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淑女がドレスの裾を捲ってはいけません!

作者: 汐 石華
掲載日:2026/11/06


 コロンナ子爵が娘であるセレチカは、淑女の鑑を目指している。


 それというのも、セレチカの母が社交界ではそう呼ばれているからだ。

 セレチカの母は伯爵の家柄に産まれ、幼い頃より自身を律する精神力もさながら、その品性、礼儀正しさ、そして勉学にも秀でていたことから、王族直々の教育係として王宮に迎え入れられたのは、二十歳のときだったらしい。

 そして、母が教育を任された第一王女は、それはそれは才色兼備に育ち、帝国に望まれて皇后として嫁いで行った。

 第二王女は母の話によると少し勉学には足りない部分があったそうだが、そのかわりにと母が勧めた音楽で花開き、隣国にある、音楽の都と謳われるソラリエに留学したところ、隣国の国王直々に永住を乞われ、今では天上のマエストロと呼ばれ崇められているという。

 第三王女に至っては、とにかくあらゆることを学ぶことが大好きで、特に薬学に夢中になってからは、自ら研究院を建設して利益を出した上で国有化し、さらにはこの国一番の穀物地帯を持つ公爵家にゴリ押し嫁入りしたかと思えば、全国民の家に薬を常備出来るくらいの薬草畑を実費で作り上げてしまったほどの女傑である。


 セレチカの母が教育係として担当してきた王女たちは、例外なくとても素晴らしい実績を残されているのだ。

 当然、当時未婚だったセレチカの母への求婚は熾烈を極めた。


 上は公爵から下は男爵まであらゆる爵位の家が、しがない法衣貴族だった伯爵家の元に殺到したのである。貴族であれば、便宜上爵位の相違で婚姻出来ないという法律はないものの、通常は同格かやや下の爵位くらいが理想とされている婚姻において、かなり異常な事態である。国を揺るがしかねない騒乱となりかねたものの、王家からセレチカの母とコロンナ子爵令息との婚姻が正式に成ったと発表したことで、騒ぎはようやく鎮圧された。

 王女三人を素晴らしく育て上げ、淑女の鑑と呼ばれたセレチカの母が婚姻するには、あまりにもコロンナ子爵令息は凡庸だった。そんな二人は、幼い頃からの幼馴染だった。

 コロンナ子爵令息は、セレチカの母に淡い恋を抱いてはいたが、伯爵令嬢でもあり、あまりある才を子供の頃から発揮していた母に求婚することは出来ず、かといって別の女性にアプローチする勇気もなく、親が決めた相手とゆくゆくは結婚するのだろうな、と思っていたそうだ。完全に受け身な淑女の考え。令息なのに。


 そんなところに、あまりにも求婚者が殺到し混乱した伯爵家において、セレチカの母はすぐさま行動を開始した。

 コロンナ子爵に自ら赴き、自分を嫁にした場合の利点、主にコロンナ子爵の領地改善策や諸々を羅列し、また今後婚姻した場合のデメリットも提示した上でその対処法を伝えた。その上で、いずれ義父と呼びたいと長年思っていたとコロンナ子爵の手を握りしめ、必ず子息を幸せにすると誓ったのだ。コロンナ子爵は堕ちた。もちろん、その後コロンナ子爵令息の前で跪き、幼い頃から想い続けてきた貴方を一生愛し続け権利を下さいと懇願した。コロンナ子爵令息は堕ちた。なんならコロンナ子爵夫人には、王都で人気絶頂の、第三王女による若返ると評判の美容クリーム一式をプレゼントし、貴女の美しさには足りないかもしれないけれど、気に入っていただけたら私も王女も嬉しいなんて、言われてしまったら。それはもう当然のごとく、コロンナ子爵夫人も堕ちてしまった。

 かくして淑女の鑑と呼ばれたセレチカの母は、淑女とは? と謎を感じるが、むしろ紳士、いや騎士、いや、いっそ物語の王子様なのでは、というスパダリを発揮したうえで、コロンナ子爵へと嫁いだのである。


 そして、結婚後も教育係にと多くの声があり、母はコロンナ夫人となったあともたまに依頼を受けて、出かけることも多かった。セレチカが産まれてからしばらくは教育係の依頼を受けても断っていたようだが、セレチカが物心ついた頃には、母は再び教鞭を執るようになっていた。

 母の不在を寂しがったセレチカに、コロンナ子爵を継いだ父が、それはそれは素敵な物語のごとく母のことをいろいろと教えてくれたため、今日に至るセレチカの憧れとなったのは言うまでもない。だって、父が教えてくれる母は、それはもう、絵本の王子様やドラゴンを倒した勇者様よりかっこいいのである。

