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永劫のセツナ  作者: ALOE
41/47

ボッカ

アルハジルはまだ焦げた匂いが風に交じっていた。


王宮のそこかしこで勝鬨(かちどき)の声が聞こえる。

そこには笑顔と涙が溢れていた。


キルヒードはアルハジル宮殿のバルコニーで

その様子を眺めていた。


その傍らにはシシル、ナシャシャ、ギモンがいた。


彼らに笑顔はない。


キルヒードを称えるコールが大地を揺らした。


「皆あなたを称えている」

シシルが静かに声を出した。


兵士たちを見るキルヒードの眼差しは

遠い国の民を見るようだった。


笑顔を作る事がこんなにも困難だとは

思わなかった。


「見事な采配でした。キルヒード様」

ナシャシャが言った。


「厳しい選択をさせた。ナシャシャ」

ナシャシャは首を振った。


「大役を買って出てくれてありがとう。ギモン」


「ほんと人使いが荒い王さんだ。門番だぜ おれ」

ギモンは少し照れたのか、頭を掻いた。


「そして、シシル大将、あなたが居なければ

この戦いは負けていた。

どれだけ兵士の心を支えたか、計り知れない。」


「この仕事一筋30年続けております。

仰せのままに。いつでも」

そう言ってシシルはその太い腕を胸に当て一礼した。


「それから…」


キルヒードはバルコニーの片隅で

肩を押さえ、うな垂れているクリシュの方に

向いた。


「クリシュ。よくぞ駆けつけてくれたな」


「……」

クリシュはうな垂れたまま、一言も発しない。

血の付いた鎧は未だ乾ききっていない。


シシルが口を開く。

「ナシャシャ、ギモン、

さあンディマに帰る支度だ」


ナシャシャもギモンもハッとした

「さあ、浮かれている兵どもを整列させるぞ

ここの処理も考えねばならん」


「あ‥ああ…」


「ええ? 俺も?」

ギモンは露骨に嫌な顔をした。


直ぐにシシルの拳骨が頭に落ちる。

「イテッ」


シシルは2人の肩に手を回し、去っていった。



「井の中の蛙大海を知らず って言葉が、

はるか東方の国のことわざであるらしい」

キルヒードは地平線を沈んでいく太陽を

見つめていた。


「うまく言ったものだ」

キルヒードの顔が少し緩んだ。


「やっと井戸から出たのさ、俺もお前も」


クリシュは顔を上げた。


「代償は…高くついたが。」


「私は…」

クリシュが言いかけた所でキルヒードが

言う。


「3か月、牢屋暮らしをしてもらう」


「!?」


「その後は、好きにすればいい」


「私は…国を裏切りました。そして何より

あなたを殺そうとした。」


クリシュは唇をグッと一文字に結んだ


「死をもって償います。」


「誰にだって過ちはある。何より俺が

そうなのだから。」


「……」


「この国はズタボロだ。民は愛想をつかして

出て行ってしまった。」


キルヒードはフーっと息を吐いた。


「周りには俺たち蛙を付け狙う

蛇たちがたくさんいる」


「何が言いたいのですか」

クリシュは憔悴しきった顔で問うた。


「もしよければだが…手伝ってくれないか?

