4.エピローグ それだけで
春に近づくにつれて、放課後の空が少し明るくなった。
その日も、琉光子は竹細工工房へ向かっていた。
バスを降りて、細い道を歩く。
風に揺れる竹林の音が、遠くから聞こえた。
工房の戸を開ける前に、スマホが震えた。
クラスのグループからの通知だった。
――今日の準備、誰か早めに来れる?
――琉光子、来れそう?
画面を見つめたまま、立ち止まる。
断れば、またあの空気が生まれる。
引き受ければ、何も起きない。
いつもなら、考える前に指が動いていた。
今日は、少しだけ違った。
琉光子は、短く打った。
――今日は行けない。ごめん。
理由は書かなかった。
「しんどい」も、「用事」も、付けなかった。
送信。
胸の奥が、きゅっと縮む。
でも、逃げ出したくなるほどではない。
しばらくして、返事が来た。
――了解!
――また今度な。
それだけだった。
工房に入ると、いつもの匂いがした。
「今日は遅かったな」
「ちょっと、連絡してました」
それ以上、何も聞かれない。
琉光子は席に座り、竹を手に取った。
少し歪んで、少し細くて、完璧じゃない一本。
力を入れすぎないように、割る。
ぱき、という小さな音。
きれいに割れたわけじゃない。
でも、失敗でもない。
琉光子は、そのまま手を動かし続けた。
――表向き、やんわり。
それでも、内側は、前より少しだけ、息ができている。
それだけで、今は、十分だった。




