第三章 ・・・ 6
「また君か」
報告を受けた池田が、他の刑事たちと現場に到着して、まず初めに発した言葉はこれだった。
もちろん俺を見て。
今回は殺人事件があったわけではなく、犯人検挙に結果繋がったということで、前回より早く解放された。
世羅を見張ってた刑事もいた。池田に何やら耳打ちしていて、遠目だったけど確かにコイツだと確信した。ここにいるってことは、尾行は終わったのか…もしくは巻かれたか、だな。
一番逃げたがっていた久保田は、顔見知りの刑事がいたみたいで、その人――いかにも威厳がありそうな感じで、池田より偉い人のようだった――から、なんか………叱られていた。また首突っ込んで!って…。良いことしたはずなのに、ちょっと悲惨。
警察署から出る頃には夜も更けていた。
今回は久保田が送るってこともあったのか、親とかは呼ばれなかった。玲華は家に電話を入れてたけど。
「帰りたくないな…」
またしてもそう思う。決心したはずなのに、いざ家へって考えると帰りたくない要素がふんだんにあった。まず出方からして強引で最悪だったし、まだ謹慎中なはずだから、また閉じ籠らないといけない。それに兄貴には会いたくないし…。
玲華の運転手、眞鍋さんを一緒に待ってる間、俺はチラリと久保田を見た。
ウンザリしたようにヤツは切り返す。
「またそれか?」
「前は今日は帰れって言ったから、他の日だったらいいんじゃねえの?」
「イヤなこと覚えてるな。そんな意味じゃない。揚げ足とるな。今日も帰れ」
「だったらウチ来るー?」
楽観的に玲華が間に入ってきた。
「いや…さすがにそれはちょっと……」
これ以上迷惑かけられない気持ちがあって、さすがにそれには断る。
「ふーんだ、つまんない」
「っていうか君は女の子だろう。気軽に男を家に呼ぶな」
「やだー久保田さんって、意外とオッサンくさい」
「おっ………」
やっぱり玲華には誰も敵わないのか。久保田は一瞬だけ怯んでた。
「だいたい、オレは君に言ったと思うが?事件に関わるなと。その結果がこれだ」
「そんな話してたのか?」
聞き捨てならなくて俺は顔をしかめる。
「いいじゃない。一個解決してるじゃない。そうよ、そんなハナシしに来たのよ、この人」
「オレがいなかったらどうなってたと思ってるんだ!」
久保田が本気で怒鳴ると、さすがに玲華も黙った。変わりに俺が言う。
「でもいたから、おまえ。ちゃんと護ってくれた。助かった、マジで。ありがとう」
素直な気持ちだった。久保田がいなかったら、確かに今ごろどうなっていたか分からない。
玲華が傷ついていたかもしれない。それを避けれただけで、感謝したかったんだ。久保田に。
「いや…仕事だから……」
なぜか久保田が動揺したような声を出した。そんなに意外性があったのだろうか。素直な俺……。
「まったく、聞いてられないわね。それより今晩のことだけど、ウチがダメならビデんちならどう?頼んでみるけど」
「行きたい!」
ナイスアイデアだ。俺は即答した。希望の光が射し込んだ気がした。秀和なら気兼ねなく一瞬にいれそうだ。あいつの方が気を遣いすぎるキライがあるけど。
「駄目だろう。家族に心配かけるのか?」
「おまえはいつもそう言うよな!あんなん家族じゃねえよ!」
「まぁまぁ、落ち着いて悠汰。久保田さんにも大人の事情があんのよ。子どもは子ども同士、勝手にしましょ」
「そんな話を横でされて見逃せるか!」
「しょうがないじゃない。あたしはあんな家にもう一度悠汰を帰すなんて真似はできないわ」
「あんな家でもコイツの家だ。いつまでも逃げれるもんじゃねえ」
「あのさ、本人無視してウチのことで口論するってどうかと思うんだけど…」
かなり複雑な気分に陥る。まー…、他人にあんな家呼ばわりされても仕方がない家だけど。
(あれっ?)
