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第二章 ・・・ 6

 引きこもりとか、ニートとかの気持ちが俺にはわからない。パソコンでゲームをしても半日で飽きたし、部屋にある本はすでに読み終わってるし…。

 まだ謹慎一日目だというのに、すでに時間をもて余していた。部屋にいてもすることがないのだ。

 いろんなところが痛むせいか、あまり眠れないし。

(今頃…なにやってんだろ?)

 暇になるとどうしても……どうでも良いこととか、どうでも良くないこととか、さまざまなことが頭を巡る。

 球技大会に対する想いは複雑だった。最初は億劫で面倒くさくて……たぶん玲華にあそこまで言われなければ、体育のときのように手を抜いて適当にやっただろう。

 だけど逃げないと決めてから、いつの間にか目標にしていたんだ。壁を乗り越えるための手段のひとつ。勝敗はともかく、全力でやって過呼吸が出ずに満足いく内容だったら、ひとつ階段を登れるような、そんな気がしていた。

(やりたくなってたんだ。……出たかった…)

 今さら、昨日遭ったことを後悔なんてしない。もう一度同じ場面がきたら、やっぱり俺は逃げずに喧嘩してたと思う。

 ―――ただ、出たかった。

 それだけだ。誰かを怨むつもりはない。

 それが叶わないものとわかったら、残っているものは……。

(事件解決だ)

 俺は咲田さんが買い物に出掛ける時間帯――夕方四時くらい――を待って、下から電話の子機を部屋に持ち込んだ。

 咲田さんはいつもは午後くらいからきて、家事を一通りして帰っていく。だけど今日からは十時から来るように母親に言われていた。

 俺を見張るためだと思う。

 咲田さんといい、今回の久保田といい…母親は他人を介してまでも俺を見張ってる。なにがそんなに信用できないのかわからないが、嫌になる。

(じゃなくて!)

 また暗くなっている頭を振って、俺は学生鞄から紙切れを取り出した。入れっぱなしになっていた。

 この紙を貰ったときはかけるつもりはなかったし、一度は()てようとした。だけど…。

(探偵がダメなら刑事しか残ってないだろ)

 俺は書いてある数字を、間違えないように確かめながら、慎重に押していった。受話器を耳に押し当て、コールをなんとなく数えていた。

(…サン…シィ…ゴ………おい…)

 何回鳴っても出ない…。もしかして出ないつもりか?

 忙しいのかも、とやっと俺は思った。変な話だが、なぜだか俺は刑事が出ないことをまったく考えてなかったのだ。

(かけろっつったのに!)

 つい八つ当たりで、紙切れをぐしゃぐしゃにしてゴミ箱に投げつけると、コールはそのまま留守電に変わった。紙切れが、ゴミ箱の縁に当たり入らなかったのが見えた。次に聴こえた甲高い発信音が、とくに耳障りに感じる。

「携帯電話に出なくてなにが携帯だ!言っとくけど折り返すなよ!迷惑だ!」

 自分で思うより苛ついた声が出て、少しばかり唖然とする。

 折り返してほしくないのは本当だった。変なタイミングでかかってきたら(たま)らない。例えば咲田さんが取ったら、取り次いでもらえないか、もしくは取り次いでくれても確実に母親まで報告がいく。最悪、こっそり親機で内容を聞かれるかもしれない。

 とりあえず子機を戻そうかと立ち上がったときだった。

 電話がかかってきた。家中に鳴り響く呼び出し音にビクリと一度震えた。

 なぜか慌てる。

 普段あまり電話に出ないから、出慣れてないからかもしれない。慌てながら、先ほど捨てきれなかった紙切れを拾って伸ばした。子機に光っているディスプレイの番号と照合する。

