循環
ドラゴンの咆哮が、アルハジルを震わせた。
その声は王宮へ続く階段を上るンディマの兵達も振り返る
程だった。
こいつは感染している――
キルヒードは一歩踏み込み
フーっと 息を吐いた。
地の底の、複雑に絡み合った流れが
キルヒードの足の裏側に枝を伸ばしていく。
流れはキルヒードを媒介として、また地へ戻り
龍脈を己が丹田に貯蔵する。
キルヒードはこの動作を自然にできるようになっていた。
自分でも不思議なほどに……
ドラゴンが小屋や樹木を破壊しながら突進してくる。
「来い!」
そう言って盾を構える若き王は
落ち着いていた。
その事は自身の驚きであった。
その瞬間、ドーン! という衝撃が辺りを震わせる。
真正面からドラゴンの突進を受け止めたのだ。
巨大な口を開け、噛みつこうとしてくる。
肉食獣の本能のまま その頂点たる獣 まさにそれだった。
受け止めたがそのまま後方に押されていく
立っていた場所から10メートルほど後方に轍ができる。
自分がドラゴンを受け止めているという
事実よりも、ある事が気になった。
龍脈の流れが弱い――
ふとドラゴン越しに、さっきの仮面の男をちらりと見る。
仮面の男が手をかざした突起が、地面からぐんぐん伸びている。
「なんだあれは…?」
と、その瞬間、
「しまっ…‥!」
強烈な炎がキルヒードを包み込む。
「くっ!…なんて火力…」
髪の毛や鱗が焼ける香ばしい匂いが漂う。
キルヒードはドラゴンの口元に盾を押し込みながら
大きく開けた顎の裏に剣を突き立てた。
「フロストグラント」
というと、ドラゴンに刺さった剣に霜が降り始めた。
その霜はドラゴンの下顎まで増殖していく。
激痛で叫びをあげるドラゴン。
剣が刺さったままのドラゴンがのけぞった瞬間、
素早く距離を取る。
(龍脈を奴に流す事が出来れば…)
溶けた盾を投げ捨てる。
見ると
ドラゴンは掌の上に紫色の魔法陣を展開している。
「ΘΓΔΞ§Δ……」
「ドラゴンが詠唱だと!?」
ほどなく黒い雲が立ち込めはじめ、バリバリと稲妻が
放射状に走る。
その瞬間、複数の稲妻がキルヒードに直撃した。
「ぐはっ!!」
痺れて起き上がれない……
ドラゴンは巨大な翼を一度はためかせ
一飛びでキルヒードの傍に降り立った。
風圧で塵が舞い上がる。
勝ち誇ったように咆哮するドラゴン。
ドラゴンは顎に刺さった剣を抜き、放り投げた。
キルヒードは這いずりながら落ちた剣へ手を伸ばす。
しかし伸ばした腕をドラゴンが踏みつける。
「ぐあー!!」
激痛と共にコキッと嫌な音がした。
さらにドラゴンの咆哮が痛みを増幅させる。
(くそ…万事休すか…)
その時、キルヒードの前に立ちふさがった影があった。
その影は両手剣を構え、じりじりと左に移動して
ドラゴンの注意を逸らしている。
「あれは…」
その人影はキルヒードの剣を足で蹴って寄こした。
「クリシュ」
「!?」
ふと見ると、ドラゴンの向こうに長くて巨大なものが
宙に浮いていた。
「あの仮面…」
先端が見えないほど長い物体が、空間に空いた穴に
吸い込まれていくところだった。
その瞬間、龍脈が堰を切ったように流れ出すのを感じた。
キルヒードの体を駆け巡る。
(なんだ…‥)
キルヒードは立ち上がり
目をつぶった。大きく息を吐く。
大地から上がって来るエネルギーは
キルヒードの体を駆け巡り、鳩尾の
あたりに蓄積していった。
暖かい――
キルヒードはゆっくりと目を開ける。
クリシュがドラゴンの攻撃をかわしつつ、反撃している
のが見える。
しかしドラゴンは、クリシュの両手剣に噛みついた。
ジリジリと押されていくクリシュ。
「くっ…うっ……」
その時
(まただ……)
キルヒードの視界は、暗転し、生あるものだけが
輪郭として浮き上がった。
それは流れていた。
綺麗なクリシュの流れ、淀んだドラゴンの流れ。
体が勝手に動く。
自分ではない何かに操られているように。
キルヒードはゆっくりと歩いていった。
そしてドラゴンの頬に優しく手を当てる。
あっけに取られているクリシュ。
キルヒードは大地から流れてきた龍脈を
ゆっくりとドラゴンに流していく。
循環させる。
ドラゴンの淀みが浄化されていく。
クリシュは腕に伝わるドラゴンの力が弱まっていくのを感じた。
そしてドラゴンの目がカッと見開いたかと思うと
その目はゆっくり閉じ、巨大な体はゆっくりと地に崩れ落ちた。
同じころ、この戦いに身を投じている者全員が