「っていうかおまえ母親の手先だろ?あんな家とか言っていいんだ?」
「手先って…。依頼者だ。間違えるな」
心底カンベンって頭を抱えていた。また、あれ?って思った。
ちょっと俺が想像してたのと違う。確かに依頼者なのは聞いていたけど、それ以上の動きをしてたじゃないか。告げ口とか。
「母親の依頼って俺を護るってことだけ?」
それならチクる必要ないだろ。
すると一瞬久保田の視線が泳いだ。それから、ホントは守秘義務があるんだけど、と前置きして言った。
「護るうえで、見たこと聞いたことは全部報告することになってんだよ」
「やっぱり手先じゃない」
俺より早く、玲華が冷たく言い放つ。
だけど俺は分かっていたことで、いまさらながら呆れた。呆れすぎて悲しかった。
「あの女…いっつもそうなんだ。咲田さんとか周りの人間を使っていつも俺を見張ってる。中学の時は教師の一人を買収していた。それでいつも、なにかあったときだけ家に帰るんだ」
事件を目撃した日は外せない用事があったのか、珍しく帰らなかったけど変わりに久保田を雇うし。
「もう、なに考えてんのかさっぱりわかんねえ」
「なんでって訊いてみなかったの?訴えたことはなかったの?やめろって…」
「最初は、あった。でも“あんたの為よ”って一蹴されて終わり」
「そこで終わりにしないでよ」
玲華が抑えた声で、でもとても厳しいことを言った。玲華なら、俺の親とでも渡り合えそうだ。見たくないけど。
出来ていたら苦労してない。
「とにかく、問題はそこだな。悠汰が言い返せれば一番良いんだ」
久保田がこれまた簡単に結論を言う。
「とりあえず明日は休みだしさ、タキシードのまま帰るわけに行かないんじゃない?服はあげるつもりだったけど」
そうなのだ。そのまま警察に来たから、まだこんな格好のままだった。玲華もドレスだ。
肩が寒そうだったから、今は俺が着てた上着を羽織っている。掛けてやった、というより奪い取られたんだけど。
「え?いらねえよ」
「一着ぐらい持ってても損はしないわよ」
「っていうか…なんかいろいろ貰いすぎてるっていうか…」
飯も食わせて貰ったし、参加費だって払って貰ったし…。貰いすぎて返せてない。特に玲華には。形のないものも合わせて…。
そんな俺を見て、久保田がニヤニヤ笑いながら言った。
「遠慮すんなよ。未来のダンナになるなら、こういうパーティーにもっと出ないといけなくなるぜ」
「ちょっとあんた!なに下品なこと言ってんの?信じらんない!」
真っ赤な顔をして、立ち上がって玲華が叫んだ。先に玲華に叫ばれて、俺は少し出鼻をくじかれた。
「君たち…うるさい!ここは家のリビングじゃなくて警察署!」
突然池田の声が後ろからした。通りかかったついでに叱ったようだ。
事情聴取が終わったあと、受付のある一階のソファがあるところで待たせてもらっていたのだ。
そのまま池田はまたどこかへ行こうとする。俺は声をかけたくなったが躊躇われた。
「悪い」
二人に断ってから池田を追った。
玲華には聞かれたくない話だったから、二人からは見えない位置で池田を呼び止めた。
「ちょっと待てよ」
「どうした?」
「あんたの相棒か部下か知らないけど、アイツなんで世羅を見張ってたんだ?」
単刀直入に訊くと、池田は少し困った顔をした。
「あいつ、まだまだだな。こんな少年に見つかるとは」
「疑ってんだろ、世羅のこと」
「君は訊いてばかりだな。教えられないと前にも言っただろう」
「世羅だけアリバイがないって本当?」
「探偵の真似事か?だったら他を当たれ」
やはりダメか。あっさり門前払いを食らった気分だ。
「じゃあ、兄貴はいつから世羅と会ってんだ?それならいいだろ?」
「まったく…」
池田はまいった顔をしながら頭を掻いた。それから仕方がないというように息を吐く。
「二週間くらい前から確認している。見かけたのは今日で二度目だった」
二週間前…。短いのか長いのか微妙で、複雑な感情になる。
「気づかなかったのか?」
「ああ…。兄貴とはあまり家でも会わないから」
「では普段との変化も分からないか?」
「変化って…?」
「いつもより苛立ってるとか、なにかソワソワしてたとか。なんでもいい、小さな変化だ」
「そんなの…」
気づくと俺が質問されていた。タダでは転ばない感じが不愉快になる。
(でも結局、俺はわからないとしか言えないんだ…)
(俺にわかることってなんだ、なにがある?)