民たちが戻りたいと思う国作りを。」


クリシュは目を見開いた。


「さっきのことわざには続きがあるんだ

"されど空の青さを知る”」





アルハジルから北東へ数キロ。

丘陵地帯の広い草原に、無数の天幕が張られていた。


獣人族の軍勢である。


その中央には、他よりも大きな天幕が一つ。

その中で、セファルトは地図を見ていた。


その傍らに

杖をつく男が居た。――ガルマン・トゥルバ。


「二日経ちました。」

ガルマンが低く言う。

「あと一日」


セファルトは答えない。


地図の一点を指でなぞる。

アルハジル。


「人とは愚かだ」

ガルマンが続ける。

「しかし時に、

とてつもない集中力を発揮する」


「俺はそれに賭けている」

セファルトが言った。


その時だった。

天幕の外で騒ぎが起きる。

兵が駆け込んできた。


「殿下!」

「アルハジル方面――」

兵は息を整えた。


「どうした、落ち着いて話せ」


「の…のろしが!」


セファルトはゆっくり立ち上がった。

天幕の外へ出る。


夕焼けに染まる空の向こう。


遠く、細い煙がまっすぐに上がっていた。


セファルトはそれを見て――

わずかに笑った。


「なるほど」


「二日か」


ガルマンが横に並ぶ。

「予想より早い」


セファルトは静かに言った。

「いや」

「予想通りだ」


セファルトはニヤリとした。

そして一呼吸置き


「全軍に伝えろ」


兵たちが姿勢を正す。


セファルトは振り返りもせず言った。


「フェルザリアへ帰還する」


ざわめきが広がる。


ガルマンが問う。

「よろしいのですか」

「ンディマを攻める好機でもあります」


セファルトは笑った。

「約束は約束だ」


遠くの煙を見ながら言う。

「王が生まれたのだ」


「民は気が付くだろう、誰についていけば

いいのかを。」


そして静かに続ける。

「それに――」


少し空を見上げる。


「面白い」


ガルマンの目が細くなる。

「あの王子が、ここまでやるとは」


セファルトは兵に命じた。


「飛空艇を上げろ」


その瞬間――


草原の向こうで巨大な音が鳴る。


ドォォォォォォン……


巨大な飛空艇が浮かび上がる。

一隻。

二隻。

三隻。

やがて数十隻。


ガルマンが呟く。

「リザードたちは、あれを見るでしょう」


セファルトは笑った。

「見せてやれ」


(追いついてみろキルヒード)


そして静かに言った。

「全軍に伝えろ、足を踏み鳴らせ。」





リザード兵達は、隊を分散し、ンディマに帰還する

グループが長い列を作り、城門を出ようとしている

ところだった。


「なんだ…?」

「地震か…」


しかしそれは等間隔のリズムを刻む

地響きだった。

体の中心がムズムズするような振動だった。


ズン・ズン・ズン・ズン‥‥…


北東の方角の森から土煙が上がっている。

無数の鳥や動物たちが霧散していくのが見える。


獣人兵達が足を踏み鳴らしている音であった。


その森の中から、巨大な物が浮きあがっている


「船か…!?」

「浮いている……」

「敵か!」


しかもそれは1隻や2隻ではない、数十隻は確認できる。


遅れて轟音が轟く。


その光景に皆、呆気に取られている。

馬がいななく。



「キルヒード様!」

シシルが叫ぶ。


「心配はいらない シシル」

キルヒードは落ち着いていた。


「なんですって?」

シシルはいまいち理解できない表情で

聞き返した。


「あれは獣人族の軍、そしてその王セファルト・フェルザリアだ」


「何!?」

シシルは剣の柄に手をかけた。


「攻めては来ない」

キルヒードは淡々としていた。


「ではなぜ我が領内に!?」


「取引をした。一方的だがな」


「どういう事です?」


「3日以内に挙兵し、アルハジルを制圧せよと

、もし叶わなかった場合、我が国に攻め入ると。」


「な……」

シシルはそれ以上何も言わなかった。

何かを考え込んでいるようだった。



空飛ぶ船が一隻、こちらに向かって飛んでくる。


「こっちに来るぞ…!」

リザード兵達は口々にわめいている。


その船が丁度真上に来た時

キルヒードは抜刀し、天に掲げた。


船はキルヒード達の真上の空で

ぐるりと輪を描き、ファルザリアのほうへ

飛んでいった。



・・・・・・・・



「帰ろう、フェルザリアへ。

タイレルが痺れをきらす頃だろう」


(ふふ、いい顔になったな、キルヒード)


「何を笑っているのですか?殿下」

女性騎士団長のレイチェルが不思議そうに

セファルト見た。


「ん? 笑ってなどいない」


「笑ってましたよ 確かに!」


その時、ジンが口をはさむ

「殿下、ダークエルフの帝国に怪しい動きがあると

我が配下、“カラス”から報告がありました。」


「何!? それは忌々しき事態」


レイチェルは少し頬を膨らませた。

「むー」





砂漠のオアシスはたくさんの人で

にぎわっていた。


沢山の人と、荷物を載せた馬やラクダ

土煙を上げながら走る馬車。

肉の焼けるにおい、たばこの匂い

威勢のいい露天商の声。


その雑踏の中を仮面をつけた男がキョロキョロ

しながら歩いている。


つい先日、このオアシスの料理屋で食べた

ボッカがまた食べたくなったのだ。


「あったあった」


セツナの見つめる方向に

ヤシの木とナイフとフォークが描かれた看板があった。


前と同じように暖簾(のれん)をくぐる。


そして前と同じように、リザード人以外は

奥の部屋に通された。


「ボッカと水を」

セツナは席に座る前にそう言った。


メニューを渡す前に注文を聞いたので

従業員は一瞬セツナを見たが


「かしこまりました。」

と言って厨房へ戻っていった。


席に着いたセツナはゆっくりと目を閉じた。

そして店内の会話に聞き耳を立てる。



<姉さん 元気かい?>

<……商売は…さっぱりさ…>

<ええ もうそんな歳なの…>


そしてある会話が引っかかる。


<あの王子だよ、王位を継いだって>

<軍を率いてムフティールを…>

<戻ってみようかな…ンディマにさ>



「はい、お待ちどうさま」

その時、従業員が食事を運んで来た。


「これこれ!」

セツナはスーッと湯気の立つボッカの

匂いをかいだ。


空の色を映したオアシスの水面は

どこまでも深く青色に輝いていた。


これにてリザードの章は終わりです。

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