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永劫のセツナ  作者: ALOE
5/41

タイレル

 乾いた風が、血のにおいと混ざって吹き抜け砂塵を舞い上げた。

 その風と共に足音が近づいてくる。

 振り向いた先に、巨大な影がひとつ、立っていた。

 ――タイレル班長。

 この現場の班長であり、俺たち人間にとっては「比較的マシな扱い」をしてくれる、獣人の男だ。

 狼の顔をしており灰色の毛並み。

 体躯はフーコーよりも一回り大きい。しかし目つきは青く鋭く澄んでいる。

 血の匂いの中に立つその背中には、妙な威厳があった。


「……これは、どういう状況だ?」


 低く、抑えた声だった。

 フーコーは地面に這いつくばったまま震え、周囲には倒れた獣人たちの死体。

 そして、その真ん中で、俺はただ立っていた。

 タイレルは一歩、俺に近づく。


 その瞬間、条件反射のように、俺の中で何かがざわめいた。

(危険、か? ――いや、違う)

 殺意はない。

 ただ、目の前の男は俺に対して警戒しているというだけだ。

「おい、フーコー」

 タイレルは視線を落とさずその青く澄んだ目でフーコーを見据えた。


「……は、は……い……」


「説明しろ。ありのままをだ。


 お前の言葉が、この場の全員の命を決める」


 フーコーの喉がひくついた。


 俺は何も言わない。ただ、静かに見ていた。

 セツナ――と、背後から母のかすかな声がした。


 振り向けば、両親をはじめ、人間たちが傷だらけの身体でこちらを見つめている。

 俺は、彼らを守るためにここにいる。


 それだけは、はっきりしていた。


「……や、やりました」

 フーコーは顔をゆがめたまま、途切れ途切れに言い始める。


「俺が……人間どもに、『逃げてみろ』って遊びを……。十数えてから追いかけて……狩りの真似事を……」

 タイレルの瞳が細くなる。


「それで?」


「このガキが……そこのセツナとかいう人間が……逆らったんすよ。

 それでちょっと、見せしめにしようとしたら――」

 フーコーの視線が、俺に向く。

 その目には、混じりもののない恐怖があった。


「こいつが……何か、わけの分からねえもんを出しやがって……」


 タイレルは、そこで初めて俺を正面から見た。

「人間種が獣人族を屠ったと? それはにわかに信じられんが…お前が、セツナか」

「……はい」

 自分の声が、自分のものじゃないみたいに落ち着いて聞こえた。

 怒りはあるのかもしれない。けれど、この時どんな感情だったかうまく表現できずにいた。

 タイレルは、ゆっくりと俺に歩み寄ると、ためらいなく手を伸ばした。

 大きな手が、俺の華奢(きゃしゃ)な肩に触れる。

 その瞬間――俺の中の「何か」が、かすかに反応する。

(ん?……)

 意識すると、目の前の男の頭上に、淡い光の数字が浮かび上がった。

 LV72

 さっきは確か35だった。


 ――数字が増えてる?―—


 何故かしっくりくる数字だと思った。


 俺が黙って見上げていると、タイレルが眉をひそめた。

「……どうした?」

「いえ。……ただ、あなたは強いんだなと思っただけです」

 そう答えると、タイレルは短く笑った。

「あーはっはっは!! お前にそう言われると、少し誇らしいな」

 その笑いは、フーコーのそれとは違っていた。

 上から見下ろすのではなく、まっすぐこちらを見る笑いだった。

「フーコー」

「……はい」


「今のは、全部本当か?」


 フーコーは一瞬だけ口を開きかけたが、

 俺と、血まみれで倒れた人間たちを見比べ、喉を鳴らした。

「……ほん……とう、です」

 絞るように吐き出す。

 その声に嘘はなかった。嘘をつける空気でもなかった。


 タイレルは小さく息を吐き、それから俺の方へ向き直る。


「セツナ。お前の望みはなんだ?」


 俺は少しだけ考えてから、口を開いた。

「……この土地で、奴隷として働かされている人間たちを、解放してほしい。

 できれば、この村ごと、独立させてほしい」

 自分でも驚くほど、言葉はすらすら出てきた。

 怒鳴りもしない。ただ、目の前の現実を「間違っている」と感じたから、正したかった。


「俺たちは……ただ生きたいだけです。

 誰かの暇つぶしのために、殺されるのは嫌だ」


 タイレルは目を閉じ、しばらく黙った。

「気持ちは、分かる」

 しっかりとした声だった。


「だが、この場で俺ひとりの判断で、それを認めることはできない。この世界は人間は奴隷だと決まっている。 その理を変えるためにはまずフェルザリア王都に戻り、王の決裁を仰がねばならん」

