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永劫のセツナ  作者: ALOE
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夜の影

夜の霞の中、巨大な影が浮かんでいた。

高度は約1000メートル。


星明かりを遮る黒い鉄の船体。

船腹には、金色で縁取られた茨の輪に囲まれた

黒いユニコーンの紋章が淡く輝いている。



無数の窓からは青白い光がもれている。

エルディクティアン帝国の巨大飛空戦艦だった。


船底からは、ほとんど音がしない。

ただ、魔導機関の低い振動だけが空気を震わせている。


その内部――医療区画。


蒼白い魔導灯が並ぶ無機質な金属の壁には

薬品の匂いが薄く漂っていた。


「……やめろ……触るな……」


寝台に固定された男が、途切れ途切れに呟いている。


ジーンは全身汗で濡れ、指先は白くなるほど握り締めている。

目は開いているが、焦点は合っていない。

何かを見ている。


だが、この部屋には何もない。

「腹の中を(まさぐ)るな……かき回される…嫌だ……!」


突然、体を大きく反らせた。

拘束具が軋む。

次の瞬間、絶叫。


「やめろォォォ!!」


医療官が一歩後ずさる。


「……また発作です」


扉の外に立つクロフォードが、低く息を吐いた。


「鎮静剤は?」


「効果がありません。肉体的異常は一切確認されていません」


隣に立つフォクシールが静かに言う。

「精神のみが損傷しています」


「……そうか」


クロフォードは腕を組み、天井を見上げた。

船体がわずかに揺れる。

推進機関の周期振動だ。


「……戦闘による外傷はなかったのだな」


「はい」

フォクシールは淡々と答える。


「記録上、対象は接触していません」


「それでこの状態か」


天幕――ではなく金属扉越しに、再び叫び声が響いた。

「触るな……来るな……!」


クロフォードの表情がわずかに歪む。

「事情聴取は不可能だな」


「現時点では」


短い沈黙。


クロフォードは低く言った。

「お前は、どう見る」


フォクシールはすぐには答えなかった。


医療区画の観察窓越しに、ジーンの様子を見つめる。


その目は冷静で、まるで実験動物を観察する研究者のようだった。


「対象は、既存の魔術体系に該当しません」


「断言できるのか」


「村人が当時の様子を語った事から推測すると、

詠唱なし、魔力波動なし、発動兆候なしという事です。」


静かに列挙する。


「奴はいつの間にかそこに居て

ただ立っていた と。

にもかかわらず、肉体の完全分解と再構築を行っています」


「それが行われたと なぜ解る?」


「それは‥‥」

フォクシールはジーンに掛けられているシーツをめくった。


「……!」

クロフォードの全身に寒気が走った。


「見ての通り、足が左右入れ替わっています。

具足は入れ替わっていないのに です。」

フォークシールは表情を変えず言った。


「それに、左手の小指が無い。

まるで、生まれ持ってそうだった様に。

綺麗に細胞が繋がっている。」

フォクシールは少しだけ笑みを浮かべながら

ジーンの左手を舐めるように観察した。


クロフォードの眉がわずかに動いた。

「……禁術の類か?」


「現在我が帝国の魔道研究機関が開発している

魔法によく似ています。」


「……」

クロフォードの眉間にしわが増える。


「いずれ、クロノス級駆逐艦に搭載予定です。」


「そんな物を‥‥」

クロフォードはフォクシールを睨むように言った。


「ただ…ジーンの状態は現在の帝国の

魔導理論では説明不能です」



また叫び声が上がる。

今度はすすり泣き混じりだった。


クロフォードは目を閉じる。

「任務は、奴の存在確認と能力調査だ。だが……」


「今回の一件はジーンの勝手な行動が招いた事かと。

それと、暴行を加えた証拠がない以上、傷害罪で

連行するわけにもいきません。」

フォクシールは片眉を上げて言った。


低い声でクロフォードが呟く

「敵に回せば厄介な存在と思うか?」


フォクシールは、かすかに微笑んだ。

「いくら奴が強いとしても、我が帝国に歯向かう

愚か者はいないでしょう。」


一拍置いて続ける。


「しかし用心に越したことはありません。

上層部には報告すべきかと。」


クロフォードは黙った。

遠く、船体のどこかで機関が唸る。


「皇帝は何をお考えだ…得体の知れぬ

あの者をどうするおつもりなのだ。」

(まあ 俺の様な下っ端には関係ないか…)


