白い巨躯
ナシャシャ達が秘密の通路に入ろうとした時
大きな衝撃が地面を揺らした。
「地震か…」
「なんだ…」
ざわつく兵士たち。
何かにつかまっておかなければ
立っていられない。
やがて揺れは小さくなり、程なく止まった。
兵士たちの騒ぎ声が聞こえる。
「あれを見ろ!」
「何かが噴き出しているぞ!」
ギモンとナシャシャは慌てて外に出て
兵士達の指さす方向を見ると
王宮の大屋根から天へ向け
淡い緑色の光が噴き出していた。
「あれは……」
ナシャシャが呟いた。
「とにかく王宮へ行くぞ」
ギモンは秘密の通路に戻っていった。
◆
「ここだ」
ナシャシャは小さな扉の前で止まった。
「俺が行こう。俺はハイドラ(光学迷彩)が使えるからな」
ギモンはそう言うと、姿を消し、扉のノブをゆっくり回した。
時間にして2、3分後、ギモンの声がした。
「ナシャシャ、入って来い。お前だけだ。」
「なぜ私だけなのだ?」
「来りゃわかる」
ナシャシャは大きな尻を小さな間口にねじ込ませながら
入っていった。
ナシャシャが玉座の間に入ると、ホールは半壊していた。
真ん中に巨大な亀裂が走り、
先ほど見た淡い緑色の光がわずかに
噴き出していた。人の高さほどはあろうか。
ギモンを見ると、あれを見ろと顎をしゃくった。
そこには、見た事も無い生物がゆっくりと這っていた
馬ほどの大きさだが、ぱっと見、人の手の様な形を
していた。
ドロリとした体液の跡を残しながら窓の方に向かっている
ように見える。
ふと、ナシャシャはある物を見つけハッとする。
その生物の尻の部分が人の顔の形をしているのである。
「ムフティール…様」
思わず声に出す。
「辛けりゃ俺が殺ろうか?」
ギモンが口を開いた。
「………」
「こいつはもうムフティール将軍じゃない
得体の知れねえバケモンだよ」
ナシャシャは黙っている。
「さっさと終わらすぜ」
ギモンはそう言うと、その異形に飛び掛かった。
切っ先が届こうとした瞬間、鞭のような触手が
ギモンに飛んできた。
剣で直接ダメージは防いだが、弾き飛ばされ
柱に激突した。
「ぐっ…なんて力…」
異形はそれでも前進を止めず、ズルズルと窓際に
向かっている。
「逃げようとしている。この期に及んで。
恐らくだが、この下から噴き出した光が
こいつを弱らせたんだ。」
ギモンが言った。
「聞け!ナシャシャ、こいつをあの裂け目に
落とすんだ。」
ギモンが叫ぶ。
「お前ら!入ってきて手伝え!」
ギモンがそう言うと、待機していた兵士たちが
わらわらと入ってきた。
兵士たちは状況を見てざわついている。
その時
「待って」
ナシャシャが叫んだ。
皆が黙る。
そう言うとナシャシャはゆっくりと異形に
近づいていった。
異形は触手を鞭のようにしてナシャシャを攻撃する。
しかしナシャシャは一刀のもと触手を切断した。
そしてそのまま剣を異形の背中に突き刺した。
ナシャシャの立つ場所に血だまりが広がっていく。
バタバタと暴れ、他の触手でナシャシャを鞭打ち
顔や腕に傷が増えていく。
ギモンにまで血しぶきが飛ぶほどだった。
一人の兵士が助けに入ろうと一歩踏み込もうとしたが
ギモンが制止した。
「手出すな」
ナシャシャは眉一つ動かさず、刺しこんだ剣を離さない。
やがて異形は動きを止めた。
ナシャシャはフーっと大きく息を吐いた。
剣を引き抜くと、一振りし、鞘に納めた。
踵を返した時
「ナッシュ…」
掠れた弱々しい声が、異形から聞こえた。
ナシャシャはハッとして立ち止まったが
振り返る事はしなかった。
「す…まなか…った…」
消え入りそうな声だった。
ナシャシャは拳を握り、目をつぶった。
自我を取り戻したムフティールは、ズルズルと
光が噴き出る裂け目の方に進みだした。
「さ…らばだ…愛し…い我が…娘…よ…」
その瞬間ナシャシャは振り返った。
異形はすでに裂け目の縁だった。
「お父さん!」