「……そうですか」

 少しだけ、胸の奥がきゅっとした。

 それが失望なのか、諦めなのか、まだ名前は分からない。

 だが次の瞬間、タイレルは口の端を上げた。


「セツナ、お前は私の部下に殺されかけ、正当防衛だとはいえ、フーコーの話が本当であれば我が同胞の命を奪ったのだ。しかも20人もだ」


「……はい」


「その事に対してのケジメはどうつける?」


「わかりません、だけど、僕たち人間も何人か殺されました。首を飛ばされて。死者を蘇らせるには条件が‥…」

と言いかけて、あわててしゃべるのを止めた。


――何を言ってるんだ俺は……――


自分でも何を言ってるかわからなかった。


タイレルは続ける。

「獣人族の死者は20人、お前たち人間は8人。獣人族と人間族の命の価値が同じだとしても数が合わんが?」


「それは‥‥」


「フフ……」

 タイレルは、獣のように牙を覗かせて笑う。


「俺と戦え。セツナ」


 周りがざわめいた。

 人間たちは顔を青ざめさせ、フーコーは息を飲む。


「勘違いするなよ人間。これは制裁でも見せしめでもない。それで数の埋め合わせをしようという話ではない。 ――確認だ」


「確認?」


「フーコーがお前の何を恐れているのか、俺の目と身体で知っておきたい。

 もし俺を倒せたら、王都まで同行しよう。 道中、お前たち人間の安全は俺が保証する」

 条件は、理にかなっているように思えた。

 それに、タイレルの視線には、フーコーのような安っぽい嗜虐心(しぎゃくしん)はなかった。


――この小さな人間の子供が私の部下を御したとはにわかに信じられんが、この状況、辻褄(つじつま)が合わない事が多すぎる。フーコーは何をあんなに恐れているのだ?とにかく、適当にこのセツナという子供をあしらって事を収めるのが先決だ――

タイレルは心の中でそう思って澄んだ瞳をセツナに向けた。


「タイレル班長、わかりました。」

俺はうなずいた。


「でも……なるべく、怪我はさせたくありません」


「ハハ… 言うじゃないか。」


 タイレルは一歩、後ろへ下がる。

 獣人たちの死体を避けるようにしながら、足場の良い場所を選んで立った。


「ここでいい。武器は使わん。俺も、爪と拳だけにしよう」


「……分かりました」


 俺は深く息を吸い込み、胸の奥の熱を小さく整えた。

(力は……さっき、勝手に溢れた。

 今度は、抑えながら……少しだけ)

 何となく、そんなふうに思った。

 タイレルが構える。

 低く腰を落とし、流れるような重心移動。

 なんとなく分かる。これは、数えきれない戦場をくぐり抜けた戦士の動きだ。

「いつでも来い」


そう言って俺は一瞬でタイレル向かって踏み込み、タイレルの眼前に迫った。

タイレルは俺が消えたと思っただろう。


「……ごめんなさい。少しだけ、触れます」


 ぱしん、と軽い音がした。

 俺の手のひらが、タイレルの頬を、軽く叩いた。

 それだけだった。

 ――次の瞬間。


 タイレルの巨体が、音もなく吹き飛んだ。


 地面が砕け、空気が裂ける。

 灰色の巨体は一直線にすっ飛び、百メートルほど先の岩山に激突した。

 どん、と遅れて響く轟音。

 岩肌がひび割れ、砂塵が立ち上る。

 ……静寂。

 誰も、声を出せなかった。


 フーコーが、ぴちゃん、と小さな水音を立てた。

 股間から、色の薄い液体が土に染みていく。


「…………」

 自分の手を見下ろす。

 ほんの少し、頬を叩いただけの感覚しかなかった。

(……加減を間違えた)


