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4:素顔



協力関係が始まって数日。

ルークは、自分のことをアヴァロンの騎士家の三男だと名乗った。

二人の活動は、夜の闇の中で密かに行われた。

白が癒やしの呪術を施し、ルークは剣を振るい彼女を護衛する。

呪われた森は、魔獣だけでなく、戦火に乗じて略奪を企む野盗も潜んでいる。

その危険を、ルークの剣はことごとく撃退してくれた。

その日の夜も、二人は里の病人を看病し終え、湖畔へ戻ってきた。


「ルーク、ありがとう。今日は、あなたがいなければ危なかった」


白は、素直に感謝の言葉を口にした。

彼の存在が、夜の活動において不可欠になっていることに、白は気がつき始めていた。


「気にするな、白。俺はあんたの剣になるって誓っただろう」


ルークは、甲冑を外さずに、焚火の前に座り込んだ。


「しかし、白の呪術は本当にすごいな。里の子供、あんなに熱があったのに、すぐに落ち着いた」


ルークは、大和皇国の文化や精霊を貶すことなく、不器用ながらも純粋な敬意を払い、詠の呪術を称賛した。


『巫女殿、あなたの力は本当に温かい。俺たちの国の治癒魔法より、まるで魂にすっと染み込んでくるようだ』


村人の純粋な言葉に、白は心の奥底が解けていくのを感じていた。




その夜、二人は湖畔に戻ると、焚火を囲んだ。

静かな水の音が、会話のない沈黙を包む。ルークは、ふと仮面に手を当てた。


「白」


ルークが静かに呼びかけた。


「あんたは俺の命の恩人だ。

それなのに、いつまでもお互いの素顔を知らないなんて、なんだか落ち着かない」


詠は目を伏せた。確かに、互いに仮面、覆面により顔を隠していた。


「私は、一人の人間としてあなたと接することができています。

 私の素顔はそんなにも重要ですか?」


「重要ではないなぁ。でもあんたの素顔には関心がある。」


ルークは仮面の下で、まっすぐな視線を向けた。


「俺たちの間には、もう信頼があるだろう?

俺の素顔も見せるし、なんならこんな仮面お互いに取らないか?」


彼の言葉から、「心の繋がり」を求めているように聞こえた。

白は、これ以上感情の交流を深めることを恐れた。


「あなたの仮面の下には、気にするほどの傷跡があるのだろ?」


「そうだな。女、子供は怖がるだろうな。」


詠は覆面に手をやる。

アヴァロンへ嫁ぐ身ではあるが、呪いの森に配属されるほどの下級騎士であれば問題ないだろうと考えた。

ルークは里の者の国籍関係なく話、交流していたし、万が一バレた所でルークであれば黙っていてくれると、そう思えた。


「どうだ?特に珍しいわけもないただの女の顔だろう?」


ルークのまっすぐな眼差しに、詠はたじろいだ。


「なんだ、なんでそんなにじっと見るんだ!」


「いや、なんだ、あれだよ、白って美人だったんだな。

肌も白いし、目も宝石のようで、唇なんか、もう……」


ルークはもたつきながら身振り、手振りを加えて詠を褒め称えた。

彼女は、恥ずかしさから、水際まで走った。

水面に映る白衣を纏った自らの姿を見つめる。

夜の闇に浮かぶその姿は、まるで光の欠片のようだと思った。

白は、決意を込めて、そっと口を開いた。


「……ルーク」


「なんだ?」


詠はルークに向き直り、ゆっくりといった。

その表情ははにかんでいるようにも見えた。

いつもの彼女らしかぬその表情にルークの心臓が跳ねる。


「大丈夫。大丈夫だから、あなたの顔も見せてほしい」


ルークは嬉しそうに頷いた。そして、詠に近づきながら仮面を取る。


「怖くないか?」


詠は首を横に振る。

額から、下、鼻のあたりまで火傷のような跡があったが、特に怖いと言う印象はなかった。

詠にとって美醜に関係なく、ルークはルークだった。


「白。あんたが俺の命を救ってくれた、その日から、俺はあんたの盾で、剣だ。

だから、いつも必要な時はルークと呼んでくれ!飛んでいく!」


彼は跪くと詠の手を取りその手の甲にキスをする。


「ああ、ルーク。ありがとう」


詠は初めて、温かい感情を込めて彼の偽名を呼んだ。その瞬間、二人の間にあった国籍と憎悪の壁が、ガラガラと音を立てて崩れて行くように感じた。




日が上りきると、白は再び皇女・詠に戻らなければならない。

公務も多々ある。

例え憎いアヴァロン王国の使者であろうと、面会せねばならない。

父である皇王の命には逆らえない。

煌びやかな布で設えられた席で、皇女・詠は、顔も知らない婚約者である西洋の王太子アルフォンスの代理人、

ベルナール侯爵と対面していた。

侯爵は、露骨に大和皇国の文化を見下す傲慢な態度を取った。

彼の瞳に宿る侮蔑の色は、夜の森で見たルークの誠実さとは、あまりにも対照的であった。


「皇女殿下。我々は、貴国の澱んだ空気で体調を崩されることを危惧しており、婚儀はできるだけ迅速かつ簡略化し、少なくとも魔物が活性化する四の月までには、この呪いの森を超えて、我が国へ輿入れしていただきたいと」


代理人の傲慢な言葉と、その瞳に宿る侮蔑の色に、詠の胸の奥で、再び憎悪の炎が燃え上がった。


(これが、憎むべきアヴァロンの傲慢さ……。兄上を殺し、この国を蔑む敵国の態度!)


詠は、冷徹な皇女の仮面を完璧に纏い、一切の反論を許さない声で言い放った。


「残り三ヶ月か。わが大和皇国の儀式は、簡略化など許されない。

なぜ、貴国へ配慮せねばならん。通常、皇女の輿入れには一年の時をかけるのが慣例だ」


「殿下、貴方様はなにか勘違いされておりますなぁ」


ベルナール侯爵は嘲るように笑った。


「我が国の意こそ最優先。すでに皇王陛下からも、迅速な対応の承諾を頂いております」


彼は、皇王の署名入りの公文書を誇示するようにちらつかせた。その後も侯爵の物言いに、詠はただ耐え、承諾するほかなかった。


(父上……)


詠は、アヴァロン王国を許せない。許すことなど決してできない。

例え嫁いだとしても、彼らの傲慢さに憎まれようと、許すことはできない。

大和皇国は、領土を広げることなく、背後の霊山と国民をあるがまま護り続けてきた。

一方、アヴァロン王国は、大陸全土を手に入れるため、霊山に眠る鉱物を欲している。

アヴァロンの軍事力は、圧倒的に強い。

両国間の呪われた森が防壁の代わりになってはいるが、いつか必ず越えてくるはずだ。

詠は、政略結婚という最後の道が、もはや降伏の儀式でしかないことを痛感した。


「道は……もうないのか」


詠の心はざわつき、何故かルークの顔が浮かんだ。

彼に会いたい。

彼に会って、優しさに触れ忘れてしまいたい。


彼女にはもう時間はなかった。

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