 間違いない、刑事からだった。

 その確認だけして、やっぱり俺は慌てながらボタンを押した。

「折り返すなっつったろ!」

 もしもしとか何も言わずにいきなり怒鳴る。

 ……違う。こんなことが言いたいんじゃないのに。本当はかかってきて良かったって思ったのに。

 自分のガキすぎる対応に嫌気がさして、ベッドに座りながら頭を抱えた。

「どうした?なにかあったのか?」

 耳に聞き覚えのある刑事の……池田浩一郎の声がした。心配するような優しい声音だった。

 最低だ。こんな甘え方。

 そうだ俺は甘えてるんだ、と気づいた。妙に感傷的な気分に陥ってしまうこの部屋で、なんとか外と繋がろうとしただけなんだ。消去法で池田になっただけで……。事件のことを聞きたいとか、確かにそれも紛れもない理由だけど。

「神崎君だろう?俺の携帯にあんなタンカ切れるのは君くらいだ」

 沈黙が不自然に続いてしまうと、受話器の向こうで軽く笑う声がした。そういえば名乗ってない。

「そうだよ!忙しいならかけ直さなくて良かったのに」

 また意地を張るようなことを言ってしまう。

「大丈夫だ。いま区切りがついた。……なにか思い出したのか?」

 ああ、そうだ。池田は、思い出したことがあったら電話しろと言ったんだ。

 仕方なく、言うつもりもなかったことを答えた。本当はもっと前に思い出したことだった。

「ボタン…」

「ああ、あの日落ちてた……君のボタンか…」

「そう。あれが落ちた原因、思い出した」

 最近ぶり返したように呼吸が苦しくなる。そのきっかけは、あの事件を目撃してからだったんだ。再び、あの場所に立っただけで過呼吸になるくらいだから、当日もやはり過呼吸になっていた。

 あの、いまでも忘れられない、あの眼を見てからだ。あの眼がそうさせた。引き金となった。あまりの苦しさからシャツを握りしめて、そのときボタンが飛んだのだ。俺は池田にそのことを話す。これで思い出すべきことは何もない。もう掛けられない。

「眼?彼の眼を見たのか?彼はうつ伏せに倒れていたんだぞ。()()()()()見たんだ?」

 しかし池田はさらに突っ込んできた。

 ―――どうやって…?

 考えもしなかった部分だった。確かに梶さんがうつ伏せに倒れていたのは俺も知ってる。見て知ってる。

(顔を覗き込んだ?)

 いや、違う。

 ふと浮かんだ可能性はどうしてもしっくりこなかった。

「次の課題だな」

 また黙り込んだ俺に、やはり穏やかに池田は言った。あまり前のときのような聞き出す感じがない。

 なんか変だ、と思った。

 その違いはおそらくすでに俺が疑われてないから。もしかしたら、着々と捜査は続いていて公にしてない情報を掴んでいるのかもしれない。

「なあ、あれから犯人のメボシってついてんの?」

「答えられない」

 短い拒絶。期待をもたせないように厳しい。

 池田は事件、いやおそらく仕事のことになると厳しくなるんだ。厳しさを持たないと出来ない仕事なのかもしれない。だからといって、俺も譲る気はなかった。

「じゃあ答えられること教えて。なんでもいいから」

「ニュースでも見ろよ」

「見てる。つーか対した情報ないし…最近ニュースでもやんねえじゃんかよ」

 梶さんが通り魔ではないことも流れなければ、あれから新たな被害者も出てなかった。

「だったら諦めろ」

「俺には知る権利があるだろ!」

「なぜ?」

 なぜ?