「もっと注意深く周りを見るようにすべきだな。確かに見ないことは楽だ。なにも知らなければ傷つかなくて済む。だけどそのうち大切なことも見落とすぞ」
穏やかな声で、かなり本気で叱責された。
わかってるよ、そんなこと。そう返したかったけど、また頭だけで実感できてなかったら嫌だから、言わなかった。
大切なことってなんだ、って思った時点で解ってないってことだ。
「神崎君にはもっといろんな人と話し合いをすることを勧めるよ。最初はムカつくかもしれない。感情にまかせて怒鳴るかもしれない。だけど根気よく、相手の意見がわかるまで話し合うんだ」
なぜいま、そんなことを言うのか分からない。だけど大事なことを話してるのは分かったから、ただ黙って聞いていた。
「特に今は兄と話してみるといい。今の君に一番近い存在だと思うが?」
ふっと笑ってそう助言する。
説教くさいとか、大きなお世話だと以前の俺は思っただろう。でもこのときは、すっと素直に耳に入ってきた。
というよりもただ、兄貴が近い存在ってどういうことかを考えていたんだ。兄弟だからだろうか。
「悠汰、迎えが来たわよ」
玲華が俺を探して呼びに来た。もう世羅の話は終わっていたのに、ギクリとなった。なんの後ろめたさか不明だ。
「じゃあな、頑張れよ神崎君」
忙しかったのかもしれない。池田は俺の返事も待たずに足早に去って行った。髪もボサボサでスーツもよれよれだから、もしかしたらあまり寝てないのかもしれない。
忙しいのに、俺のために時間を少しくれたんだ。やっぱりそういうことを、今頃になって気づく。
「仲いいのね、刑事さんと。前に学園に来たのあの人?」
玲華が池田の後ろ姿を見送りながら言う。そう…、とだけ俺は答えた。
「あ、そうそう。結論でたわよ。今日は探偵事務所に泊まらせてもらうことになったわ」
「は?なんで?」
久保田が許すはずないだろ。
「それからあたしもね」
「だからなんで!?」
ますます分からない。
怪訝に思ってる俺に、玲華は悪巧みをするような笑みを浮かべた。あまり良い予感のする笑顔じゃない。
「だって、これからの作戦会議するんだもん。必要でしょ?対策」
「だもん…って、おい」
「あーでも、祥子さん?って人の家が近いらしいから、あたしはそっちに泊まらせてもらうことになったけど。残念ね悠汰くん」
「ばっ!だれがっ!」
「だからね、とりあえず悠汰は久保田さんと帰って。あたしは一旦帰って着替えて行くから。悠汰の服も持って行くわ」
なんか楽しそう。楽しそうに玲華は話を先に進めていた。
俺の青くなったり赤くなったりする反応はすべて無視の方向で!
「ちょっと待てって。そんなこと理事長が許すのか?」
突然の娘の外泊なんて、とてもじゃないがあの親バカ加減では耐えられないんじゃないか。俺の頭に、玲華を相手にしている情けないときの理事長の顔が浮かんだ。
「あれ?言ってなかった?今日お父様はお母様と一緒に実家なのよ。あ、お父様の実家ね」
だからパーティ欠席だったんだけど、言わなかったかしら?と、もう一度玲華は付け足した。
聞いてない。っていうか不思議とそんな話の流れにはならなかったのだ。
「まー、いたとしても女性の家に泊まるのよ、なにか問題ある?世羅んち泊まるのと変わらないわ」
堂々とした迫力で玲華は言い放つ。まー、そうなんだろうけど。
「でもよくアイツが許したな。俺がいくら頼んでもダメだったのに」
泊まることもそうだが、作戦会議だってそうだ。事件のことに関しては関係ないってスタンスだったのに。
「悠汰は正攻法で頼むから断られたのよ。あたしもまえ、それでいったらダメだったわ」
一旦言葉を切って、玲華が不敵に笑った。至極楽しそうに、まるで史上最強の武器を手に入れたみたいに。
「いい?悠汰、真っ直ぐなのも良いけど覚えておくといいわ。この世には“奥の手”ってものがあるのよ」
一応知っていたけど。そんな言い方するもんだから、覚えたくねえよ!と強く反論したくなった。
代わりに久保田に少し憐れみを覚えた。それはさすがに口にはできない。
* * *
玲華の言う通り、久保田はまた事務所に連れていってくれた。
その間、なんで引き受けたのか、いくら質問しても答えてはくれなかった。
「どうでもいいだろう?お望み通り帰らなくていいんだから」
