9:交差
血と硝煙の臭いが充満する中、アルフォンス(ルーク)は血まみれの廊下を走り抜け、ついに王座の間の巨大な扉を潜った。
中に入った瞬間、彼の視界は絶望的な光景で埋め尽くされた。
王座の間の中央では、既に激しい戦闘が繰り広げられていた。
大和の近衛兵士たちが、アヴァロンの甲冑を纏った一団と刃を交えている。
その一団の中に、使者として大和城に滞在していたベルナール侯爵の姿があった。
ベルナールは、剣を振るうというより、混乱した自軍の兵士たちに指示を出すために声を張り上げているようだった。
「ベルナール!」
アルフォンスは、状況を問う間もなく、全身の力を込めて叫んだ。
「早まるな!全員、武器を収めろ! 和平のために来たのだ!」
しかし、彼の声は、鋼のぶつかり合う音と、血を求める兵士たちの怒号にかき消され、誰にも届かない。
ベルナールもアルフォンスに気づいたようだが、状況の収拾に追われ、アルフォンスの叫びを聞き返す余裕もないようだった。
その惨劇の中心、玉座の足元にアルフォンスは目を奪われた。
そこには、倒れた皇王を背中で庇いながら、鋭い眼光で剣を振るう黒髪の女性の姿があった。彼女は、王族のものと思われる衣装ではなく、軽装の戦闘服のような出立ちだったが、その身のこなしは、騎士にも劣らない優雅さと俊敏さを兼ね備えていた。
その女性こそが、彼の傷を癒やし湖畔で語り合い、愛を交わした、愛しい白の姿に酷似していた。
アルフォンスは、中央で戦う黒髪の女性の動きから目が離せなかった。
なぜ彼女がこんな場所に。
その時、剣を振るっていた女性が、反撃に転じようと顔を上げた。
間違いない。あれは、私の愛する白だ。
アルフォンスの脳裏に電流が走った。
彼女の顔は、汗と血で汚れていたが、その瞳は、彼が夜な夜な見つめた、強い決意を湛えた黒曜石の瞳だった。
その瞬間、アルフォンスを追いかけてきたアヴァロンの騎士団の一部が、王座の間に乱入した。
「アルフォンス殿下!今が好奇です!講和などもはや無用!皇王を討ち取ってください!」
彼らは、状況を理解せず、目の前の光景を皇王討伐のチャンスだと誤認し、憎むべき皇族への憎悪を剥き出しにしている。
ベルナールは、混乱の中でアルフォンスに近づき、耳元で叫んだ。
「王太子殿下!なにを呆けてらっしゃる!皇王、皇女共に討ち取るチャンスですぞ!」
アルフォンスは、その言葉を理解できなかった。脳が、その二つの単語を拒否した。
皇女?…白が?
「違う……」
アルフォンスは、掠れた声で呟いた。
「あれは……私の愛する白だ」
その声は、戦闘の喧騒にかき消されたが、詠の耳には、はっきりと届いた。
詠は、ルークがここにいることに、絶望的な驚きに目を見開いた。
「ルーク…!どうしてここに!ここは危ない!早く逃げて!」
詠の悲痛な叫びが、アルフォンスに届く。
彼は、纏っていた仮面を、躊躇なく、地に叩きつけた。
仮面の下から現れたのは、美しく、威厳に満ちたアヴァロンの王太子アルフォンスの顔だった。
彼の金色の髪と、鋭い青い瞳が、王座の間の炎の光を反射した。
その瞬間、倒れていた皇王が、その姿を凝視し、絶叫した。
「詠!あれを見よ!あれこそが、憎きアヴァロンの王太子、アルフォンスだ!お前の兄を討った仇だ!」
皇王の言葉は、王座の間に響き渡った。大和兵、アヴァロン兵、そして詠自身、その場にいた誰もが、一瞬、動きを止めた。
大和兵は、仇敵の王太子が目の前にいることに、血が沸騰するような感覚になった。
アヴァロン兵は、王太子が現れたことで、勝利への確信を得た。
「王太子殿下!皇王を討ってください」
「皇女を殺せ!」
「仲間の仇!」
「国を滅ぼしに来た敵!」
大和兵とアヴァロン兵の怒号が、王座の間を包んだ。
アルフォンスは、ただ白を見つめた。
白の顔は、驚愕と、目の前の情報と記憶が一致しないことへの混乱で、固まっていた。
二人は、周囲の叫び声の中で、まるで時間が止まったかのように、互いを見つめた。
詠の脳裏では、優しい騎士ルークと、兄の仇である王太子アルフォンスの姿が、激しく入れ替わるが、彼女はそれを理解できない。
アルフォンスの脳裏では、慈愛に満ちた治癒師白と、憎むべき皇女詠の姿が、激しくぶつかり合う。
詠は、皇王の言葉と、周囲の兵士たちの叫びを、すべてを受け入れようともがいた。
「私は大和皇国第一皇女、詠!」
詠は、戸惑いながらも、皇女としての役割を果たすべく、名乗りを上げた。
アルフォンスもまた、王太子としての威厳と、騎士としての真実を込めて、名乗りを上げた。
「私はアヴァロン王国、王太子アルフォンス!」
名乗り合った瞬間、周囲の喧騒は最高潮に達した。
「兄の仇!」
詠の叫びは、悲痛な響きを帯びた。
「死んでいった兵士の仇!」
アルフォンスの叫びは、この戦闘を終わらせるという義務感に燃えていた。
彼らは、愛し合っているがゆえに、この場で何をすればいいのか、何のために戦うべきか、頭が追いつかなかった。
詠の心では、ルークへの愛と皇女としての義務が、ぶつかり合っていた。
(あれはルークだ、誰よりも優しく愛しい私の騎士。でも私は皇女、この国を、父上を護らなければ!)
アルフォンスの心では、白への愛と和平への念が、激しい葛藤を生んでいた。
(あれは白だ、誰よりも慈愛に満ちた優しい治癒師。この戦闘を止め、彼女を救わなければ!)
アルフォンスは、周囲の兵士を牽制しつつ、詠に降伏を促すつもりだった。
彼の目的は詠を傷つけることではない。
しかし、詠は皇王を護る盾となって、霊力で猛烈に抵抗する。
混乱の中で、アルフォンスは、戦闘を終わらせるための唯一の手段として、剣を振るうしかなかった。
二人の剣と霊力が、王座の間で交錯した。
愛しい騎士と愛しい治癒師、二人の魂がぶつかり合った。
そして、悲劇は、あまりにも唐突に起こった。
アルフォンスが振り抜いた剣が、詠の霊力の盾を打ち破り、その剣先が、詠の左肩を、深々と貫いた。
詠の悲鳴が、王座の間に響き渡った。
彼女の純白の衣装に、鮮血が飛び散った。
アルフォンスは、愛する人の血が、自分の剣によって流されたという事実に、絶望に打ちのめされ、その場で凍り付いた。
アルフォンスは叫び、またアヴァロン兵も叫んだ。
アルフォンスの絶望の叫びが、勝鬨となったのだ。