 疑われたから…第一発見者だから……。

 一瞬なんて答えようか迷った。どれも説得力がないように思える。簡単にかわされそうだ。

「まえは教えてくれただろ?」

()()か…。あれは流れで必要だったから話したんだ」

 ため息混じりに言われて頭にきた。あれは失敗だった、というニュアンスが感じとれた。もう完全に俺は蚊帳の外なんだ。

 疑いが晴れたのなら喜ばしいことのはずだ。おまえの見たことだけが頼りだと、期待をかけられることがなくなるなら、それは俺が望んだことのはずだった。

 なのに…。

「タダとは言わない!俺はまだ警察に話してないことがある!」

 気づいたらこんなハッタリをかましていた。

「あのな……見え見えなんだよ」

 だけどすぐバレた。

 呆れた声が耳に届いて、めちゃくちゃ恥ずかしくなる。うるせえと俺は唸った。

「なにをそんなに必死になっているんだ?最初は俺は関係ないという姿勢だっただろう」

「……………」

 確かに必死だ。俺には必死に足掻くぐらいしか、やり方を知らない。上手い駆け引きの仕方なんて分からない。

「俺は…だから…」

 迷いながら言葉を選んでいると、向こうの空気が変わる。

「すまない。また連絡する」

 やっぱり忙しそうで、そのまま切られそうな雰囲気だった。俺はいまにも切れそうな通話をすがるように叫ぶ。

「待て!一言分ちょっと待って!」

 まだ途切れていなことを耳で感じながら、一番伝えないといけないことを言う。

「本当に折り返しはやめて…ほしい。用があんなら別だけど……フォローとか、そんなつもりならいらないから」

「………わかった」

 一瞬間が空いて、違うことを言おうとしたのを感じた。それがなにかは分からない。だけど本当に急いでいたようで、一言だけで切れた。

 耳に残ったのは虚しいツーツーという不通音。

 遮断された。外と。そんな気分だった。

 それから、子機を返さないと、とぼんやり思った。もとに戻さないと。

 ベッドから立ち上がるだけなのに、いつもの何十倍何百倍の労力を要した。リビングにある親機のところへ戻る。無駄に広い家は、普段はなんとも気にしないのに、一人きりだと階段の軋みさえ大きく響いた。

 リビングへ続く扉を開いて電話を直し、息を潜めるように踵を返す。

「お電話どちらに?」

 目の前に居ないと思っていた咲田さんがいた。ギクッと体が条件反射で強張る。

(なんで?……いつのまに…!)

 咲田さんは光のない冷めた眼でニコリともせず、じろじろと俺を見る。

「帰ってきてたんだ…」

 なんとか誤魔化しながらも、平静さを装いつつ俺の頭はパニックに陥っていた。

 いつから?もしかして聞かれた?どこから?