と、仏頂面で言われたのだ。拗ねているようだ。
事務所に着くと祥子さんがいた。久保田が遅くなるときは、キリの良い時間で先に帰るらしい。今日は一度帰って、再び呼ばれたようだ。
「お腹空いてませんか?お弁当買ってきましょうか?」
祥子さんは俺たちを見るや否やそう言った。玲華も祥子さんも、女性が気にするのはまず食のことのようだ。言われるまで、腹がへってることなんてすっかり忘れていた。パーティではそんなに食べれなかったし。
「そういやオレも食ってない。じゃあ適当にコレで」
「適当が一番困るんですけどね」
久保田が財布を渡すと、受け取りながら祥子さんが苦笑した。
そしたら久保田が矛先を俺に向けてくる。
「おまえなに食いたい?」
「なんでもいい…」
「なんでもイイが一番困るんだよ」
「自分が言われたからって俺に当たるなよ!」
オトナの汚い部分を見た気がした。
「じゃあ適当に買ってきますけど、文句言わないでくださいね」
そう釘を刺して祥子さんは出て行く。
そしたらしばらく妙な空気が流れた。なんか気まずい。
車の中では気にならなかったのに。室内が静かすぎるからかもしれない。
向こうもそう思ったみたいで、ひとつ咳払いをしてから口を開いた。
「悪かったな。手荒な真似して」
「なに?いきなり…」
「悠汰が母親と家ん中入っていくとき、そう思ったんだよ」
実は、久保田も辛かったんだ。思いもよらないことだった。
でもそれを信じたら、俺の為にしたんだってことがわかった。母親の依頼のためじゃなく、俺のため。
「もういい。ホントのことだしな」
―――根本的なことを解決しないとなんにもならない。
久保田が言ったことが頭を巡る。
今日は解決法も教えてもらった気がした。久保田に玲華に、それから池田に。言い返せと、話し合えと。
あとは俺自身の問題だ。
「立ち向かえるのか?いつか…」
勇気が持てるのだろうか。母親と兄貴と父親の三人。
特に父親には、姿を目にしただけで息が詰まりそうになるのに。
「立ち向かえるさ。いまのおまえを見てたら、とくにそう思うよ。成長期だろう?」
あんまりこういう場合、成長期の言葉は意味が違うような気がするんだけど。
ま、いっか。今はこれで。
「嬉しかったら素直に笑えよ。いますっげえ変なカオしてんぞ」
「うっせえ!」
やっぱりこんなヤツに感謝すんじゃなかった!
しばらくしてから事務所の扉が開いた。
目線を移すと、祥子さんが某有名なお弁当屋の袋を持って帰ってきた。後ろには玲華もいる。
「下で一緒になったんです」
「お邪魔しまーす。へえ意外とマトモな事務所じゃない」
やはり女性が加わると一気に華やかになる。玲華はジーンズにTシャツというラフな格好で、イメージが百八十度変わった。こういう格好もするんだ。
それから、まずは腹ごしらえだという話になり、祥子さんが買ってきたお弁当を広げた。
そんなことだと思った!って言って、玲華も自宅からタッパーにサラダやらお惣菜を持ってきていた。
なんか庶民的。たぶん中身はあのお抱えシェフが作ったものだろうけど。
長椅子に俺と久保田が座り、向かいに玲華と祥子さんが一人掛け用のソファに座った。
「もう食えねえ…」
いち早く根を上げ、つい食べすぎて俺はソファに寄りかかる。動けなくなるほど食べたのは久しぶりだった。いつもは途中で飽きてしまう。食べるのが億劫になるのだ。
(なんで今日は…)
たぶん楽しいから。人と食事をして楽しかったからだ。
「情けないな。全然食ってないじゃないか。あっ信じらんねえ、コイツ唐揚げ一個残してる。メインは食えよ」
「そうよ、お昼も残してたし。育ち盛りなんだからちゃんと食べないと。とくに野菜をいっぱいね」
「胃が小さいんですね。大丈夫、毎回お腹いっぱい食べてたら大きくなるんですよ、胃って」
三人に一斉に責められて俺はゲンナリした。
ちゃんと食えなんて、親にも言われたことない。それどころか、もう何年も一緒に食べてないけど。
いつもは咲田さんが作ったのを、一人で温めて食うだけだ。残しても誰もなにも言わない。
「うっせえ。食えねえもんは食えねえよ」
ボソボソ抵抗してみたが、もう三人は食事を続けていた。楽しそうに、軽口を叩くような会話をしながら。