異変を感じていた。
アルハジルの街に広がっていた赤い花が、
一斉に黒く萎れ、塵となって風に溶けていった。
倒れていた市民が痙攣する。
叫び。
呻き。
腹を押さえて転げ回る者。
次の瞬間、皮膚を裂いて何かが這い出る。
細く、黒く、ぬめる影。
細長い異形が、至る所に出現し、ンディマ兵に
襲い掛かった。
怯む兵達にギモンが怒鳴る。
「構えを崩すな!馬鹿野郎」
異形たちは地面を這いまわり、あたりかまわず
噛みついている。
「こ こいつら、次の宿主を探してるのか?」
しかし、程なく動きは緩慢になり、最後は塵に消えた。
ナシャシャが兵を叱咤する。
「前へ! 止まるな!」
程なく、ナシャシャ達はアルハジルの宮殿の広場まで
到達していた。
「ここからは馬を降りるんだ」
兵達に言った。
いつの間にか、辺りは静寂に包まれていた。
赤い霧も晴れ、青い空に巨大な雲が浮いている。
勝どきの声が出るはずなのに
なぜかこの光景に時を忘れた。
ギモンでさえも。
ナシャシャは感じている。
ムフティールは、玉座の間に居ると。
叔父は私を待っている。
アルハジル宮殿には秘密の通路がある。
「こっちだ ついてこい」
そこは外から見ると何の変哲もない、兵の待機所だった。
扉には使用禁止の張り紙。
「ギルゲ、扉を」
ナシャシャがそう言うと、ギルゲは巨大なハンマーで
扉をたたき割った。
土埃の向こうには何もない空間があった。
ただの土壁。
ナシャシャが床の一か所を踏むと、壁だと思っていた
ものがスッと開いた。
かび臭い。
「ここから一直線に玉座の間の隣の部屋まで
繋がっている。」
ナシャシャが剣で通路の奥を刺した。
「おっ 秘密の裏口ってか」
いつの間にか追い付いてきたギモンが口をはさむ。
「そうだ」
「ンディマにもあるんだぜ」
ギモンが自慢げに言う。
「もう用は無いが」
暫く沈黙。
「それもそうだ」
ギモンが呟いた。
気持ちよさそうに寝息をたてている
巨大なドラゴンの傍らで
クリシュはへたり込んでいた。
「私……」
クリシュは言いかけた、
だが何を言っても今のこの男には
意味をなさないと分かっていた。
キルヒードは近づき、クリシュに手を差し出す。
何も言わず、クリシュはキルヒードの手を取った。
マメだらけの男の手は分厚く硬かった。
「……」
キルヒードはクリシュを引き上げて立たせた。
「行けるか?」
キルヒードはクリシュを見てそう言った。
クリシュはハッとしたが、表情に出さないようにこらえた。
渦を巻いて込みあがっていた沢山の言葉が
一瞬で霧散した。
「はい」
クリシュの瞳が一瞬輝いた。
ふと気が付くと、さっきの仮面の男の姿は消えていた。
「あの仮面の…」
キルヒードは言いかけたが、
クリシュが不思議そうな顔をするだけだった。
二人が馬にまたがろうとした瞬間、
異様な気配が二人を襲った。
良い気配ではない。
二人は同時に振り返った。
さっきまであの仮面の男が居た場所。
あの突起のあった場所に、黒い鎧の兵士が立っていた。
「デモニウス…‥」
デモニウスは無言だったが、おもむろに魔法陣を展開し
雷槍を何本か打ち込んできた。
「プロテクトバブル」
クリシュがそう言うと、キルヒードとクリシュを
ドーム状に薄い膜が覆った。
バチンバチンと雷槍は弾かれたが、最後の一撃で
バリアは粉々になった。
「クリシュ、狙いは俺なのが明らかだ。
お前はギモン達に合流するんだ。」
「……私は…」
クリシュはゆっくり息を吸った。
「これは私のケジメ。」
少しの沈黙。
「わかった。」
デモニウスの鎧の至る所から触手が蠢いている。
今にも内側から弾けそうだった。
くぐもった声でデモニウスが言う
「器となるのだ。キルヒード。
苦痛の無い世界を手にできる。
このデモニウスと同じように。」
そう言った瞬間、デモニウスの鎧は爆散し
鎧の破片が壁に刺さる程だった。
そして中から無数の触手が生えた
巨大な異形が姿を現した。
「我は第25使徒ギャリガン、
我らの計画を邪魔するものは許さぬ」
異形はそう言うと、横たわるドラゴンの背中に張り付いた。
異形の触手はドラゴンの皮膚を突き破り、一体となった。
ドラゴンが苦痛の咆哮を上げる。
二人は剣を構えた。
いつも読んで頂いている皆さま。本当にありがとうございます。
仕事の都合上、不定期になってしまいます事をお詫びいたします。
今後ともご指導ご鞭撻のほどをよろしくお願いいたします。




