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6:迫る時


夜が明け、詠が皇城の自室に戻った直後だった。

アヴァロンの使者であるベルナール侯爵が、護衛を伴って強引に侵入してきた。


「皇女殿下。おはようございます」


侯爵は、慇慇無礼な態度で頭を下げた。


「侯爵、無礼ですよ。なぜ私の私室に無断で?」


詠は、怒りを押し殺し、顔面の冷徹な仮面を維持した。

「婚約者の代理人たる私が、殿下の貞節を守るのは当然の義務です」


ベルナールは、冷たい笑みを浮かべた。

ベルナールは、詠の前に、密会の様子を描いたスケッチを放り投げた。


「皇女殿下。夜な夜な王宮を抜け出し、密会とは。なんともはや…」


ベルナールは、詠の表情が動揺したのを確認し、下卑た笑みを浮かべた。


「ご安心を。私は、この件を王太子殿下に報告するつもりはございません」


侯爵は、囁くように言った。


「私は秘密裏に、この『不貞』を隠蔽して差し上げたい。なぁに、ただと言う訳ではありませんよ?」


彼は、金銭を要求する私利私欲を露わにした。


「皇女殿下の名誉と、この大和皇室の醜聞の隠蔽費用として、金貨3千枚。

決して高くはないでしょう?

婚礼の儀が始まるまでに、私に渡していただきたい」


ベルナールは、最後にとどめを刺した。


「婚約者である王太子殿下は、騎士道を重んじ、裏切りを最も嫌う御方でございます。この事実は、殿下、そして、この国の命運にも関わりまするぞ」


詠は、顔面蒼白になった。

ルークとの関係が、既にアヴァロンの使者の監視下にあり、ルークが自分を護るために誓った言葉が、皮肉にも彼女を追い詰めている。


「分かりました、侯爵。望み通り、金貨を用意しまよう。その代わり、他言無用願いたい。」


詠の瞳には、皇女としての強い決意と、一人の女としての深い絶望が宿っていた。


「いいでしょう、それではお礼として婚礼までの残りの期間、如何されようと私は目を瞑りましょう。」


侯爵は高笑いと共に部屋を後にした。

楽しい時には限りがあり、これが期限なのだと詠は自分に言い聞かせた。




その日の夜。詠は、湖畔にいた。

ベルナール侯爵の脅迫とルークへの思いの葛藤で、心は既にボロボロだった。

ルークと会うのは、これが最後。そう決めた。


ルークは、詠が意図的に避けていることに気づき、焚火を挟んで尋ねた。


「白。なぜ、俺からそんなに離れて座るんだ?」


ルークの声には、困惑と、深い不安が混じっていた。

詠は、ルークの顔を見ることなく、冷たく答えた。


「父から遠い国の貴族との婚礼が早まるという話があった。もう、ここには来られない。」


「婚礼が早まったとしても、俺の誓いは変わらない」


ルークは、前のめりになる。


「俺はあんたを裏切らない。あんたが望むなら、あんたを攫ってもいい」


詠は、ルークの純粋な言葉が、どれほど彼自身を危険に晒すかを知っていた。


「いいえ、ルーク」


詠は、初めてルークの目を見た。

その瞳は、凍えるように冷たかった。


「もう時間はない。全ては私の気まぐれだったんだよ。」


ルークの全身が、激しく硬直した。


「気まぐれ……だと?」


ルークの声が低くなる。


「あんたは、俺の人生の光だと、俺を信じてくれた。それが、気まぐれだと?」


「ああ、そうだ。」


白は、心を鬼にして続けた。


「私は、アヴァロンの騎士であるあなたに耐えられない、もう耐えられない。

あなたの優しさに偽善を感じる。

あなたが、私に優しくするのは、罪の意識からなのではと疑ってしまう。」


ルークは、その言葉に深く傷ついた。


「白……俺が平和を望むのは、あんたという光を見つけたからだ。罪の意識などではない」


白は、ルークの言葉に心を動かされながらも、別れの言葉を続ける。


「もう結構。

私は、あなたに平和を求める資格などないと思っている」


ルークは、白の言葉を遮るように、熱い決意を込めて語り始めた。

彼は、平和への使命を、騎士ルークの個人的な夢として語る。


「俺は、あんたに光をもらった。

俺は、戦いがどれほど無意味で、どれほど多くのものを奪うかを知っている。

あんたが、俺という仇国の騎士を、迷いながらも助け、信頼してくれた。

あんたの心に触れて、俺は、この大陸から戦争をなくすことこそが、自分の使命だと確信したんだ」


詠痛む胸を抑え、流れそうになる涙を必死に堪えた。


「俺の誓いは、あんたを護ることだ。

あんたの兄さんの憎しみも、あんたの背負う重荷も、すべて俺が受け止める。

もう俺は、あなた以外の女など愛せない」


ルークは、一歩も引かなかった。


「あんたは以外はいらない」


白は、ルークの告白に、絶望的な幸福を感じた。


「どうして?私は、あなたに酷いことを言っている。なのになぜ?」


詠はルークから離れようと立ち上がった。


「……愚かな騎士ね」


白は、冷酷な表情を作り、ルークを突き放す言葉を続けた。


「白、違うだろ?あんたも俺を愛してるはずだ。」


「もう、会う必要はありません」


彼女は、振り向かずに闇の中へと走り去った。

ルークは、その場に立ち尽くし、ただ、白が残した冷たい空気と、胸に残る愛の熱に、混乱していた。




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