「ええ。お財布を忘れまして」

 咲田さんはふいと目を逸らすと、再び家から出ていった。

 嘘だ。

 真っ先にそう思った。これから買い物に行くのだとしたなら、わざと俺を泳がせたんだ。だとしたら会話を全部聞かれた。しばらく俺はその場に茫然と立ち尽くしていた。


   * * *


 うあーんうあーんうあーん…。

 泣いている子どもがいる。闇の中でひとり。

 あれは俺だ。小学校三年生のころの俺。

 泣くことで誤魔化していた。すべての感情を表していた。両親に振り向いてもらう手段がわからなくて、泣いたら駆け寄ってくれるかもしれないと思いながら。

 ―――五月蝿いわねえ……なんとかならないかしら。あの子の声。

 ―――おまえが何とかしろよ、母親だろ。

 ―――冗談でしょ、赤ちゃんじゃないのよ。大体あなたが叱りつけるから泣いてるんじゃない。

 ―――俺は言うべきことを言っただけだ。あいつがこんな点取ってくるから。

 だけど2人は俺とは離れた場所で嫌悪感を示しただけだった。責任を押しつけ合いながら。

 そのときの算数のテストの点が九十八点だった。たった一問の間違いも父親は許してくれなかった。常に完璧を求められていたんだ。

 絶望感なんて言葉も意味もわからないまま、更に俺は泣く。嫌な想いを打ち消すように。

 そしたらやっと二人が立ち上がった。

 気配を感じて嬉しくなって振り向いたけれど、二人の顔を見た瞬間……怖くなった。

 決して子供をあやそうという顔じゃなかったから。

 予感は的中した。

 あやす代わりに繰り出されたのは拳。ただ黙らせようとするためだけの、ただひとつの手段。

 それから俺は泣いても無駄だということを悟った。

 発散する術を失ったら、あとは溜め込むだけとなる。簡単な方式。

 やがて鬱積された感情は、呼吸困難という形になって表れる。そう時間はかからなかった。

 ―――ちょっとあなた医者でしょ。()()なんとかしてよ。

 ―――()()は心身症だ。弱い人間がなるものなんだ。別に死にはしないから放っておけばいい。

 ―――なんだ、そうなの?まったく大袈裟ねえ。まあ静かだからいいわ。

 まさに息が吸えないその()()に二人がしていた会話。

 今でも忘れられない。

 惨めだった。苦しかったけどそれよりも、心細さの方が辛かった。いつも重くて、不安な心。吹きさらしで、庇ってくれるものも庇うやり方もわからない。知らなかった。

 それから家にいない日が目立つようになっていき、二人がいないところではあまり()()に陥ることはなくなった。皮肉な話だ。

 だから。

(それでも俺は)

 帰らなくていいよ、もう。今さら俺は道を促されてもその通りには歩けない。 医師にはなれない。

(期待を…)

 もう期待してないんだろう。諦めてるんだろう。せめて重荷にならないように、しようとは思うんだ。

(途方のない……想い)

 ―――惣一。こっちへきなさい。()()はいいから。

 ―――うん。

 ―――惣ちゃんは賢いから大丈夫よ。()()はならないわ。

 兄貴…。

 俺とは対照的に兄貴はいつも笑っていた。両親たちと三人でひとつの家族みたいに見えた。

 ―――だいじょうぶ?

 苦しんでいる俺に声をかけるのは誰だろう。すべての音が聞こえなくなったときにひとつだけ届く声。

 労りの言葉。

 わかるのはそれが両親ではないこと。

 ―――ごめんね。もっとおおきくなったらきっと()()()()されるよ。

 声が言う。

 本当に?

 あれから6年も経つのに何も変わってないんだ。むしろ再発みたいになって、いまも苦しめられてる。

 ―――だいじょうぶだよ

 誰? 顔を見せて。もっとよく話を聞かせて。

 俺は、声の主を追い求めながら眼が覚めた。

 夢、だった。


   * * *


 いまが何曜日で、あれから何日経ったのか把握出来ない。気が遠くなるほど、すごい長い間部屋に居る気がする。

 あれ以来とくになにもせず、体がしんどくてほとんどベッドで過ごした。

 気分がすぐれない。

 痛みはもうほとんどなくなっていたけど、常に襲ってくるように吐き気がする。胸がつかえているような感じもあったから。

 それなのにあまり眠れない。睡魔が襲ってもすぐうなされて起きる。その繰り返しだった。

 でもさすがにベッドにばかりいると体中が痛くなった。ダルい体を引きずって、勉強机に座る。

 そこまで移動するのにも体力を奪われた感じがあって、しばらくぼんやりとした。

 いくら暇でも勉強する気になれない。兄貴ならこんなときでも勉強するんだろうな、という考えがふと浮かんで笑えた。 比較されることを嫌いながら、自分が比較するなんて可笑しすぎる。

 それから何気なくパソコンの電源を入れた。セキュリティは万全で、親に閲覧できるサイトを制限されたパソコン。ゲームも簡単なものしか出来ない。だからいまはメールか、楽曲をダウンロードする固定のサイトしか使ってない。

 メールの九割は純平で、あとは迷惑メールだった。とはいえ、純平にだって別の世界があってそこには友達がいる。そんなに頻繁には連絡はとっていない。

 パソコンが立ち上がると今日の日付と時間が分かった。

 あれから三日が過ぎていた。今日は月曜日だった。

(終わってる)

 学校では球技大会が終わって代休に入った一日目。いまの俺にはあんまり関係ない。

(メールきてた…)

 だけど知らないアドレスで題名がない。純平じゃない。

 迷惑メールかも、と思いながらもなんとなく開く。

「え!?」

 部屋で一人しかいないのに、つい大声をあげていた。慌てて片手で口を押さえる。


  やほー!玲華です。

  元気に謹慎してる?

  どうせ暇でしょ?てゆーことで、明日遊びに行くから!