「私個人としてはとても興味をそそられる

存在です。ククク」


クロフォードは顔をしかめ窓の外を見た。


黒い雲の隙間から、村の灯りが小さく見える。

まるで地上の星のようだった。


「……あの村はどうする」


フォクシールは即答しない。


「現段階では監視のみが妥当です」


「理由は」


「対象が留まる保証がないためです。」

さらに低く続ける。


「あるいは――」


クロフォードが振り向く。

フォクシールの瞳が、蒼い灯りを反射して光った。


「我々が監視されているのかもしれません。」

その言葉に、クロフォードの背筋に悪寒が走る。


思わず、窓の外の闇を見る。

何もない。

ただ、夜の闇があるだけだった。

だが、見られているような気がした。


フォクシールは視線を上に向けた。

「夜明けと同時に高度を上げ、上からの指示があるまで

待機に移行することを提案します」


クロフォードはゆっくり頷く。

「……そうしよう」


再び医療区画から声が漏れる。

今度は弱々しい。

「……やめろ……」


ジーンの目は、何もない天井を見つめていた。

そこには、誰もいない。

だが彼には見えていた。

自分の存在が分解していく、あの瞬間が。

脳も内臓も、心ですら作り直された気がする。

一体自分は何なのだ と。


飛空艇は静かに空に浮かび続ける。

まるで、大地を見下ろす巨大な墓標のように。





「やはり戻られていましたか。」

扉を開けるとルモルグは目を細めて言った。


「村の者から聞きました。

子供たちを助けてくれたと。」


「僕がここに来なければあの子たちはあんな目に

遭わずに済んだ。」


ルモルグは静かに切りだした。

「この村にいる者は皆、以前は酷い扱いを

受けていた。」


「……」


「慣れっこなんですよ。」


ルモルグはそう言って首筋を見せた。

首筋から古い裂傷が下に向かっていた。


「それは…?」


「ええ、本来であれば生まれ落ちた時に

処分されていた。だが故あって生き延びた。」


ルモルグはゆっくりと椅子に腰をかけた。


「私は獣人族とダークエルフの混種です。

この国において混種には人権が無い。」


少しの沈黙があった。


「……人間もです。」

セツナは静かにそう言って仮面を脱いだ。


ルモルグは目を見開いた。


「僕は人間です。獣人族の奴隷でした。

だけどある日、力に目覚めた。」


ルモルグは黙っている。


「見過ごせなかった

自分の過去をあの子たちに見た。」


ルモルグは黙っていたが、やがて口を開いた。

「セツナ殿。あんたが探していた物。それは

ここにある。」


ルモルグはそう言うと、壁を手でまさぐった。

すると、小さなボタンが隠れており

それを押した。


すると、扉が現れ

横にスライドした。

埃が舞う。


「こんな所に…」


「あれじゃろう?」

ルモルグは杖で部屋の奥を指し示した。


セツナが部屋に入ると、そこは天井が無く

吹き抜けになっていた。

はるか上に星が瞬いていた。


「そいつは、わしがここに来た時からあった。

最初は気が付かんかったが、シロンがこの部屋を

見つけたんじゃ。」


「‥‥…」


「所々、緑色に発光しておる。今でも動いておる

ようじゃな。」


「ルモルグ長老、これから僕がする事は

他言無用でお願いしたいのです。」


「何をする気じゃ?」


セツナは目の前のドーム状の物体に手をかざした。

そして何かを小さく呟いている。


「アクセスコード、PI.1555588479、解析せよ…」


そう言った後

セツナの仮面越しの瞳に金色の魔法陣が

浮かび上がるのをルモルグは見ていた。

(見た事も無い文字…そして複雑な陣形……)


そして、物体の発光色は緑から赤に変わった。

その物体は、音もなく振動もなく

ゆっくりと上にせり上がっていく。


物体は上昇の速度を徐々に上げていく。

先端はこの建物の天井を飛び出し

最後は、目で追えないほどの速度になった。


そして、その物体が出きったところで

上昇はピタリと止まった。

先端ははるか上空にあった。

セツナは片腕をかざすと

何もない空間に丸い穴が開いた。


「こんな物が…なんて巨大な…」

ルモルグは物体を見上げて思わず声に出してしまった。


セツナは穴を物体の真下に持っていく。

すると、物体は穴に向かって下降し始めた。


物体が穴に吸い込まれていく。

ヒュルヒュルと風切り音だけが

この空間を支配していた。


瞬く間に、すべてが穴に収まると

穴は音もなくスッと閉じた。


フーっとセツナは息を吐いた。


ルモルグは呆気に取られていたが

次の瞬間、不思議な感覚が全身を覆った。


「なんじゃ…暖かい…焚火(たきび)の前に居るようじゃ…

それに…なつかしい…?」


「他言無用ですよ…長老。」





「なんだ?あれは」


クロフォードは飛空戦艦のラウンジで

ウトウトとしていた時

別の兵士が囁いた。


兵士が指さす方を見ると、クロフォードは

目を見開いた。


「村の中か?」


地上から伸びてきた長細い鉄塔の様な物は、

すぐに縮んで行った。

その後、大地が一瞬だけぼんやりと緑色に光った

気がした。


その時、それを目撃した数人の兵達

がざわついたが、程なく何事も無かったかのように

静まり返った。


だがクロフォードは立ち上がり、黒い革のグローブをはめた。



医療区画にある処置室にて

ジーンは眠らされていた。


大量の鎮静剤を投与され、ようやく大人しくなった

のだった。


髪は抜け落ち、頬はこけ、額には汗が滲んでいた。


その部屋の片隅に彼をじっと見つめる影があった。

その生物は長細く、ヌメリのある体の頭をもたげ

先端の、体の割には大きな口を開き

舌なめずりをした。


誰にも気づかれる事なく――







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