 そのため、子供の頃からセレチカの夢は、母のような素敵な淑女の鑑となることであった。


 十三歳になると入学が義務付けられている学院では、ほかの科には目もくれず、もちろん淑女科を希望した。授業も礼儀作法や、マナー、ダンスや、教養に始まり、馬術や棒術、領地経営学などを優秀な成績で修め、ついには魔術理論や魔空間力学などの淑女として一般的ではない授業まで、ありとあらゆる授業を選択していった。

 それでも足りぬと学院三年目には、学院の歴史から規則まで網羅してみた。すると、この学院の規則を知らないのか、規則外の行動を取る学生が多くいたことにまで気づいてしまったのである。

 当然間違いは誰にでもあることは許容しつつ、相手に恥をかかせないよう振る舞うのも淑女の嗜みである。

 かくして、セレチカは淑女の鑑を目指して、こっそり学院の規則強化に努めることを決めたのであった。


 そんなセレチカではあるが、今現在大変困惑していた。

 否、セレチカだけではなく、その授業を受けた全員が困惑、あるいは衝撃を受けていた。

 その時間帯は戦術学を受けていたが、開始ぎりぎりに入室してきたのは、騎士科所属のエドモンド侯爵令息だった。

 いつもは余裕を持って着席し、講師が来るまでの間は気の置けない友人数名と談笑しているのがエドモンド侯爵令息の常だった。授業態度も真面目としか言えず、成績も騎士科としては上位で、セレチカの規則強化対象にはなり得ない人物だったはずなのに。

 なぜか。


 なぜか、彼は下半身にドレスを纏っていた。

 

「遅れて申し訳ございません」


 それだけを言うと、教室のざわめきを欠片も気にせず、近くの空いた席にさっと座る。

 下半身にドレスを纏っているとはいえ、その下にはいつもの学院用の騎士服を身に着けている。身に着けているとはいえ、だ。

 あまりの威風堂々たる姿に、講師でさえもただ頷くだけで言葉が出なかったようだ。気持ちはわかる。

 その下半身に纏っているドレス、王都で人気のドレス作家ロメイドーナの新作ですよねと、セレチカも訊ねたい。予約しても三年待ちになるというのに、誰がそんなロメイドーナの新作ドレスの上半身を無残に引き千切ったのだろうか。エドモンド侯爵令息、貴方がそうなのか。貴方を引き千切っても構わないだろうか、と。そうですよね、講師。

 目の前に立つ講師と目が合ったので、その意味を含めてこくりと頷いて見せた。なぜか盛大に首を横に振られたが、ここは異教エブリガードではないので、横は否定の意味に取られてしまいますよ、講師。間違いをその場で指摘するのはマナー違反となりますので、後日エブリガードの教本をご自宅にお送りしますね。どうして頑なに首を横に振り続けているのですか、講師よ。


 誰も彼もがエドモンド侯爵令息を気にしながらも踏み込めないという、なんとも緊迫の授業が終わりを告げると、講師は逃げるように教室を出ていった。

 そして残った学生一同は、次の授業があるにも関わらず、動けなかった。だって、事の次第が気になりすぎるから。誰でもいい。令息の友人たちよ、勇気を振り絞って訊ねてくれないか。そんな気持ちがあちらこちらから溢れているのが、目には見えないのに何故か見える。


「な、なぁ、ヒューリック」

 意を決した友人代表が声をかけてくれた瞬間、教室の全員の耳が研ぎ澄まされた。ヒューリックは、エドモンド侯爵令息の名前だったな、とセレチカは貴族図鑑を反芻する。婚約者でもない異性を名前で呼ぶことなどないので、たまに失念する場合は淑女にもある。


「なんだ?」

「あ、いや、その……どうした、その格好は」

「ああ、……話せば長くなる」


 友人代表は、ちらっと教室を見渡したあと、だよな、だと思ったと芝居じみたような声で呟いた。

 多分だが、友人代表はエドモンド侯爵令息の奇行の原因について、心当たりがあるのだろう。けれど、教室中からの圧を受けて、ガス抜きするために話しかけてくれたようだった。


「そのドレス、姉君のか」

「ああ」

「あー、その……なんだ、強く生きろよ」

「……感謝する」


 そういって、二人は教室をあとにしていった。

 結局なんだったのかわからず、ヤキモキする学友たちを残して。他のエドモンド侯爵令息の友人たちもいたが、教室の視線が彼らにうつる前に、そそくさと去っていった。

 

