悲しげに目を伏せている。

「だとしたら俺たちよりも世羅の方が事情を掴みやすい」

 真犯人かどうかは別として、世羅の頭には特定の人物がいるのかもしれない。なぜかそう思った。

「そうね」

 玲華の頷き方は、まったく初めて聞いたそれではなく、どこか自分でも思いついていたみたいだった。いくつかの可能性のひとつ。でも認めたくなかったような…。

 だから言わなかったのだろうか。

「なんで言ってくれないのかな?そんなに頼りないかな、あたし」

「向こうも向こうで同じこと想ってそうだけど。心配させたくないとか…」

 しばし沈黙が流れて玲華が深いため息を吐き出した。

「だったら許せないわね」

「おい?」

 意外な話の流れに俺の方が慌てる。玲華の目に輝きが生まれた。

「こうなったら、あたしたちもあたしたちで犯人見つけましょ。世羅ばっかりわかってるなんてズルい」

 そして立ち上がったかと思うと、両手をぎゅっと握りしめてきた。あまりの変わり身の早さに、わずかに反応が遅れる。

「なんの真似だ?」

「いいじゃないの。これから同志として頑張りましょう」

「やめろ」

 俺はその手を振り払った。

「どうやって探すんだよ?なんの手がかりもないのに」

 俺をアテにされても困る。俺は探偵じゃないし、当の探偵には断られたし。

「そうねえ。なんとか世羅んちに行ければいいんだけど……あれから一家全体が(かたく)なだしなあー」

 ぶつぶつ玲華が呟きだした。やっぱりなんの考えもなかったようだ。まったく女ってのは行動が読めない。

「だろ?俺がおとりになることも考えたけど、やり方わかんねえし」

「おとり………」

 玲華がまじまじと俺を見つめる。イヤな予感がした。

 そして、考えとくわと頷いた。なにをだ?イヤな予感が増長する。

「とりあえず世羅んちね。いつ行こっか」

「当たり前のように俺に訊くな。ビデと行けよ」

「あんた行かないと意味ないじゃん」

「なんでだよ」

「犯人がもしいるならあんたを認識させるのよ。それでうまくいけばおとりになれんじゃん」

 悪魔がいる。あっさりと殺伐と言い放つ玲華は容赦がなかった。数歩後退(あとずさ)る。

「なに逃げてんのよ」

 ちらっと横目で玲華に見つめられて、俺は体裁を取り繕った。

 逃げる、という言葉に敏感になりすぎてるのかもしれない。みっともなかったと思って少し後悔した。

「だいたい俺は世羅に嫌われてるみたいだし、行かない方がいいだろ?」

「ああ、世羅は男がキライなのよ。あんただけじゃないわ」

 だから関係ないわ、と玲華が言った。なんだよそれ、と思った。

 なんのフォローにもなってねえじゃねえか。

「トラウマって…やっぱそういうこと?」

 聞いていいものか憚れたが、この流れで触れないのもわざとな感じとか違和感があって、俺は思いきって訊いた。

「うん。そう…」

 玲華のトーンが落ちた。でも彼女も、ここまできて言わないのは不自然とでも思ったのか、教えてくれた。

「世羅の両親ね、世羅が小さい頃に離婚したの。もともと浅霧ってのは母方の姓で、すぐにお母様が再婚したから、いまのお父様は義理の父親なんだけど……」

 ふと言葉を一旦きって、玲華は窓際に寄った。外を見ているふうで、実際にはどこも見ていないようだった。過去を見ているんだ。

「その人がまたヒドイ人でね、まだ子供だった世羅に虐待したのよ!性的な暴行も混じってたみたい。世羅も隠してたから、近くにいたはずのあたしも…知ったのはかなり後になってから。そんときはあたしは怒り狂ったわ!」