俺はそれをぼんやり眺めていた。
慣れていない光景。こんな大勢で食事をすることが、現実味がない。遠い位置にある。
(なんか…ヘンな感じ……)
パーティのときの食事とか、学食の空間まで行くと、逆に極端すぎてこんな気持ちにはならない。
こういうのが普通の家庭の食事?こいつらは家族じゃないけど。
うんと小さい頃、家族揃って食事をするときが少ないけれど確かにあった。でもこんなに笑い声とか雑談みたいな会話は、なかったように記憶してる。
「あ、ねえ悠汰。プリン食べない?」
いきなり話を振られてすごくびっくりした。
ぼうっとしすぎたらしい。反応が遅れた。
「いらない。……いや…やっぱ食う…」
「どっちよ。いま油断してたでしょ」
軽く笑いながら玲華が俺の前にプリンを置いた。三個で一パックのやつじゃなくて、デパートの地下とかじゃないと買えなさそうなやつ。玲華が持ってきたらしい。
「ありがとう…」
「うわっ悠汰が素直っ」
「どうした?食いすぎで熱出たか?」
「先生、あり得ませんソレ」
ぼんやりしたまま礼を言ったら、すごく失礼な扱いをされた。ちくしょー。
ムカつきながらプリンを口に入れると、意外と旨かった。それはそれでなんか悔しい。
「じゃなくて、作戦会議はどうしたんだよ」
どん!とテーブルを叩いて話を無理やり変えた。
自分の気持ちを切り替えるため、と話が逸れすぎだと思ったから。早く先を定めたい気持ちもあったと思う。
「そういえばそんな話だったな」
「おい…」
「いまさら降りたなんて言わせないわよ」
今度は玲華が俺側について久保田に先制攻撃を食らわす。
「わかってるよ。考えればいいんだろ」
「もうあんじゃないの、作戦」
「マジで?なんだよソレ」
「やっぱり調べてたみたいよ、この人」
「ひでえ…。あんだけ俺に説教じみたこと言っといて」
「おまえらな…勝手に話を進めんな」
久保田はテーブルに肘をついて頭を抱えていた。横目で同情の余地なしというふうに玲華がチラリと見る。
だけど祥子さんがお弁当の殻とか片付けだして、焦りながらあたしもやりますって言っていた。
「大丈夫大丈夫。玲華さんはお話ししていてください」
にっこり祥子さんに微笑みかけられて、玲華はすみませんと言って座り直す。
なんというか、同性には殊勝な態度だ。
なぜ祥子さんより歳上の久保田には容赦がないんだろう?俺にはともかく…。
「まず久保田さんが知っている情報、全部教えてもらえる?」
「………君はどこまで知ってるんだ?」
「ダメよ。あなたが先。伝える内容コントロールされたらたまらないもの」
俺が池田と話しているとき、二人はどんなやり取りを交わしたんだろう。とりあえず玲華が優位に立ってるのだけは分かった。
「警察が握ってる情報はだいたいな。それから、浅霧世羅と神崎惣一のことについて調査中だった」
兄貴の名前のところで俺を見る。驚いたけど、ショックな感じはなかった。
あーやっぱりって感じ。だから久保田も気にしなくていい、と思う。
そんなことより嫌な会話の流れに警戒する。
「それで?怪しい人はいないの?」
「まだ分からない、と言ったところか。動機、とまではいかないが、浅霧邦春がとりあえず一番仲が悪かったらしい……」
「邦春様は世羅の義父ね」
玲華が俺に向かってフォローを入れる。そういえば挨拶はしたけど、名前まで聞いてなかった。
そんなことより、この流れは………。
「一見アリバイがない浅霧世羅が怪しいが……」
「あのさあ!」
それは待て、と思って口を挟む。
なに?っていう感じで二人に見られた。だけど無計画に突っ込んだもんだから、次の言葉が出ない。
「えーと…」
「案がないなら黙ってろ」
途中で止められて不愉快そうに久保田が言った。
「世羅以外の人にはどんなアリバイがあるの?あんな時間にみんなアリバイあるなんて逆に怪しいわよ」
あっさり、あまりにあっさり玲華が言うもんだから、また俺はソファにもたれかかった。
全身の力が抜けるのを感じる。
信じられない…やっぱり知ってたんだ。
(俺の葛藤はいったい…)
「どうしたの?マヌケな顔して」
「なんでもねえ」
なるべく心情を読まれないように低く答える。
「あー、もしかしてバルコニーで言えなかったの、ソレ?」
(あっさり読むな!)