そしてムフティールは落ちていった。
辺りは光に包まれ、そして
やがてゆっくり静かに消えていった。
落ちる瞬間、ムフティールの顔は
幼き日に見た、やさしい
叔父の顔だった。
◆
王宮から少し離れた場所では
キルヒード達の戦闘が続いていた。
周りの建物は瓦礫と化し、その山の中で
巨大な影が蠢いていた。
使徒ギャリガンと名乗る異形がドラゴンの
背中に張り付いていた。
ドラゴンが口から何かを吐き出した。
炎ではない、紫色をした煙のようなもの。
その煙が触れた場所にある物は、
みるみる朽ちていった。
「腐敗のブレス…!」
クリシュが呟く。
だがキルヒードがいる近くは何故か腐敗が起らない。
しゃがれた太く低い声が響く。
「貴様はコアエネルギーを使えるようだ」
「?」
「貴様……我の器……ククク……克服できる。」
「何を言っている」
キルヒードはそう言いながら斬撃を繰り出した。
「良質なのだよこの地のコアは」
無数の触手がキルヒードを絡め取った。
すかさずクリシュが触手を切断するが
後からすぐに生えて来る触手はいくら切っても
キリが無かった。
ギャリガンはキルヒードを抱えたまま体を回転させ
尾の一撃をクリシュに見舞う。
壁に叩きつけられるクリシュ。
「次の宿主はお前だ、キルヒード」
「何!?」
キルヒードは藻掻くが、触手はビクともしない。
「デモニウスとやらはもう少し歯ごたえがあったぞ」
「クッ…」
龍脈の流れも循環せず、感じる事も出来ない。
更に触手の先端が皮膚を突き破り、体の中に入ろうと
している。
キルヒードは苦痛に顔を歪める。
そしてギャリガンの触手が顔に巻き付きだした。
顎に力が入らない。
触手はキルヒードの口をこじ開け、中に入ろうと
していた。
舌の奥にヌルりと冷たいものが触れた。
壁に叩きつけられたクリシュは
脳震盪を起こしていた。
視界がぼやけるが、気持ちを奮い立たせ
ギャリガンに向かおうとした瞬間
視界の端がわずかに光った。
クリシュはのけぞり、間一髪、誰かの太刀を
かわした。
「惜しい惜しい」
そこには手を叩く華奢な男が手を叩いていた。
「ムドオン副長…」
ぼやける視界でもはっきりとわかった。
常に片方の口角が上がったにやけ顔は
間違いない。
「副長、あなたも……」
「何の事かね、クリシュ・E・ラーハド嬢」
ムドオンは鼻の下の髭を指でしごきながら言った。
「そこをどいて頂けますか?副長」
はっきりと言った。
「そう言えばどくと思うのかね?」
「……」
「デモニウス…あの堅物は、ムフティールの名前を
出すと、すぐ飛んできたよ。」
「何?」
「我があるじ、ギャリガン様に捧げるためにな!」
「クッ!」
最初の太刀はクリシュの方が速かった。
鞭の様なクリシュの横なぎ払い
しかしムドオンは数ミリの差でかわした。
ムドオンのサーベルの連続高速突き
しかしクリシュは全てをよける事はできない。
頬や腕に太ももに切り傷が増えていく。
「ホレホレホレ!」
しかし、ムドオンはすぐに違和感に気付く。
地面が凍っている。そしてそれが足元にせり上がって
きている。
「クッ…私の攻撃中に魔術を…」
氷は足元から腰、ついには胸まで覆い
剣を持つ腕に到達した。
「これで身動き取れないでしょう?副長」
「小娘め、小癪な」
「とどめ!」
そう言ってクリシュは剣を上段に構え
振り下ろした。
しかし…
キー―ンという音でツヴァイハンダ―は弾かれた。
「腕が2本しか無いとでも思ったのか?」
ムドオンはしたり顔で背中に隠し持った腕で剣を持ち
クリシュの一撃を防いでいた。
「しまった、間合いに…」
クリシュが言うやいなやムドオンは
4本目の手に持つ剣でクリシュの肩口
を突き刺した。
その時
空を何かが覆った。
暴風が吹きあがり
瓦礫が舞い上がる。
巨大な影がが近づき、やがて辺りの建物を
轟音を響かせ、破壊しながら降り立った。
白いドラゴン――?
