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【夏のホラー2026】女子トイレの誰もいない個室から水を流す音がしたんだって!

作者: はるひん
掲載日:2026/07/02

小説家になろう/夏のホラー2026・テーマ「音」でSSを書いてみました。

「はあ?気のせいじゃなく?」

「ほんとだってフジっち!一人でトイレ入ったのに他のトイレから水流す音がしたんだって!」

「それ昨日でしょ?今日は音するかわかんないじゃん。一人で行けや」

「ついて来てよ!いいじゃん!来いや!」


 この高校は古い。色々直しながら使ってはいるがガワは築70年だ。ボロい。

 校庭で今年建築が始まった新築校舎が二年後には建つのだが、現在二年生である藤原と松井野には関係ない。このボロい校舎で学び、卒業する予定だ。

 ここの吹奏楽部は全国大会の強豪校なので、大会間近になると練習も夜遅くまで続く。現在は夜の八時も近く、レギュラーメンバーの練習も佳境に入っているというところだ。

 藤原と松井野は全国大会のレギュラーからは外れた「ゆる楽器勢」で、近々行われるサッカー部の「姉妹都市交流大会」とやらの応援の演奏を練習している。サッカー部はともかく、応援の吹奏楽部は勝ち残る必要は無いのだが、先には帰れない。なぜか。単なる同調圧力だ。正直、午後六時を過ぎたあたりから、こちらのメンバーはお菓子を食べながら喋っている。藤原はフルート、松井野はトランペットの担当だが、最初の小一時間練習をしたきり触っていない。

 そしてトイレに行くと言った松井野は、当たり前のように藤原の腕を引き部室から連行した。そんなどうでもいい様子に他の部員は目も向けていない。二人は上はセーラー服、下だけ学校指定のジャージに着替えていた。この学校の中では結構メジャーな放課後スタイルである。


「え?また体育館脇のトイレ行くの?」

「だってこっちの方が近いじゃん」

「怖いなら違う所行けや」


 この学校は体育館を囲むようにコの字型になっていて、吹奏楽部の部室はコの字型の端の一階に位置する。トイレは「コ」の両端が閉じてある部分にあり、そこに行くより途中にある扉から外に出て、体育館に続く渡り廊下にあるトイレの方が近いのだ。

 しかし、近いからなんだと言うのだ。怪奇現象があったなら避けろと藤原は思う。


「いやフジっちにも聞いて欲しくて。私一人が怖いのいやじゃん」

「マジ死ねって」


 外に出ると二階の多目的室から大会の課題曲が聞こえてくる。きっと今日最後の演奏だろう。

 体育館を見ると明かりは消えており、体育会系の部活はもう終わり、全員帰宅しているようだ。渡り廊下の脇にあるスイッチを入れて電気を付ける。水飲み場が並び、その先にトイレがあった。

 別にここだけ特別に古いトイレというわけじゃない。むしろ高度成長期の後に子供が増えて、この学校の生徒が随分増えた時に増設された、学校の中では新しめとも言える場所である。だからこそ他のトイレの改装の時に「ここはいいだろう」と外され和式のままでもあるのだが。

 トイレの明かりを点けてみると、昭和のトイレというノスタルジー以外は何の変哲もない。


「フジっち、いてよ」

「いるって。水流そうか?」

「それじゃ意味ないんだって」


 おかしな現象が起きて欲しくないのか欲しいのか。いや、体験して欲しいのだから、起きて欲しいのか。

 そして松井野が個室に入り、音姫の音のち、水を流す音がする。ここは古いが音姫だけは付いている。すると一番奥、扉の開いたままの個室から水を流す音が聞こえた。


「フジっちー!流した!?」

「いんや」

「マジエグいって!」


 個室から飛び出してきた松井野は藤原の背後にぴったりくっつき、奥の個室を見る。


「ほんとに!?ほんとにやってない!?」

「やってない」


 水の音が弱まるまでじっとそちらを見ていると、再び水が流れる音がした。松井野は藤原にしがみ付き「ぎゃあ」と悲鳴を上げる。そして音は弱まり、今度は音が再開することなくトイレは沈黙に包まれた。


「ちょお、見てみる?」

「は?」


 昨日は一目散に逃げ出した松井野であるが、今は藤原がいるので強気である。ちなみに「ちょお」というのは松井野の言う所の「ちょっと」という意味だ。

 松井野が藤原の手をがっちり掴んでそろりそろりと奥の個室に進む。そして覗き込むと――


「ぎゃー誰もいないー!!」


 やばいやばいと大騒ぎする松井野をシッシと手で追い払い、藤原は個室をちらりと覗いた。


「松井野、誰もいないから、なに?」

「え?」


 藤原の問いに松井野がピタリと止まる。なに?と聞かれても、誰もいないのに勝手に水が流れたのだ、怪奇現象だ。こんな怖いことがあるか。そう説明するが藤原は納得いかない顔をする。


