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5:心の距離


湖畔で燃える焚火の炎が、夜の帳の中でパチパチと音を立てる。

その光は、詠とルークの横顔を照らし、二人の間の張り詰めた空気を際立たせていた。

詠は、ルークの優しさに触れるたびに、心が軋むのを感じていた。


「ルーク、あなたはなぜ、そんなに私たちを助けるのですか?」


詠は問いかけた。その声は、静かだが、突き刺すような鋭さがあった。

ルークは、腰の剣にそっと触れた。


「それを言うなら、あんたもだ。

俺は、この剣を、平和のために振るいたいという夢がある。信じてもらえないかもしれないがな」


「夢……」


「そうだ。俺は、戦いで傷つく人々を見るのが嫌なんだ。

誰が敵で、誰が味方かなんて関係ない。だから皆を守りたい。皆を守る。

そして、何よりも……白を守りたい」


ルークは真摯に続けた。


「あんたの、その優しい心を」


「……信じられない」


詠は、静かに、しかし突き放すように言った。

その声には、ルークがこれまで聞いたことのない、深い悲しみと憎悪が混じっていた。

彼女は、ルークから視線を外し、焚火を見つめた。


「私の兄は三年前、この国境の森で死んだ。

ルーク、兄は……アヴェロンの騎士が持つ魔剣に、討たれた」


ルークの体が、激しく強張った。詠の憎悪の根源が、自分国にあることを知ったのだ。


(俺の国が……彼女の兄を殺した。いや、俺が直接手を下したわけではない。

だが、彼女にとっては、俺は憎むべきアヴァロンの騎士そのものだ……)


ルークは、言葉を失った。


「私は……仇をとりたいの。兄のため、そして、この憎しみに囚われた自分のために」


白は、顔を上げず、憎悪の告白を続けた。

ルークは、苦悩を必死に押し殺し、不器用な言葉を選んだ。


「あんたの憎しみは、もっともだ。だが、白。俺は誓う。

俺は、あんたを護りたい。あんたが抱えるその憎しみまで、すべて俺が背負うから」


「なぜ、そこまで私に……」


詠は戸惑いを隠せない。


「あんたが、俺の光だからだ」


ルークはそれ以上は何も言えなかった。そっと手を伸ばし、詠の肩を抱きしめた。


「上手く言えないけど、俺も憎んでいた。大和は俺の大切なものを奪って行ったんだ。

平和な生活。仲間、人生。俺だって、憎しみに囚われていた」


ルークの告白は、白にとって衝撃的だった。


「でも、あんたは仇である国の俺を助け、信頼してくれた。

俺の剣に宿る光を憎みながら、俺を救ってくれた。

だから、俺は変わったんだよ。あんたの心に触れて変わったんだ」


ルークの腕に力が籠る。


「戦争ってくだらないって思った。敵味方関係なくあんたは助けるし、区別もしない。

家族を殺されても、そう思ってるあんたをみて、自分のくだらなさに気がついた」


ルークはそっと腕を緩めると、白に向き直った。

彼の目はとても真剣で、いつもの優しさが鳴りを潜めていた。


「私は、どんな人間よりもルーク、あなたなら信じられる。

誰よりも優しく、誰よりも真面目なあなたなら……」


詠はそっとルークの傷跡を撫でる。治癒呪術を施した場所だ。


「俺は裏切らないよ。あんたのためなら、この戦争を終わらせてやる。俺の騎士の誇りにかけて誓う」


いつもの彼とは違う、余りにも真剣な表情をするルークを見て、詠は苦い皮肉を込めてくすりと笑った。


「笑うな。真剣なんだ」


(この男は、自分が欺かれている事すら知らずに、戦争を終わらせると言っている。

この男は、私の嘘に気がついた時、どうなるのだろうか……)


詠は、その残酷な未来を頭の隅に追いやるように、ルークに優しく微笑んだ。

彼の胸に体を預けるように潜り込む。

突然の事に、ルークが動揺しているのがわかる。

彼の鼓動が激しく早い。


「ありがとう」

ルークの腕が詠を包み込んだ。

それは、偽りの関係の中で、彼女が忘れていた温もりと、心の温度が戻っていくような、束の間の安らぎであった。





一方その頃、大和皇城。

アヴァロン王国の代理人、ベルナール侯爵は、冷たい笑みを浮かべていた。報告書には、皇女・詠が夜な夜な王宮を抜け出し、騎士風の男と密会している詳細が記されている。

ベルナールは、報告書を静かに読み上げ、高級な大和の茶器を弄んだ。


「なるほど……夜な夜な王宮を抜け出していると。そして、騎士風の男と密会か」


ベルナールは冷笑した。


「おやおや皇女殿下。婚儀の前に不貞ですか?ふふふ。東洋の姫君も、なかなか情熱的ですな」


侯爵は、報告書を指先で叩き、勝ち誇ったように言った。


「この皇女の不貞という決定的な証拠は、婚儀の直前に公表する。

そうすれば、皇女の立場は地の底に落ち、皇室は道徳的な弱みを握られる。

これで、我が王太子殿下への手土産も整った。大和は、もう逃げられん」


公爵は不気味に微笑むと、報告書をグシャリと握りしめた。

その音が、大和皇国の運命が、非情な力によって捻じ曲げられる音のようだった。


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