ギャリガンのドラゴンとは比べ物にならない巨躯。
「こ…こんな時に…」
クリシュは思わず呟いた。
ここに居る全てが動きを止めた。
ギャリガンはなぜか慌ててキルヒードを解放した。
地面に放りだされたキルヒードは、両手を地に着き
激しくせき込み嘔吐する。
苦しみの中、視線を感じたキルヒードは
その巨大なドラゴンを見上げた。
宮殿よりも巨大な翼。
深く蒼い瞳。
静かに、キルヒードを見下ろしている。
一瞬、目が合った。
その瞬間
何かが流れ込む。
荒れた海。
黒い空。
遠くの大地が崩れる光景。
(バカな‥‥)
キルヒードは眉をひそめる。
次の瞬間。
白いドラゴンが口を開いた。
淡い緑色の粒子。
(こ…これは龍脈…)
光の奔流。
ギャリガンが絶叫する。
融合体が焼かれる。
「やめろ!!」
融合ドラゴンの身体から黒い塊が弾き出される。
(あいつが…)
地面に叩きつけられ、のたうち回る生物。
その瞬間。
世界が静まり
瓦礫も、風も、声も止まったように感じた。
次の瞬間。
キルヒードが踏み込んだ。
一閃――
ギャリガンの身体が真っ二つに裂け
黒い液体が飛び散った。
クリシュは肩口の傷を押さえながら
ムドオンを見ていた。
「クッ・・・あと一歩だったものを‥」
ムドオンの顔にカチリとヒビが入る
ヒビは増え、さらさらと溶けるように
粒子となっていく。
「どのみちお前たちは…」
そう言ってムドオンは風に溶けていった。
蒼いドラゴンが倒れている。
息をしているかわからない。
白いドラゴンはこの青いドラゴンを
助けに来たのだろう。
(弁明はできないな…)
キルヒードは小さくため息をついた。
緩やかな風が吹いた。
なぜかキルヒードもクリシュも
その風が心地が良いと思った。
白いドラゴンがゆっくりと顔を下ろす。
蒼いドラゴンの匂いを嗅いでいる。
白いドラゴンはおもむろにその巨大な手で
蒼いドラゴンをつかんだ。
巨大な翼を広げると
とてつもない風圧で塵や瓦礫が飛んで来た。
二人は片手で顔を覆う。
蒼い瞳が、もう一度だけキルヒードを見つめた。
そして一気に飛びあがり、一息で遥かに高く
小さくなった。
そして雲を突き抜け、消えた。
暫く言葉は無かった。
キルヒードは振り返り
クリシュを見た。
向こうからナシャシャが駆けてくる。
ギモンもいる。
「行こう」
キルヒードは言った。
キルヒード達が歩き出した時
消えかけているギャリガンの口がわずかに動いた。
「いつまでも……お前の好きにはさせぬ」
声は風に溶ける。
誰も気づかない。
だが、仮面だけはカチリと音が鳴った。