バカみたい。自分があまりにアホみたいで、情けない。
「それであたしのこと心配してくれたんだよね?ありがと」
俺はなにも言ってないのに、玲華はなぜか断定して微笑んだ。
「あー…まあ……」
「……続けていいか?…」
反応に迷っていると、また不愉快そうに俺を見て久保田が言う。
いつの間にか片付けを終えた祥子さんが、それを見守るような優しい笑みでちょこんと久保田の前に座った。
「確かに、家族の証言だけだとアリバイとしては弱い。だがそれぞれ、使用人が姿を確認している」
久保田は言いながら立ち上がり、事務机からプリンター用のA4サイズの紙と、ペンを持ってきた。
テーブルに紙を広げ、一人一人の名前を書き出す。わかりやすく浅霧の一族の家系図を書いていた。世羅の母親は美希子。邦春と美希子との間の男の子は陽希という名前らしい。
「あの日浅霧家は家族会議を開いていたと証言してる。だから皆、功男氏の邸宅に集まっていたんだ。それは使用人全員が見てる。お酒も軽く酌み交わし、終わったのは深夜一時すぎ頃」
功男氏というところで、功男の名前を大きく丸で囲み、それから家系図より右上に、『梶剛志殺害時刻AM2:48』と追記した。 そういえばそんな時間だった。
「それからは誰も出た形跡がない」
「世羅は?」
「彼女は一人離れに住んでいる。会議は大人のみだったから当然いない」
「離れ?」
「功男様の邸宅に世羅たち親子も住んでるんだけど、世羅用の離れが同じ敷地内にあるの。離れって言ってもキッチンあるし電気コンロもあって、ほとんど世羅はそこにいて毎日家族と顔を会わせることはないみたい」
説明しながら玲華の顔が曇った。
なんか本当に世羅だけが追いやられてるみたいに感じる。この家系図だって、世羅の入る余地がない。
「他の従兄弟たちは皆成人しているからその場にいたし、陽希君を覗けば世羅嬢にだけアリバイがないことになる。そして梶氏はその家族会議が始まるより前に、浅霧邸を後にしている。運転手だから仕事は早く終わったようだ」
「それより前?あのとき、帰りだったんじゃないのか?」
ふと疑問に感じて声に出す。そして池田が何と言っていたか思い出した。
あの辺りに梶さんの自宅があった………ということしか聞いてない。
(固定概念で帰りだと思っていたんだ)
「違う。午後十時頃に功男氏を家まで送り届けて、そのまま帰ったらしい。それからの足取りはわかっていないが、人と会っていた可能性がある」
何の心の変化なのか、あんなに拒んでいたのに、一度話始めると久保田は止まらなかった。こうなったら洗いざらい喋ってやる、とでも思っているのかもしれない。
「警察が押収した梶氏の手帳から、ここ数ヶ月で頻繁に逢うようになった人物がいることが判明している」
「その人が怪しいわね」
じっくり用紙を凝視しながら、玲華がやっと口を挟んだ。
「とりあえずその人が誰かを突き止めれば、先が見えてくるわ」
「さすがだな。オレも調べるならそこからだと思っていた」
久保田が感嘆の声を上げた。
自分だけが置いてきぼりを食らった気分がして、焦燥感を感じる。
「なんでだよ。たまたま知り合って会ってただけかもしんねえじゃん」
「功男様の運転手をしていれば、とてもじゃないけど、時間をつくって誰かに会う余裕ってなかなかないの」
「朝迎えに行く時間はある程度決まっていたが、終わる時間はまちまちだったようだな。しかもイレギュラーでいきなり呼ばれることも多かったらしい」
「梶さんは真面目で柔和な人だったわ。確かにあたしたちの知らない一面があったかどうか、聞かれれば否定は出来ない。でもあの仕事には誇りをもたれていた。予定を立てても、功男様が来いと言ったら駆けつけるでしょうね」
二人がかりで説明される。
「なるほどな、そうまでして会わなきゃいけない人物か…」
「怪しいだろう?彼は妻子もちで身が固いことは周囲の人が認めている。ただの逢い引きってわけでもなさそうだし」
「手帳には書いてなかったわけ?名前とかヒントは」
「名前あったら苦労はしないわよー。でも会ってた人が同一って証明ならあるわ」