 玲華の目に世羅に見たものと近いものが見えた気がした。いまだに、許してないのだとわかった。

「でも世羅が……。もうその頃には、あの男も虐待とかしなくなってたから…おおごとにしたくないって…」

 聞いてるうちに、俺は察していた。わかってしまって胸焼けがした。よく聞く、ありがちな話のはずなのに、実際に耳にするとただ嫌悪感があるだけだった。

 家庭があるだけ問題もあるんだ。いつでも犠牲になるのは子供なのか? 力のない、逃げる(すべ)さえもたない子供。

「それで…トラウマ、か……」

「あ、でも、あんまり大げさにとらえたらダメだからね。意識したら迷惑だから」

 さらりと自分のことのように玲華は言った。すごくシビアだと思った。

 でもなんとなくわかる。俺だって同情されるのはまっぴらごめんだ。惨めになる。

「だから、もうイヤなの。全部終わってから知って、後悔したりやるせなくなったりするのは、もうイヤ」

「そうだな…」

 こいつはやっぱり強い。強くて迷いがない。

 そう思うのと同時に、世羅が羨ましくもあった。ここまで想ってくれる人間が身近にいる人は、どれくらいいるんだろう。

「さて」

 いきなり玲華が腕を腰にあて仁王立ちになった。声の調子が明らかにこれまでのと違う。百八十度変わった変化に俺はすぐについていけなくて、しばし呆然とする。

「しゃべったらノド渇いたわ。なんか飲もー」

 そのまま、お茶の葉が置いてある棚に近づいて行った。

 玲華なりに区切りをつけたかったのかもしれない。自分も同情とかしないように。これまでの玲華を見ていると、そんな気がした。サバサバして見えるのは、こういうところからきているのかもしれない。

「なんか飲むー?言っとくけど、断ったら二度とあたしが入れたお茶飲めないわよ」

 呼び掛けるように声を張り上げて、玲華が棚から顔をひょっこり出した。

「なんで?」

「ビデがいるときはやらせてくれないんだよね。アイツ、なんか変な使命感持っててさー」

「あー…」

 俺は納得しながら棚の中を見た。相変わらず充実している。

「でも暑いしなー、いら…」

「な・に・の・む!?」

 いらねえと、最後まで言わせてくれなかった。俺に汗が滲んだが、暑いだけが理由ではなさそうだ。

「んな強制的に飲ませるもんじゃないだろ?普通!」

「じゃーどうやって飲ませるのよ!ふつーは!」

「違うだろ?飲ませるってのがおかしいだろ?もっとリラックスするためとかに飲むんだろ?お茶は」

「だったらリラックスしなさいよ!ほら早く!」

「……だから、リラックスも強制されるもんじゃなくて…」

 なんだか疲れて、俺は片手を棚に預けて項垂(うなだ)れた。

「あんた気ぃ張りすぎなのよ、いつ見ても」

 何気なく言われた言葉に顔を上げる。

「こっちが疲れるわ」

 仕方ないわね、と言いたげに玲華は苦笑いをしていた。

 俺は顔をしかめた。そんなふうに思われているとは、予想だにしなかった。何か返さないと、と思って口を開いたら全然別の言葉が出た。

「じゃあ水」

「なによ、あんたバカにしてんの?いーわよっ、杜仲茶()れてあげるわよ」

「なんだよその意地は…」

 とりあえず何かお茶を作りたかったらしい。呆れる俺をしり目に玲華が手際よく粉末状の杜仲茶を入れていく。手際は確かに良いけれど。

「ばっ!おまっ、入れすぎだろ?」

「なによ!濃い方が美味しいに決まってるでしょ?」

「………ちなみに聞くけどさ、おまえ料理出来んの?」

「できるわよ!」

「………じゃあさ、料理したことあんの?」

「機会がないだけよ!やればできるわよ、あんなもん!たしなみとして!」

「…………」

 たしなみとしてすることを、あんなもん呼ばわりかよ。なんか頭が痛くなってきた。

 頭を抱える俺に、ポットのお湯が沸くのを待ちながら、何気なく玲華は言う。

「体にも良いのよ」

 俺の場合は体に問題があるわけじゃないから、あまり意味がないように思える。

「ダイエットにも良いらしいしねー杜仲茶」

「俺がダイエットしてどうすんだよ」

「あー、あんたヒョロヒョロだもんね。肉つけた方がいいわよ、筋肉」

 俺の上から下まで見て言われてムカついた。以前、久保田にも同じように言われたことを思い出す。

「だから運動部入って筋肉つければもっとよくなると思ったんだけどなー」

「……杉村に頼まれて勧誘してんのかと思ってた」

「なんでよ?」

 ……俺が全体の輪を乱しているから。

 しかしそう言うには、なんとなくヒガミっぽくて言いたくない。

「まあね、先生からまったくそういう話がなかったわけではないけど、運動部に勧誘したのはあたしの判断」

「なんで?」

 空気で察知したらしく玲華が続けると、逆に俺が聞き返していた。

 でもそれに答えるまえにポットが沸騰して、お湯を杜仲茶の粉がたくさん入ってる湯飲みに移す。

「ほら、出来たわよ!」

 苦虫を噛み潰したような表情で、杜仲茶―――たぶん。味がどうなろうと、たぶん杜仲茶―――を二つトレーに乗せて、玲華がソファの間にあるテーブルに置いた。

 入れ方の手順すら合ってるのか危ぶまれる。俺もお茶の入れ方なんて知らないけど。

(急須を使ってないけどいいのか?)

