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ある日、見知らぬ鍵が玄関に置いてあった

作者: Wataru
掲載日:2026/02/06

なんだ、この鍵は。


玄関の靴箱の上に、見覚えのない鍵が置いてあった。


どこの鍵か分からない。

いつからあったのかも思い出せない。


気味が悪いが、鍵だから捨てるわけにもいかない。


まあいいか、と家を出た。



職場で、同僚に声をかけられる。


「そういえば彼女さん、元気?」


「……彼女?」


思わず聞き返す。


「何言ってんだよ。婚約したって言ってただろ」


笑われる。


笑い返したが、頭の中は空白だった。


彼女なんて、いない。


はずなのに。


ふと、左手を見る。


指輪がはまっている。


自分のものじゃないみたいに、しっくりこない。


外そうとして、やめた。


理由は分からない。



帰宅する。


玄関には、あの鍵。


あるはずのない記憶。

いるはずのない婚約者。


何かが、おかしい。


その時、母から電話がかかってきた。


「元気にしてる?」


「してるよ。……なあ、俺さ」


言葉が詰まる。


「彼女なんて、いたっけ?」


電話の向こうが、静かになる。


長い沈黙のあと、母が言った。


「あんた……事故に遭って、記憶なくしたのよ」


息が止まる。


「一緒にいた子がいてね」


声が震えている。


「あの子は……助からなかった」



電話を切ったあと、しばらく動けなかった。


気づくと、玄関に立っていた。


鍵を手に取る。


冷たい。


けれど、不思議と手に馴染む。


この部屋で。


誰かと笑って。


一緒に暮らしていた。


そんな気がする。


でも、顔も声も思い出せない。


何も残っていない。


それでも。


ここに、誰かがいたことだけは分かる。


主人公は小さく呟く。


「……悪い」


誰に向けた言葉か、自分でも分からなかった。


鍵を、元の場所に戻す。


捨てることは、できなかった。


部屋に入る。


誰もいないはずの空間が、


少しだけ、温かい気がした。


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