玲華が腕を組ながら難しい顔をした。その向かい側で久保田も同じように頷いてる。
一体感を持っているようだ。
「スケジュール帳には時間と、その下に大文字のRという文字が書いてあったそうよ。場所までは記してなかったから、なかなか相手が割れないのね」
「Rねえ…。アールアール…、ラ…リ、ル、レ………玲華!」
ブツブツ呟いてみるとポンっと閃いて、つい本人に向かって指差してしまった。そしたら玲華に思いっきり睨まれた。
「ちょっと!ぶん殴るわよ!」
「わ、わりい……つい…」
そこらの輩より怖いかもしれない…。なまじ美人だから迫力が加わってさらに恐ろしい。
「まったくもうー、バカなんだから」
「他にアールのつく人いねえの?」
話を変える方が利口だ、と思って久保田に話を振る。
「さあな。まだイニシャルだと決まったわけでもないからな」
「このRが殺された日にも載ってたってわけ?」
「そうだ。なかなか賢いじゃないか悠汰」
「バカにすんな!」
久保田にニヤニヤ笑われて、俺は条件反射みたいにキレた。こいつのこういうところは嫌いだ。
「でも、だったらなんで警察はそこ調べないで世羅を追ってるんだろう?」
「調べてると思うわよ。同時進行してるんだと思う」
「唯一のヒントだからな」
俺の疑問に二人がまた答える。
「あのさー、ずっと不思議だったんだけど、二人ともなんでそんなに詳しいんだ?」
まるで近くで聞いていたみたいに、警察の情報をいとも簡単にスラスラ喋っている。
一瞬その二人は顔を見合わせた。それから気まずいように逸らす。
なんだよ、と続けて畳み掛けようとしたところで、先に久保田が片手をヒラヒラ振って言った。
「ちょっと失礼しますって覗いて見ただけだ。チラ見チラ見」
「はあ?」
「あれよ」
玲華が視線だけで促す。その先には俺の部屋にあるのより最新のパソコンがあった。
要は回路に侵入して情報を盗み見したということだ。なにがチラ見だよ。
(コイツら…そんなところで共通点もってたのか…)
「大丈夫かよ?んなことして」
「見るだけならな。オレはともかく玲華嬢はヤバイ」
ふと久保田が玲華に真面目な顔を向けた。真面目…というか、眼光が鋭くなったというか…。
「なんといっても、このオレの中にまで入ってくるんだもんなー」
「妙な言い方しないでよ!」
全身の毛を逆立たせて玲華が非難した。
つまり、玲華は久保田の端末にハッキングしたということか。
「なにやってんだよ、おまえら…」
「馬鹿野郎、今どきチマチマ張り込みとか聴き込みなんて地味で大変なことは、警察にやらせとけばいいんだよ!オレには時間もなかったしな」
「そうよ、あたしたちはイロイロ日常が忙しくて、そんな暇でうだつの上がらないこと出来ないわ!でもあの人たちにはそれが日常で仕事なのよ!」
「同感だが、君のは卑怯だぞ!人の弱味につけこんで!あまつ脅すなんてな!クラッカーじゃないか」
「なにいってんのよ!久保田さんが意味深なこと言って、逃げるからいけないんじゃない!おまけにガードが硬くて肝心なところが見えやしない」
二人は揃って、堂々と俺に言い訳をしていたが、気がつくといつの間にかそれは言い合いに変わっていた。玲華の言葉に、久保田がやられたって顔をして横で頭を抱えている。
「全部見たような口振りだったじゃないか…それでオレは…」
「いまさら後悔しても遅いわ。だいたい読めてきたしね」
「なんの話か教えろよ」
いい加減、間に入るのもウンザリしてくるが、こんな久保田は滅多に見れないから気になった。
「いい、おまえは気にすんな」
「そうね、とりあえず今後のことを決めましょう」
だけど二人とも、また協定を結んで話を逸らす。
なんなんだよ、まったく。俺が除け者にされてる気分だ。
一人で不満そうにしていたら、斜め向かい側から祥子さんが天使のような無垢な微笑みを俺に向けた。
「大丈夫ですよ。わたしも意味がまったくわかりません」
そういう慰めはなんか違う気がする。祥子さんは天然なんだ、と思った。




