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最終章

「んふふふふふ」

「気持ち悪い笑い方すんな」

「だって嬉しいんだもーん。世界中の人に報告したい気分」

「ヤメとけ。別に聞きたくないだろう、世界中の人だって」

 何回かこんなやり取りをした。

 兄貴がいつも座っていたダイニングキッチンのところに、いまは玲華が座っている。

 俺は昼食を作るべくキッチンに立っていた。

 咲田さんがいなくなって、少しずつだけど料理を始めてみた。レシピを見ながら作ると、意外だったけど俺でも出来た。ウマイかマズイかは別として………。

 今日は別に作る予定はなかったのだが…。

 あのあとから玲華からのボディタッチがすごい………。

 前の会話はそのときにあったのだ。暑いのにべたべた触れてくる。

 もともとよく触れてくるなとは思っていた。そういうスキンシップをするタイプかなって。

(他の男にもこうだったらどうしよう)

 余計な心配が増えた。

(綾小路には鳥肌立たせてたから大丈夫か…)

 なんとか納得する。

 つまりそれと料理がどう繋がるかというと…。

 そのままゴロゴロしていたら、真っ昼間だというのに抑えきれなくて一線超えてしまいそうになったのだ。

 受け入れた直後そうなってしまうのは、あきらかに理性のきかない野獣がすることじゃないか。

 だから誤魔化すようにキッチンに立った。

(まったく…)

 自分も嫌じゃないから文句が言えない。

「あたしもなんか手伝おうかー」

 横から恐ろしい言葉が降ってくる。

「いいから座ってろ」

「えー」

 彼女としては何か手伝いたいらしい。やる気だけは充分だ。

 でもさっき卵を割らせてみたら………余計な仕事が増えたのだ。つまり殻を取り除くという行為が!

「もうすぐできるから!」

 俺は炒飯を作っていた。火の音に負けないように怒鳴る。

 ちょっと前までは自分でも想像できない姿だと思う。

 こんな状態でも腐らずにすんでるのは、そのすべてが玲華のおかげだった。

「オラ!出来たぞ。味は保証しない」

 照れ隠しでわざと怒ったような口調になってしまった。自分の料理を人に食べてもらうなんて初めてだ。しかも相手は、いつもお抱えシェフの料理を食べて舌が肥えている玲華だ。

 どうでるか構えるように見てしまう。

「美味しい!すごいよ、悠汰天才!」

 少しホッとする。俺も向かいに腰を落ち着かせ口に運んだ。

「……………」

「どう?」

「普通以下。メシがべちゃべちゃしてる。あと何かが足りない」

「評価厳しいー」

「つーかおまえのはお世辞だろ!あきらかに」

 ふてくされながら玲華を見ると、彼女はそれでもバクバク食っていた。

「いーじゃん。愛情込もってるんだから。実際食べれるんだし」

「……………」

 そんなものだろうか。

 というか愛情を込めたとは一度も言ってない。

 でも明らかにコレは失敗だった。

(チャーハンなめてた…)

 ちょっと落ち込む。

「ヒデに料理習おうかな」

「どうしたの?珍しくやる気」

「うっせえ。どうせやるならウマイ方がいいだろ」

「じゃ、じゃ、あたしも一緒に習うよ」

 身を乗り出して玲華が楽しそうに言った。意外だ。

「やりたいの?料理…」

「うん!」

 シェフがいるんだから必要ないのにと思う。なんでも挑戦する姿勢はスバらしいけど。

「おまえに欠点がなくなったら面白くねえな」

「なにそれ?(ひが)み?でもそうねー本格的にやったらあたしの方が上達しそう」

 どこから来るんだ、この自信は。見習いたい部分だ。

(挑戦心だけ)

 なんか本当にそうなりそうでコワイ。

 ―――女の尻に敷かれるタイプ。

 今さら久保田さんが言ってたことがよぎる。

 でも確かに俺は玲華に勝てるところがない気がしていた。

「俺、来年の球技大会本気で頑張るわ」

 新たな目標を掲げる。リベンジを誓う。

 そうしないと、どんどん腐っていきそうな恐怖に似た不安があった。

「あ、そう?でも大丈夫よ」

 不敵に玲華が笑う。この笑顔はよく知ってる。嫌な予感がした。

「その前に秋に体育祭があるから」

「……………」

「まさか知らなかったの?あんたってホント学校行事に興味ない人よね」

「なんでだよ!あんだけ派手にやっといて、体育祭の変わりじゃないのか?」

「誰がそんなこと言ったのよ」

(誰がって……)