 ソファに腰を落ち着かせて、意を決して湯飲みを取る。そしてちょうど口に含んだところで玲華が言った。

「そういや右肩ケガしたでしょ」

 ぶはっと勢いよくお茶がすべて吐き出された。吐き出したわけではない、吐き出されたんだ。

 虚をつかれた指摘のせいか、あまりに濃すぎてお茶が喉を通ることを拒んだせいか、真相は俺にもわからない。

(全部だ全部!)

 玲華といえばさっとソファから身を翻し綺麗に避けたので、被害は全部ソファにかかった。

「やーだぁ、ちょっと汚いー」

「不味い…」

「なにが不味いよ!飲んでないじゃない!吹き出したじゃない!全部!」

「口の中に残ってんだよ!ついてんの!舌に!入れすぎだろ、あきらかに!」

「たくさん入れた方がいっぱい効果があるに決まってんでしょ!」

 なんつー単純思考だ。おかしい…あんなに頭が良くて、成績も良いのに……どうしたらこうなるんだ?

 俺はまじまじと湯飲みの上から黒く濁ったお茶を覗いた。

「もう良いわよ!飲まなくて!」

 怒鳴ったかと思ったら、玲華がガシッと湯飲みを掴んで一気に飲み干した。

「お、おい…」

 止めようと右手を伸ばしたとき、ぶっと不吉な音がして、熱い液体が全部俺の顔にかかった。

「あっ…つ!!」

「なんか……殺気を覚える味ね…」

「おい!黄昏てねえでっ!ふく、拭くもんっ」

 俺がぶんぶん頭を振って滴を飛ばしていると、玲華がハンカチを出して拭いてきた。

「ちょ…いい!自分で…」

「らぁっきぃー」

 ハンカチだけを貸して貰えれば、とひったくろうとしたら、玲華が目を爛々とさせて不敵に笑った。我が耳を疑う。

(いま、ラッキーっつったか?)

 あきらかに俺がこんな状態になったのは、目の前にいるこいつのせいだ。それをラッキー?当の加害者がラッキーだと?

