片鱗
キルヒードは辺りを見回した。
ギモンもナシャシャも、それぞれが今できる事を
やろうと目を輝かせて駆けまわっている。
(仕方ないか)
キルヒードは一人で王宮に入っていった。
人気の無い宮殿内だった。
ランプも消え、暗闇と静けさが広がっていた。
コンコンと大理石の床を踏むブーツの音が
広い宮殿内に反響する。
(あまりにも人がいない…)
父たちは軟禁されていると聞いた。
恐らく第6の客間であろう事は見当がついていた。
第6の客間は窓がない。
客が問題行動を起こした時、取り逃がさないためだ。
(キリアン姉さんが大人しくしてるとは思えないけど…)
キルヒードは注意深く進んだ。
そして間もなく、6の客間という所で
キルヒードは立ち止まった。
囲まれたか――
「誰だ」
すると後ろに気配があった。
「ククク…… のこのこ戻ってきたか
お坊ちゃん」
キルヒードは振り返った。
「ムドオン…貴様…」
「どうやって助かったのかは知らんが
あのまま死んでおればよいものを。」
「家族はどこだ?」
「死んだ 全員な」
「……」
「お前も死ぬんだよ! キルヒード!」
キルヒードは鞘から剣を抜いた。
夕日が刃を艶めかしく照らす。
「やれ、クリシュ」
いつの間にか前方にクリシュが立っていた。
クリシュは無言で両手剣ツヴァイハンダ―を正眼に構えた。
「許嫁に殺されろ!」
ムドオンが笑みを浮かべながら叫んだ。
「クリシュ……」
キルヒードもクリシュに対し正眼に構える。
僅かにクリシュの指が震えていた。
一歩、にじり寄る。
その瞬間クリシュの姿が消える。
速い。
カーンと刃と刃がぶつかる音がした。
キルヒードは半身で受ける。
刃が滑り火花が散った。
間合いを詰める。
打ち込みをいなす。
キルヒードは一撃も返さない。
ただ、受けて、流す。
「チッ 本気で戦え!」
クリシュが叫ぶ。
「本気だ」
静かな声。
刃が弾かれる。
クリシュの足がわずかに崩れる。
「しまっ……」
クリシュは急いで腰を落とし体制を持ち直そうとする。
そして次の下段からの攻撃に移行する。
しかしキルヒードが見当たらない。
「!?」
慌てて振り返るクリシュ
すると間合いの少し先にキルヒードは立っていた。
剣をだらりと下げ、脱力したかのように。
「……!」
クリシュは急に汗が噴き出てきた。
ムドオンをちらりと見る。
さっきまで、したり顔だったムドオンから笑みが消えていた。
(何なの? 本当にあのキルヒード?)
クリシュはジリジリする焦燥感にかられながら
再びキルヒードに向き合った。
その時――
西門広場で爆発音。
悲鳴が起こる。
「おい! 何だ!? 倒れている兵がいるぞ!」
「救護班!!」
兵達はあわただしく駆け回る。
兵の隊列の中心が爆発したように感じた。
土煙に交じって炎が上がっている。
「いや、あれは爆発じゃねえ。 魔法だ。
魔法攻撃だ!」
ギモンが叫ぶ。
「魔導士がどこかに潜んでいるぞ!各自
厳戒態勢!」
ナシャシャも叫んだ。
すると別の場所で悲鳴が上がる。
見ると、ンディマ兵が他の兵士を襲っている。
次々に倒されていく兵達。
しかし、次の一撃はギモンによって間一髪はじかれた。
ンディマ兵の格好をした男のフードがひらりと落ちる。
ギモンは目を見開く。
「お前は……!」
「ははは、久しぶりじゃないかギモン!」
「王下6剣は自軍の兵士を殺すのか?