「水が流れたから、なに?」

「…え?」


 なに、と言われても。いや、確かにそうではある。ここで水が止まらなくなっているとか、便器が破損でもしていれば大問題なのだが、現状水はちゃんと止まっている。


「えー…あの、びっくりした、かな?」

「それだけじゃん」

「いや、そうなんだけど…」

「確かにちょっと、なんで水が流れたかはよくわからんけどさ、別に害なくね?」

「言われてみれば」

「だよね」


 松井野はすっかり拍子抜けして、何が怖かったのかもわからぬ様子だ。そして二人は電気を消してトイレを出ると、視聴覚室からの音楽は止んでおり、やっと帰れるようだ。

 部室に向かいながら、トイレへの興味はすっかり失せた松井野は宿題の愚痴を言っている。藤原は何故かずっと、右手をきつく握りしめていた。


「そんじゃフジっちまた明日ね~」

「んじゃね」


 松井野は道を真っ直ぐ進み、藤原は公園を通り過ぎた道を右に入った。二人は徒歩通学組で、それもあってよくつるむ。

 藤原はその右折した道を真っ直ぐには進まずに、暗い公園に入っていった。右手の拳は震えている。


「…重」


 そして右手を開いたと思うと、今度は右足で地面を踏みつけた。


「逃げんじゃねえよこのエロジジイが」


 誰もいない公園で、藤原はそう言った。藤原の視界に見えているのは、足の下で這いつくばっている中年男だ。しかしその姿は首が異様に伸びて、縄で圧迫したような跡が見える。


「死んだならちゃんと死ねや」


 足で地面を擦ると中年男は奇妙な呻き声を上げるが、それもまた藤原にしか聞こえない。

 この中年男はつまらぬことで女子生徒を脅かし、怖がる隙を付いてべったりと貼りつき、家まで付いてくる。昨日は松井野の家まで貼りついていたが、松井野家の明るいオーラに弾き飛ばされ、元の場所に戻ったのだ。松井野がまた同じトイレに向かったのは、この中年男が呼び続けていたからである。

 奥のトイレを覗き込んだ松井野に覆いかぶさろうとした中年の襟首を掴んで、藤原はここまで引き摺ってきた。


 藤原は中年男を踏みつけたまま、部活で使ったフルートを取り出し、奏でた。不思議な音階の音楽が響く。その音が始まったとたん、這いつくばった中年男はもがき苦しみ始めた。


 思い出したくもない、生きていた頃の自分の過去が蘇る。

 学校の隣のマンションに住んでいた。平日が休みの仕事だったので、休みの日は部屋から隣の学校に通う可愛い女の子を一眼レフカメラで撮影していた。

 ある日、通勤途中に女子高生のスカートの中をスマホで撮影していたのを見知らぬ女に咎められた。

 自分は何もしていないと言ったのに、女子高生に付いていたその部外者の女が「だったら今すぐスマホを出せ」と頑として引かず、駅員もやってきて警察を呼ぶと言われた。あの辱めは二度と思い出したくなかったのに。

 終わる。終わる。終わる。

 こんなことをなんて言い訳したら何もかもが円満に、元通りになるのか。

 妻も娘もいる。職場にもバレる。もう終わりだ。俺を追い込んだババアのせいで。スカートを履いている女子高生のせいで。

 隙を付いて走り出し、改札を突破した。逃げおおせた先で首を吊った。


「自分のせいでしかないわ。お前いっぺん地獄堕ちろ」


 藤原はそう言うと、先ほどとは曲調の違った音楽を奏でる。踏みつけていた足を退け、中年男は自由になる。自分に屈辱の記憶を思い出させた小娘に渾身の恨みを込めて、叫んだ。


「それしかできんのか」


 藤原がそう言った瞬間、中年男は頭を掴まれ放り投げられた。その先は火車だ。一つ目の獄卒の手には人間の頭などひとつまみである。

 藤原は獄卒に向かって頭を下げ、紙を差し出した。


『地上残留霊リサイクルカード』


 獄卒はそれにポンとスタンプを押すと、火車を引いた。行先は地獄である。


「お勤め、ご苦労様です」


 そう言って、見送るように藤原は再び一曲奏でた。

 ここのご近所さんは、藤原がしょっちゅうこの公園でフルートの練習をしているのを昔から知っている。こんな夜にフルートの音がしても「またやってるな」で済むのである。


 その一曲を終えると、藤原はフルートを片付け、帰路に着いた。公園を出て右にまっすぐ進む。ここからは坂がきついし、家もまばらになってくる。そしてどん詰まりに現れた神社の鳥居にお辞儀をし、その先に進んだ。社務所兼住宅のここが藤原の家である。



「ただいまぁ!おなかへった!」



END

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― 新着の感想 ―
痴漢の霊のリサイクルって嫌すぎる…… ちなみに、スタンプ貯めたら何と交換してくれるんですか?
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