 誰も言ってない。自分でそう思い込んだだけ………。

 俺はスプーンを握りしめ、がっくりと肩を落とした。

「期待してるわよ」

 なんの躊躇いもなく玲華はこんなこと言うし。

「また冷蔵庫でも賭ける気か」

 目線だけ上げたから、ちょっと恨めしそうに見えたかもしれない。

 でも玲華はなにも気にしてないというふうに返した。

「ううん。あれはなんとかなったわ。お父様と仲直りの印しに戴けることになったの。今度はそうねえ、電子レンジにしようかな」

「おまえあの部屋に住もうとしてないか」

「お風呂と洗濯機がないわ」

 さらりと玲華が食事を続けたまま言う。

 その二つが揃ったら、じゃあ住んでもいいのかよ。

「じゃあ体育祭でいっか目標」

「目標が欲しかったの?」

「今回なにひとつ満足いかなかったからな」

「そうなの?球技大会は不可抗力だと思うけど…ほかには?」

 玲華の手が止まった。真面目に聞いてくる。

「兄貴…止められなかったし。結局犯人も俺が捕まえたわけじゃねえし」

 何度も頭では巡っていたことだったけど、言葉にしたらさらに情けなく思えてきた。

 そんな俺を見つめたまま玲華が真面目な口調を変えずに言った。

「もうひとつまだ結果出てないのがあるわよ」

「なんだよ…」

「あたしを護ってくれるってやつ」

「………………」

「なにその沈黙」

「もうその危険はないと思うけど…」

 玲華が隠そうともせずに、おもいっきり嫌な顔をした。

「そういうことじゃなくない?」

「………………。じゃあおまえ大人しく護られてる?」

「………………」

「………………」

 俺の切り返しで玲華が絶句した。

 やれやれ、だ。

 俺は次に玲華がなにか言うまでなにも言わねえぞって、変な意地を持ちながら炒飯を食べた。玲華がそれを見ていたのがわかる。そして動かないまま口を開いた。

「とりあえずさ、一緒に体育祭頑張ろっか」

「おう」

 短く答えると玲華も食事を再開した。

 体育祭ってそんなに力むものだっただろうか。よく考えたらリレーぐらいしか、見せ場もなかったような気がする。

 でもまあ、玲華の優勝したいって希望を助けるのも悪くない。注目されたくてやるわけではないのだから。

「午後からなんだけど、病院行かない?」

 また突然そんなことを玲華が切り出すもんだから、俺を口の中のものを全部吹き出しそうになった。 無理矢理呑み込んでから、少し咳き込んで喉の調子を整える。

「知ってんだろ」

 父親の拒絶を知ったうえで言ってるって、本当は分かっていたけど、なんでそんなことを言うのか理由が解らない。

「先週末世羅がお兄様のお見舞いに行ったんだって。もうすごく元気だったって」

 そうか。

 俺には様子がわかる手段がなにもなかったから、こんな伝わり方でもホッとする。

 ちゃんと世羅が行ってくれてたんだ。

 なんかそれも嬉しかった。別に俺が行かなくても、ちゃんと見てくれてる人がいるんだ。

「じゃあわざわざ行かなくても…」

「余計に行かなきゃだめよ!」

 玲華が力説する。

「だって元気があるときの病院が一番暇なのよ」

 妙に納得してしまう言い方だった。 俺は入院なんかはしたことないけど、時間を持て余しそうなことは理解していた。

 だからといって、父親がまっさらに無視できるわけではない。

「そんなにお父様が気になる?」

「そりゃあ…」

「大丈夫よ。あんなに広い総合病院なのよ。四六時中ついてるわけでもないし、姿さえ見せなければバレっこないわ」

「あ、そっか…」

 自信満々な玲華の物言いは、いつ聞いても説得力があった。

 それより、なんでそんなことも言われないと俺は分からないんだろう。

「おまえって優等生ってまわりから言われてたけど、そういうわけじゃないんだな」

「ただのいい子って意味ならそうね。当たり前でしょ。別に自分に非がない時まで遠慮してたらバカみたいじゃない?そもそも理不尽な言いつけなんだから」

 堂々と言い放つ。まったく頭が上がらない。

(どうせバカだよ)

 つけ入る隙がなくて、出来ることと言ったら拗ねることぐらいだ。拗ねるならば開き直った方がまだいい。開き直るとときに好転することがあるから。

「それにどうせ今後もお兄様が帰ってくるのはこの家なのよ。お父様だってお母様だってそう。いずれ()()()()()()はくるわ。だったら自分から行ってやりましょうよ」

「そういう局面って?」

「あれから家族でちゃんとした話し合いってしてないでしょ」

 話し合いか。

 まだ少し怖さがある。両親から否定されるという行為を、直接的に与えられると解ってしまっているから、立ち向かうには勇気が要る。

 あの人たちは俺から見捨ててしまえばいい、と頭でいくら思っても…遠い昔にみた焦がれる気持ちはなくならない。

「どう、したらいいんだろうな」

 どう言えば上手くいくんだろう。今まで一度も噛み合ってないわけだから、やり方が解らない。

「悠汰が心を開けばいいのよ」

 まるで子供に教えるように玲華が微笑みながら言った。

「悠汰はまだちゃんと自分の気持ちを伝えてないから。まずはそこからだと思うわ」

 確かにそういう意味では、俺はまだなにもしていない。上手く話しが出来るのか、伝えられるのかまだ自信はない。

 けれど、言わなければならないんだ。今後のためにも。いくら否定されても。

「大丈夫よ。学園内でも誤解してた人がだんだん悠汰のことわかってきてたりするの。だからご両親も絶対解ってくれるわ。絶対大丈夫」

 力付けるように玲華は繰り返した。

(そうかもしれない…)

 すべて玲華の言う通りかもしれない、と思えるようになってきた。

 俺は考えすぎていて、気を張っている。

 それを取り除いて、(つたな)くてもしっかり伝えよう。どうせ上手い言い方なんて知らないんだ。

 なりふり構わずぶつかっていけば、意外となんとかなるような気がする。

(それに玲華がいるから)

 否定的じゃない人が隣に要る。それだけで、何倍にも何十倍にも前に進む力が湧いてくるようだった。

「じゃあ行くか、一緒に」

 俺がそう言ったら、なぜだか玲華はすごく嬉しそうな顔で笑った。

 きっと玲華には一生敵わないんだと思う。

 だけど、それがまったく嫌じゃない自分がそこにはいた。


  苦しくても明日はくるから

  大丈夫だから 悲しまないで

  顔をあげて 一緒にいこう

  Will you go together in tomorrow?

  永久(とわ)に 隣りで笑うから


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