とち狂ったか? ヨム!」
「自軍だと? おめでたい奴だなギモン
あのお坊ちゃんに何も聞いてないのか?」
「何?」
「俺たちは最初からムフティール様側よ!」
その時、また爆発が起こった。
しかし悲鳴は聞こえない。
爆煙が収まっていく。
煙が収まるとそこにはナシャシャが居た。
ナシャシャの前には大きな魔法陣があった。
ナシャシャは上を指さす。
「魔導士はあそこだ」
空中に浮かぶ男が言う
「ほお 俺の爆炎球を防ぐとは
ただの雑魚処理とはいかなくなったか」
その時、ヨムが叫ぶ
「ヒムリー!!」
「!?」
その瞬間、空中のヒムリーは体が縦に割かれていた。
「なっ?……あ、ああ……」
一瞬の静寂があった。
ふたつになったヒムリーの体は血を噴き出しながら
落下していった。
上空にはパチンと刀を鞘に納めるナシャシャが居た。
兵士たちから歓声が上がる。
「なっ…あのヒムリーが…一撃で……」
ヨムの表情が血の気の退いた表情に変わる。
(ムドオン副長に合流せねば!!)
ヨムが慌てて王宮の方へ向きを変えた瞬間
一瞬で目の前にギモンが現れた。
「逃がしゃしねえ!」
ギモンはヨムの鳩尾に剣の柄の一撃を叩き込んだ。
「うはっ……」
ヨムはその場に崩れ落ちた。
「おい!誰かこいつを縛り上げといてくれ!
聞きたいことが山ほどある」
すると2~3人の兵がヨムを取り囲んだ。
◆
キルヒードの目に映るのは、人物の輪郭だった。
今は目の前のクリシュの輪郭だけが見えていた。
クリシュの輪郭は目まぐるしく色が変わった。
その動きはとても緩慢で、次にどう動くのかを
いとも簡単に知ることができた。
「お前を殺したくない」
ふとキルヒードは呟いた。
その声色には焦りも、不安も、恐怖も無かった。
ただありのまま、静かな事実が口に出ただけだった。
「な・・・舐めないで! あなたなどに…!!」
クリシュはフーっと息を吐き、腰を落とす。
そして超高速の突きを繰り出した。
だが次の瞬間、クリシュの脳は振動した。
そしてクリシュの世界は暗転した。
キルヒードがクリシュの頸椎に手刀を当てたのだ。
そして崩れ行く彼女を抱え、ゆっくり地面に寝かせた。
キルヒードは立ち上がり、ゆっくり向きなおる。
ムドオンは静かに佇んでいる。
「キルヒード皇子。何があったか知らないが
つい先日とは見違えたな。」
「……」
「しかし私はクリシュの様にはいかんぞ」
ムドオンはサーベルを抜くやいなや
無数の突きを繰り出した。
「この突きが見えるか!?」
キルヒードは護り人の目を使い輪郭を探る。
しかし輪郭はかすみ、追い付けない。
ムドオンの刃が掠めた瞬間、ヒリッとする感触があった。
防戦一方のキルヒードの頬や肩に切り傷が増えていく。
(なんだ…視界がぼやける……)
そして片方の膝がガクッと落ちる。
「ククク…効いてきたようだな」
ムドオンは下品な笑みを浮かべた。
「毒…クソッ」
もうだめか、と思った時、かすむ視界に誰かの影が
立ちふさがった。
キー―ン
という剣をはじく音がした。
「ムドオン…」
「その声は姉上…!」
「キルヒード!」
キリアンはキルヒードの肩に手を置いた。
「生きてたんだね! 良かった。」
キリアンがふと見ると、ぼんやりと、弟の体から緑色のオーラが
漂い出していた。
(姉弟が揃ったか……皇子…回復している…
今は分が悪い)
その時、窓ガラスが割れる音がした。
「ムドオン!!」
気が付くとムドオンは窓を破って、逃走していた。
◆
どこかの暗い回廊。
壁や床に血の跡。
サイラスが壁にもたれる。
震える手。
「……力が欲しい…」
沈黙。
しゃがれた声が言う。
「証明するか?」
一瞬、額に黒い紋様が浮かび、消えていった。
鱗が逆立つ。
血管が浮き出る。
何かが体中をはい回る感覚
サイラスは血走った目を見開いた。
「ああああ・・・・・」
その瞳の奥に異形の影が映る。
息を切らしてサイラスが笑う。
「ハアハア…‥ククク…」
いつの間にかサイラスは闇に溶けていった。