■


 あの衝撃の授業のあと、次の授業にむかったセレチカは、新しい魔術理論を思いついたので週末まで休講、という張り紙が受講する予定の部屋に張ってあるのを確認して、小さく息を吐いた。同じ授業を取っていたのだろう学生もちらほらいるが、皆一様にまたかという苦笑を浮かべていた。この授業の担当は、もっぱら変人と有名な天才魔導師様で、こういった休講は珍しくなかった。実際この魔導師様が発表した魔術理論をもとに、身近な便利なものが作られた普及しているため、授業よりも彼の思いつきが優先されるのは学院でも黙認されている。


 セレチカは、淑女の鑑を目指すため、基本的にほぼ一日受けられるだけの授業を受けている。が、それでもこのような休講で、ぽっかりと時間が空くことも珍しくはない。

 そんなときは、あまり誰も訪れない中庭にいき、一人こっそりお茶会をすることにしていた。この時ばかりは淑女の仮面を外し、年相応に、まったりとお茶と菓子を楽しむことを自分に許している。


 一人用のお茶会セットを籠に入れ、いつもの中庭のテーブルセットに足を向けると、違和感に気付く。

 

 誰か、いる。


 この中庭は建物と木々の合間にあって、少し見つけにくい場所にあるため、セレチカは自分以外の利用者を見たのはこれが始めてだった。

 どうしようかなと思いながら、なんとなくテーブルセットに座っている人物を見やる。

 そして、考えるよりも先に、叫んでしまった。


「淑女がドレスの裾を捲ってはいけません!」


 そこにいたのは、先ほどロメイドーナの三年待ち新作ドレスの上半身を無惨に引き千切り、腰に引っ掛けるように纏っていた、エドモンド侯爵令息だった。

 彼は、そのドレスの裾を乱雑に捲り上げて座っていたのだ。

 セレチカは基本的に温厚であると自負している。マナー違反でさえ直接指摘するのはよろしくないと、後日分かりやすく手紙をしたためたり、そっと正しい行動を伝えるようにしている。

 そんなセレチカが思わず叫んでしまったくらいには、彼の行動は常軌を逸していた。淑女として。


「ーーコロンナ子爵のご令嬢?」

「エドモンド侯爵令息にご挨拶を省略してお伝えさせていただきます!」

「え?」

「淑女は、ドレスを着用する際は裾を捲くることはけして致しません。誰が見ているかわからないこの場所でも、弁えていただかないと貴方が困ることになりますよ」

「は?」

「いくら令息とはいえ、ドレスを身に纏ったならば、貴方はーーいえ、貴女は淑女なのですから」

「それは違う」


 エドモンド侯爵令息は、少し考えるように額に手を当て、それからはっとしたように、捲り上げていたドレスの裾を直してみせた。


「すまない、ほとんど理解出来ていないが、その……私は、淑女ではない」

「恥じることはございません。ロメイドーナの新作ドレスを身に着けられるのは、淑女の証ですわ」

「待ってくれ。いや待たなくていいが、これは、その……話せば長くなるが、事情があるんだ」

「では、伺いましょう」

「うん?」

「こちら、相席を許していただけますか?」


 持っていたお茶会セットをテーブルの上に置かせていただき、空いていた片方の椅子に手をかける。

 ああ、と了承を得てから座るのは、もちろん相手の爵位が上であるからだ。セレチカは淑女なのである。


「……本当に、聞くのか?」

「事情がお有りなのでしょう? 淑女の悩みを解決に導くのも、また淑女の嗜みですから」

「なるほど、これが《淑女の鬼》か」

「なんですか、それ」

「いや、なんでもない」


 何か間違った単語が聴こえたようだが、気の所為だろう。セレチカが目指しているのは淑女の鑑である。けして鬼などではない。

 だが、相手があえて話そうとしないことを無理矢理暴くのは、マナー違反である。なので、セレチカは微笑みを浮かべるだけだ。


「その……私には、姉がいるんだ」

「エドモンド侯爵令息の姉君というと、二年前にご卒業なされた、フローレンス・エドモンド侯爵令嬢ですよね」

「ああ、その名前だけは可憐なお嬢様のような姉だ」

「名前だけは?」

「中身は野生の猿……いや、猿山のボスなんだ」


 何故言い直したのだろうか。

 しかも悪化している。

 野生の猿のよう、ではなく。

 猿山のボス。ボスのような、ではなく、ボスなのか。猿山のボスが、フローレンス様だと?