 胸の奥が、少しだけ重くなった。

 これが「やってしまった」という気持ちなのだと、後で知ることになる。


――殺してしまったかもしれない――


 砂煙の向こうで、ごそりと巨石が動き、ズーンと音を立てて地面に倒れた。

 砂煙の向こうでタイレルが、ゆっくりと立ち上がった。

 口元から血を流し、頬は赤く腫れている。

 だが、折れた骨を無理やり押し戻すように、首をぐるりと回した。ボキボキと骨が鳴った。

「……ははっ」

 低く笑い、それからこちらを見た。


「おもしろい!!……化け物か」


「ごめんなさい。痛かったですか?」


「あたりまえだ」


「僕はどうなるんでしょうか?」


 タイレルは笑ったまま、胸についた砂を払う。


「あーはっはっは!! どうなるだって? 何を言ってるんだ。お前みたいな化け物に誰が何をするんだ? この俺を、あの一撃でここまで吹き飛ばした奴は、お前が初めてだ」


 その目には、恐怖ではなく、興奮と、少しの敬意が宿っていた。


「約束だ。フェルザリア王都まで、俺が同行しよう。

 この土地の人間どもには、追って指示を出す。

 ……が、その前に――」


 タイレルの視線が、ふいに横へ逸れた。


 そこには、こそこそと後ずさりしているフーコーの姿があった。


「どこへ行くつもりだ、フーコー?」

「い、いや、その……ちょっと怪我人の様子を――」


「嘘だ」


 自分でも驚くほど、自然に言葉が出た。

 俺はフーコーを見つめる。

 その瞬間、胸の奥の「靄」がふわりと広がった。

 黒とも白ともつかない霧が、足元から立ち上がる。

 それは蛇のように伸び、フーコーの足首に絡みついた。

「ひっ……!?」

 悲鳴を上げる間もなく、フーコーの身体はその場に縫いとめられる。

 逃げようともがいても、一歩も動けない。

 ――見える。

 フーコーの頭上に浮かぶ数字。

 LV32

 靄がさらに濃くなる。

 フーコーの口元がひくひくと震え、次の瞬間――

 何かが、口からずるりと滑り出た。

「う、げえぇええええっ」

 透明な粘液に包まれた、白いウナギのようなもの。

 だが、それはただの肉塊ではなかった。

 全長五十センチほど。

 先端には、ひとつだけ大きな目がついている。

 目玉がぐりりと動き、こちらを見た。

 頭上に、数字が浮かび上がる。


 LV5


 やはり、と何故か思った。

 ヌルヌルと震えるそれは、苦しそうにのたうち回り、

 やがて靄に絡め取られて、霧の中に溶けて消えた。

 フーコーが地面に崩れ落ちる。

 その頭上の数字は、LV14まで落ち込んでいた。


「な、なんだ……今のは……」

 タイレルが低く呟く。


 俺は首をかしげた。

「分かりません。

 でも……副長の心の声が聞こえました。〝助けて“って」

セツナはありのままを答えた。


 言葉にすると、胸の奥のざわつきが少しだけ落ち着く。

 タイレルはしばらく黙ったあと、深くため息をついた。


「いつの頃からか世界が、歪んでいるという話は、聞いたことがある。

 だが、目の前でそれを見せられるとはな……」


 世界が歪んでいる。

 何か(エントリ)の声が、遠い記憶の底で反響した気がした。



 そこには、瀕死だったはずの人間たちが、互いに支え合いながら立っていた。

 父と母も、その中にいる。

 意識を向けると、数字が見えた。

 父の頭上――LV20

 母の頭上――LV19

 さっき見たときよりも、高くなっている。

 他の人間たちも、同じような数値を浮かべていた。

「……セツナ?」

 母が、不安そうに、しかしどこか不思議そうに俺を見ている。

 父はまだ痛みに顔をゆがめているが、立っていられる程度には回復していた。

「みんな……強くなってる」

 思わず口に出すと、周囲の人間たちがざわめいた。

「つ、強く……?」

「俺たちが……か?」

「ええ。さっきまでは……もっと、ずっと低かった」

 俺が言うと、タイレルが興味深そうに目を細める。

「お前の力が、こいつらに流れたのか?」

「分かりません。

 でも、助かってほしいと、強く思ったのは本当です」

 それが「願い」というものなのだと、このとき初めて自覚した。

 

ここに来て、何かわからない感情が押し寄せてきた。 あたりに転がる獣人族の死体、タイレルの状況。 呼吸が荒くなる。

その瞬間、胸の奥がざわりと波立った。

正体の分からない吐き気が、喉の奥までせり上がる。


脳内に、遠くで誰かが名前を呼ぶようなノイズが走る

――■■■ナ……■■トリ……

だが覚えられない


「タイレル班長……」


「なんだ?」


「僕は何者ですか?」

俺は空っぽの胃から胃液を絞り出し、そのまま意識を失った。


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