  絶対家にいなさいよ。もし、さけたら…………ふふふ。

  後悔することになる、とだけ言っておくわ。

  じゃーねん。


(………………)

 なんというか…なんと言っていいか、どういうふうに思っていいか分からない。

(元気に謹慎って…)

 変な日本語。

 あんまり元気じゃない、とか内心思いながら、なんとなくメールから目が離せなかったら、とある重要なことに気づいた。

 重要で重大といえば、玲華がウチなんかに来るのもそうだ。なんとか思い止まらせる、もしくは追い返さないと…。

 それより。

(このメールって昨日発信されてるじゃないかあああ!)

 よく見ると、昨日の夜十一時頃の受信だった。つまり、玲華の言う明日とは……今日だ。

 血の気が引くのを感じた。

(今日のいつだよ!)

 とても大事な時間が書かれていない。いまは午前十時だから…………。

 まだ、メールを返したらなんとかなるかもしれない。俺はそう思ってクリックし、文章を悩んだ。電話番号聞いていたら早かったのに…悔やまれる。

(つーかなんでアドレス知ってるんだよ?)

 俺は教えた覚えはない。怖い。怖すぎる。

 ハッキングして探ったのかも、とまで考えて、さすがにそれはあり得ないだろうと思った。妄想がすでに病んでる。冷静な判断ができなくなってる。

 返信画面を開いたまま、しばらく物思いにふけっていたら、下の階からチャイムの音が聴こえた。

 まさか、もう?

 焦って何日振りかにカーテンを開けた。窓から下を覗く。そこには明らかに高級車とわかる真っ黒い車が停車していた。車の傍らには真っ黒いスーツを来た男。玄関先はここからでは見えない。

 そのあとの俺は、いままでスローモードだったのが信じられないくらい素早い動きだった。音が響くのも無視して階段を駆け降りる。

 あまりに驚きすぎて、困っているのか、怒っているのか、それとも突然の訪問者に喜んでいるのか…感じたり考えている余裕がなかった。

 ただ、急いだ。

 もう頭は、訪問者は絶対玲華だと信じて疑わなかった。あんな高級車持ってる知り合いは他にいない。

 玄関先では咲田さんの毅然とした拒絶の声と、後ろ姿が見えた。

「私はただの家政婦ですので、いくらクラスメートさんとはいえ、この家に他人様を上げるわけにはいかないんです」

「わたくし悠汰さまとお会いできればそれで良いのですが」

 このバカ丁寧な口調は確かに、猫を被っているときの玲華のものだ。俺はさらに一歩踏み出した。

 玄関のドアの向こうに、いつもはおろしている、ゆるく巻いた髪を後ろでひとつに束ねている玲華が見切れた。赤いリボンと、白いワンピースのスカートの端が揺れていた。

「ですから、先ほども申したようにですねえ」

 咲田さんは引かない。母親に命じられているからだ。他人を、とくに俺に関する人間を接触させないように。

「あ、悠汰さま」

 玲華は奥にいた俺を見つけると、手を振ってきた。咲田さんも振り向き俺を確認すると、険しい顔のまま立ちはだかるように言った。

「悠汰さんは謹慎中ですよ」

「わたくし謹慎の邪魔はいたしません。でしたらわたくし悠汰さまのお部屋でお話しますわ」

 まるで名案とでも言うように手を合わせ口元にもってくると、玲華は形の良い唇を優雅に持ち上げた。目は力強く、支配する側の威厳があった。

 あのときと同じだ、と思った。クラスの皆を束ねた時の。生まれもって身についた王者の風格。

 咲田さんは一瞬たじろいだみたいだった。その隙をついて玲華が中に入る。訪問販売の営業すんのに向いてる…とか、また俺はくだらないことを考えた。

「構いませんわよね?悠汰さま」

 今度はにっこりと無邪気に笑って俺に言う。

 拒むつもりだった。こんな家を見られたくない。まるで牢獄のような戒めのなかにいる弱い自分を見られたくない。バレたくない。

 そう思っていたのに、気づくと、勢いに押されて俺は頷いていたんだ。

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