「火傷したら大変ね!上着脱ぎなさいよ」

 わざとらしく慌てた素振りを見せて玲華がのし掛かってきた。

「はあ?」

 突然のことに、まったく意味がわからない。驚きすぎて熱いのも忘れた。

「早く脱いで!それとも脱がされたい?」

「バカかっ!なに言って…おまっ、やめろ!」

「じっとしなさいよ!んもう、男のくせにナニ恥ずかしいがってんのよ」

「つーか、女のくせになにやってんだよ!」

「イヤダイヤダ、男尊女卑ね」

「おまえな…」

 俺が玲華を押し退けようと、力を込めたときだった。

「マイハニーご機嫌いかがー?僕は君に逢うと機嫌が100倍アップさー」

 いつものごとく、綾小路が入ってきた。

 戯言を言わないと扉を開けないのか、という感想を述べている場合ではなかった。

 そのとき。

 玲華は俺のシャツのボタンを外し終わり、襟元を両手で鷲掴みにしていた。まったく色気などない感じで。俺の手は玲華の腕に添えられている。

 最悪のタイミング。綾小路の目が点になる。俺も玲華も一瞬フリーズした。そのままの状態で。

「な、なにをしているっ!」

 綾小路が先にフリーズが溶けて俺たちを強引に剥がす。そして標的は俺に向けられた。綾小路の性格上、当然といえば当然と言えるが、納得いかない。

「貴様!玲華のまえでなんて真似を!」

 胸ぐらを掴んでそのまま力任せに引きずり上げられた。いまにも殴りかかる勢いで。

「綾小路さま!」

 それを思い留まらせたのは、玲華の制止の声だった。

 一瞬の隙をついて掴まれている手を振りほどいた。シャツが伸びるだろうが。しかし綾小路の怒りは収まらない。

「言うんだ!玲華になにをしようとした!」

「は?あんたどこに目つけてんだよ、逆だろ逆」

「なんだ!その口の聞き方は!」

「もとからだよ」

「はっ、猫をかぶっていたわけか。だから庶民は嫌なんだ」

 猫かぶりのところで、つい玲華を見ると、とても冷ややかな眼差しをしていた。怒ってる。だれに対してとか、その真意は読めないが、めちゃくちゃ怒っている。

「ハイハイ。先輩、練習はいいんデスカ?」

 どうどうと、両手を広げて落ち着かせてみる。でもやっぱりというか、綾小路は逆上した。あー面倒くさい。

「適当に返すんじゃない!練習は雨で中止だ!貴様もだろうが!」

「あ、そうデシタ」

 綾小路は意外と冷静だ。

 どうやって追い出そうかなーと考える。綾小路より先に俺がここを離れることはあり得ない。なぜか、あり得なかった。面倒くさいのに。

「おう!そうだ、貴様も結局テニスにしたそうだな」

「…………」

「覚えておくが良い。テニスで僕は誰にも負けない。つまり貴様はハッピーなはずの日曜日に、人生のドン底を味わうのさっ」

 テニスでは誰にも負けないといいつつ、綾小路はテニス部ではない。弓道部だ。俺がそこを突っ込もうとしたとき、あーはっはっはと、悪人によくある高笑いをしながら、またもや自己完結して綾小路は去って行った。

(あん?)

 俺の眉が(ゆが)む。

「あいつ自分から帰って行ったよ…」

 なんだ、考える必要なかったじゃん。

「結局、アイツもただの臆病モンなのよ」

 腕を組んで容赦なく玲華が言い放つ。なんかだんだん綾小路が哀れに思えてきた。

「まあ良かったわ。邪魔者はいなくなったし…」

 玲華が改めて、というように俺に詰め寄る。

 ちょっと待て、眼が怒ったままだ。俺は後退る。しまった、後ろはまだソファだった。

「逃げんじゃないわよ………いいから、右肩見せなさい」

「………………………は?」

 俺は綾小路が入ってきたときより固まった。なんだって? 右肩?

 固まったのを良いことに、玲華が俺のシャツを右側だけ剥いだ。

 肩に赤紫色の大きめの痣。玲華が息を呑んだのがわかった。想像を超えていたのだろう。それはそうだ。これはテニスによるものではない。その後の久保田に庇われたとき、道路に打ち付けた(あと)だ。

「なによコレ。ちょっとどうしたのよ?こんなんで練習してたの?」

「違う違う。これは昨日の帰りのハナシで、テニスとは関係ない」

 俺は玲華の手からシャツを奪い取って、着直しながら言った。

「あーそう、………って納得すると思うの?じゃ、今日のバレーはこれでやったってことじゃない!」

「すぐ治るだろ?打ち身ぐらい」

「もー、変なとこ強がるんだから」

「大丈夫だって」

 ほら、と右腕を上げて前後にグルグル回す。少し疼く程度。やってやれないことはない。

「な?」

 玲華に頷いて見せると、彼女は無言でバシッと俺の肩を叩いた。

「いっ!」

「やっぱり痛いんじゃなーい」

「打ち身つったろ?なんか当たりゃ痛いんだよ!」

 思わず涙目になって抗議する。

「じゃ、テニスのときは?いきなり帰ったからあのときかと思ったわよ」

「あれはただの電池(スタミナ)切れ」

 ソファに座ろうとして、お互いちゃんと拭いてなかったことを思い出した。布巾があったよな、と棚に向かう。

 もー、とぶつぶつ呟いて玲華もついてきた。一応責任の一端は感じているようだ。棚から新しい布巾を取り出すと、ふいに俺の目に先ほどの杜仲茶のパッケージが入ってきた。

「おい、これ食用って書いてあんじゃん」

「なによ!食用なら飲用でも問題ないじゃない」

「まあ…そうだけど………あっ!ちゃんとティーパックであんじゃんか!こっちでやれよ」

 俺はお徳用と書いてあるティーパック用の大袋を取り出した。覗き込んで玲華が言う。

「そんなの邪道よ」

 玲華の言うことはよくわからない。

「いいから、入れ直すぞ」

 ため息が思わず出た。はいはい、と言い玲華が戻ろうとしたときだった。

「あーー!なにしてんですか!?」

 いつの間に入ってきたのかヒデの声が聴こえる。俺は棚越しに扉を見る。秀和はソファの方を見ていた。

「シミっ染みになっちゃうじゃないですかっ!」

「あー悪い、いま拭こうと……」

「遅いですよ!こういうのは一分一秒が勝負なんですよ!」

 なんの勝ち負けだ、一体…。

「あああっ!こんなに染み込んでっ」

「うるさいわよ!」

 玲華の一喝で秀和は前面だって嘆くことができなくなっていた。はあ…。

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