「え、フローレンス・エドモンド侯爵令嬢の話で合っています?」

「合っている」

「確かに女性騎士としては首席でご卒業されていましたが……ふわりとした微笑みが素敵で、淑女としても優秀で、現在は王族の護衛騎士として信頼が厚いフローレンス様でお間違いないですか?」

「ああ。外面だけは完璧で、辺境に近い侯爵領で幼少期を過ごした結果、近くの山に巣食っていた猿どもをいつの間にか統括して、エドモンド猿部隊を立ち上げたフローレンス姉上で間違いない話だ」


 なるほど、それは猿山のボスだ。部隊まであるとは、恐れ入った。フローレンス様は、まごうことなきボスとして君臨されていらっしゃる。


「今でも姉上が領地に戻ると、猿たちが列をなして歓迎してくれるんだ。たまに私に頑張れって果実くれる猿もいる……」


 仲良くされているようで何よりですが、猿たちにとってフローレンス様の弟のエドモンド侯爵令息は舎弟枠なのだろうか。もう猿が領民のようになっていませんか、それ。

 いや、しれっと猿と会話されているエドモンド侯爵令息も凄いといえば凄いのだが。

 

「このドレスも、姉のものなんだ」

「三年待ちのロメイドーナの新作ドレスですね」

「手に入れるのに苦労するものだということは、君の反応を見て理解出来た」

「ありがとうございます」

「これの上半身を破いたのが、その姉だ」


 嘘でしょう、と思いつつ、猿を統治した話を聞いた今、それが真実なのだろうということは、わかる。


「ようやく手に入れたドレスを着て喜んでいたところに、私が領地に賊が現れたと報告をしたところ……」

「ええ」

「怒りでこう、筋肉がごりゅっと」

「ごりゅっと?」

「ああ、うちは魔力を筋肉に流して強くするのが主流なんだ。姉はちょっと特殊で、流し過ぎると筋肉自体がこう、ごりゅっとなってしまうんだが」


 エドモンド侯爵令息が、腕に力こぶをつくる仕草をするので、なんとなく、ごりゅっのイメージが湧く。

 湧くものの、ごりゅっとなるフローレンス様がまったく想像つかない。一年だけ重なった学院時代を思い出しても、剣術に長けていることは知っていたが、見た目が騎士としては細身であったし、何より雰囲気がほんわかされていたため、荒事とフローレンス様がどうにも結びつかない。


「その結果、着ていたこのドレスの上半身が無残なことになったわけだ」

「もしかして、下半身が無事だったのが、せめてもの幸いだったんですね?」

「ああ。まあ、それで……また直せば着れるとは仕立て屋も言ってくれたんだが、姉の気が収まらなくて」


 その勢いで領地に駆けていって、賊殲滅して、帰ってきたんだ。

 当たり前のように言うエドモンド侯爵令息の話に、セレチカの脳内は追いつかなくなってきた。話盛り過ぎでは、と言えるなら言いたい。悲壮な顔をするエドモンド侯爵令息を見る限り、間違いなく事実なのでしょうけれど。

 辺境に近いエドモンド侯爵領は、この学院がある王都から四週間くらいかかりませんでしたっけ。そんなに気軽に行ける場所ではないですよね。


「これは極秘なので他言はしないで欲しいのだが、実は姉はドラゴン部隊も従えていて」

「最強部隊ではないですか」

「うん。まあ、その、姉は外面は良いし頭もいい。なのに、いかんせん力が全てという覇王なんだ」


 覇王。

 まさかのパワーワードが飛び出してきて、一瞬相槌が打てなかった。


「長子でもあるから、本来は姉が次期後継でも可笑しくはないのに、破天荒過ぎて次期後継には到底出来ないと両親からは諦められている。いるんだが……どうも、姉は領地の問題には首を突っ込みたがる気性で……」

「護衛騎士ですのに……」

「ああ、それも、なるべく領地から離れてほしい一心で母が勧めたらしいんだが、それでも領地の問題を報告しそびると……ごりゅっと」

「されますのね」

「今回は……これを私が着るだけでなんとか怒りが収まってくれたから、まだ良い方なんだ。……良い方なんだよ」


 大事なことは二回伝えるべきですものね。わかります。

 つまり、このドレス姿はごりゅっとされたフローレンス様による命令、ということなのだろう。どうしてそうなったのかわからないが、経過はわからずとも原因がそこに集約されるのは理解出来た。

 それは、エドモンド侯爵令息の友人たちも、ああなる。


『そのドレス、姉君のか』

『その……なんだ、強く生きろよ』


 エドモンド侯爵令息=姉君=強く生きろ。

 フローレンス様の話を聞いてしまったら、もはやそれしか言葉が見つからない。

 なんなら、セレチカも言いたい。

 どうかお強く生きて、エドモンド侯爵令息、と。

 

