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再びの危機

 仲間たちとの集会は、クリンにとって生涯忘れることのできない夜となった。

 万年筆のキャップさんが語る深遠な知恵、画鋲のガビが説く勝負の勘、そしてホチキスの芯たちが誓ってくれた団結。

 机の下の暗闇は、今や「孤独な牢獄」ではなく、希望を分かち合う「作戦本部」へと塗り替えられていた。

 しかし、運命というものは、しばしば最も残酷なタイミングでその牙を剥く。

「……ねえ、クリン。なんだか嫌な予感がするわ」

 ルルが桃色の体を小刻みに震わせ、周囲の空気を探るように言ったのは、仲間たちがそれぞれの隠れ家へと戻り、束の間の静寂が戻った翌朝のことだった。


 あの日よりも、さらに鋭く、さらに重い地響き。

 あるじの部屋のドアが開く音が、まるで巨大な岩が崩れるような衝撃となってクリンの銀色の体を突き上げた。

「まさか……また『あの怪物』が来るの?」

 クリンの問いに答えるように、部屋の反対側から「ゴォォォォォォ……!」という、あの忌まわしい咆哮が響き渡った。

 今回の掃除機は、前回とは比較にならないほどの気迫を帯びていた。

 主が徹底的な大掃除を決意したのか、その吸引音は空気を裂き、床の底から魂を吸い上げようとするかのような凄まじい圧力を伴っている。

「前よりも近い! クリン、早くコードの影へ!」

 ルルが叫ぶが、その声さえも爆音にかき消されそうになる。

 視界は瞬く間に、巻き上がった埃の雲で白一色に染まった。前回学習したはずの「逃げ道」さえも見失うほどの猛烈な視界不良。

 さらに悪いことに、今回のノズルは、普段は決して立ち入らないはずの「机の奥深く」まで、その長く黒い首を執拗に突っ込んできた。

 まるで「そこだ!」と言わんばかりに、巨大な影がクリンの頭上を覆う。

「うわあああ!」

 クリンの体が一気に浮き上がった。

 前回、必死にしがみついたフローリングの溝。

 しかし、今回はその溝さえも、猛烈な風によって埃ごと削り取られようとしている。

 クリンの指先(銀色の端)が、ツルリと滑った。

 その瞬間、クリンの視界から床が消えた。

「助けて……!」

 暗黒の渦へと引きずり込まれる。

 自分の意識が、銀色の形が、無慈悲な機械の胃袋の中へと飲み込まれそうになったその時……

「クリン! 離さないで!!」

 横から飛んできた鮮やかなピンク色の線が、宙を舞うクリンの体に鋭く巻き付いた。

 ルルだった。

 彼女は自分自身が吸引力の中心に最も近い場所にいながら、その柔軟な体を極限まで引き伸ばし、投げ縄のようにクリンを捕らえたのだ。

「ルル! 危ない、君まで吸い込まれちゃう!」

「いいから、私を掴んで! ぎりぎりまで踏ん張るから!」

 ルルは、近くにあった机の脚の「ささくれ」に自分の体の一部を必死に引っ掛け、クリンを繋ぎ止めていた。

 彼女の肌は、今にも引きちぎれそうなほど細くなり、本来のピンク色が白く変わってしまうほどの強いストレスに晒されている。

 ノズルは執拗だった。クリンとルルを、一つの大きな獲物として認識したかのように、その場に留まって吸引力を最大に強める。

 ガガガガッ! という不気味な震動がルルを通じてクリンに伝わる。

「……ルル、もういいよ! このままじゃ二人とも……!」


 クリンが叫んだその時、背後の暗闇から、無数の小さな影が飛び出してきた。

「若者を死なせるな! 全員、連結しろ!」

 画鋲のガビの声だった。

 錆びたホチキスの芯たちが、次々と連結して鎖となり、ルルの体に絡みついて重石おもしとなった。

 万年筆のキャップさんが、その重厚な体で風避けとなり、クリンたちの前に立ちはだかる。

「みんな……!」

 仲間たちが作った「絆の鎖」は、掃除機の暴力的な嵐に真っ向から立ち向かった。

 一人では紙よりも軽かった落とし物たちが、互いに手を取り合い、重なり合うことで、嵐さえも動かせない巨大な「塊」へと変貌していたのだ。


 ノズルは何度か二人を飲み込もうと試みたが、仲間たちが作り上げた鉄壁の陣容を崩すことはできず、やがて苛立つような音を立てて、別の場所へと去っていった。

「……止まった?」

 クリンが震える声で尋ねる。

 部屋の電気が消え、掃除機の音が遠い過去の記憶のように消え去ったあと、あとに残されたのは、極限まで引き伸ばされて動けなくなったルルと、彼女を必死に支え続けた仲間たちの姿だった。

「ルル、大丈夫!?」

 クリンは駆け寄り、力なく床に横たわるルルを抱きかかえた。

 ルルの体には、元には戻らないかもしれない深い亀裂がいくつも刻まれていた。

 けれど、彼女は微かに震えながら、満足げに微笑んだ。

「……言ったでしょう? 一人じゃ、おしまいだって……でも、見て。私たち、まだここにいるわ」

 クリンの銀色の体から、大粒の埃が涙のようにこぼれ落ちた。

 自分を救ってくれたのは、ルルの献身と、名もなき仲間たちの勇気だった。

 再び訪れた死の淵で、クリンは悟った。

 この机の下にあるものは、単なる落とし物の集まりではない。

 それは、何よりも強く、何よりも尊い「生命の連鎖」なのだと。

「ありがとう……みんな、本当にありがとう」

 クリンの声は、静まり返った机の下に、これまでで最も深く、温かく響き渡った。


 嵐は去った。

 けれど、この日を境に、クリンとルル、そして仲間たちの物語は、もはや後戻りできないほどに熱く、加速し始めていた。

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