「ですが、それはそれ、これはこれです」

「うん?」

「例え下半身のみでもドレスを着用したならば、淑女であるとされます」

「そ、そこに戻るのか?」

「いえ、最初からそちらが本題でした」

「そんな……そうだった!?」


 思いの外、覇王フローレンス様のお話に逸れてしまったけれども、事の発端はドレスの裾を捲ったエドモンド侯爵令息なのである。


「いや! その、この格好は今だけの限定というか、姉が満足すれば終わる話なんだ!」

「それでも、今は着用されていますから」

「私は騎士だ! ほら、中に騎士服着ているだろう? なら、半分騎士ということで、な!?」

「ご安心して。ドレスは、人を選びません」

「切実に! 選んで! 欲しい! 私は男なんだ!」

「存じてます。でも、今は……ね?」

「こ、こわい! 初めて姉上より怖い女の人に出会ってしまった!?」

「まあ、怖いだなんて。ふふ、私は、ただ淑女であろうとしているだけですわ」


 淑女の鬼だ、淑女の鬼がいる! などとよくわからないことを叫ぶエドモンド侯爵令息だが、セレチカは淑女の鑑を目指す淑女である。

 けして、鬼ではない。


「淑女の嗜みを、お教えさせていただくだけですのよ?」

「ひぃっ」


 安心させるように微笑んだのに、生娘のような悲鳴をあげるなんて失礼ではなかろうか。


 そのあと時間が許す限り、みっちり淑女としての心構えに始まり、ドレスの捌き方を中心にさせていただいた。婚約者でもない男女なのに、などとエドモンド侯爵令息が抗議してきたが、ドレスを身に纏ったならば、ここにいるのは淑女二人です。

 はじめはなかなか身が入っていない様子のエドモンド侯爵令息だったが、ドレスの捌き方で体を実際動かしてみると、思いの外熱心に取り組んでくれたのは好評価である。


「淑女は、ドレスでこれほど動きが制限されるのか。……え、姉上はあれらの行動を、どうやって? 淑女の嗜みがあれば可能……だと!?」

 や、

「地味に、地味に辛いのが、この小さな歩幅で歩くことだな。足の……甲の使い方? 甲の動きを制御するだと? 魔力でやってはしまうのは……淑女ではない? なるほど」

 など、

「待ってくれ、コロンナ女史! 太ももが! 太ももが攣った! 攣ってしまった!」

 最終的に、何故か呼び名がコロンナ女史に変わっていたが、かねがね淑女としての心得は理解して貰えたようでセレチカは大満足である。


「ありがとう、コロンナ女史。今後必要になるかは一切不明だが、それはともかく君の教えは的確で分かりやすかった!」

「こちらこそ、お礼申し上げます。教えることもまた、淑女の学びとなりますから。素敵な淑女を目指して、お互い頑張りましょう」

「……私は、淑女を目指していたのか?」

「ドレスを身に纏えば、淑女は身のうちに宿るものです」

「身のうちに……」


 宿ってたまるか、と小さい声が聞こえた気もするが、漏れ出た失言を聞かない振りをするのも、また淑女の嗜みである。

 淑女の嗜み講座にも区切りがついた上に、そろそろ次の授業の時間も近づいてきていた。


 結局お茶会は出来なかったものの、手つかずのお茶会セットを持って中庭を去る。淑女は立ち去るときも優雅であるべきだからだ。



■



 まさか、その日のうちにエドモンド侯爵令息と、その姉君のフローレンス様が、しがないコロンナ子爵邸にやってきて、何故かセレチカとエドモンド侯爵令息との婚約が結ばれるとは、さすがの淑女を目指すセレチカにもわからなかった。

ヒューリック(エドモンド侯爵令息)

「学院で、姉上より怖い女生徒がいたんだよ、渾名が淑女の鬼っていうんだ」

フローレンス

「なにそれ、おもしろ。今見に行ったろ(淑女訳:そんな子がいるの? ヒューリックが話題にするなんて珍しいわね、是非挨拶してみたいわ)」


→セレチカんち襲撃


フローレンス

「なんや可愛い子やんけ、弟の婚約者にして可愛がったろ(※なんて可愛い子じゃないの! 子爵令嬢だけど、この子を逃すなんていけないわ、ヒューリックのお嫁さんになってくれないかしら?)」

ヒューリック

「え!?」


セレチカ

「一人娘なので、婿取り希望でして……」

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