姉弟
キルヒードは、改めて鎧と向き合った。
さっきのは何だったのか。
自分に柄が吸収されていった。
何かが変わったのか…
いや、体も心もさっきと同じ体感だ。
だが、心の奥の隅の隅で、
小さい何かが首をもたげている。
キルヒードはそれを見ないようにした。
感じないようにした。
「なんで俺なんだ? なんで俺ばっかり!!」
そう 言葉にした瞬間、小さい何かは少し大きくなった。
鎧は、切っ先をキルヒードに向け、腰を落とした。
構えを変えた――
鎧は踏み込み、一瞬でキルヒードに到達した。
カーーン!!
しかし体が自然にそれを受け流した。
続けて2の太刀、3の太刀が連続で打ち出された。
しかし間一髪のところで受け流す。
鎧はまた、切っ先をこちらに向け、腰を落とした。
そして同じ攻撃パターンを繰り返した。
「なんなんだよ、
こんな事に付き合ってられないんだよ。」
鎧は手をかざし、空中に小さな魔法陣を展開した。
そして青いエネルギーの玉を連続で打ち出した。
同時に、鎧はフッと姿を消した。
キルヒードは青い玉を盾で防ぐ。
しかし同時に、側面から急に現れた鎧の剣が迫る。
キルヒードはその斬撃を剣で受け止めた。
「くっ!」
<<また俺だ。>>
<<いつも…>>
<<皆は好きなようにやって>>
<<はけ口を俺に押し付ける>>
<<俺はへらへら笑う>>
<<皆はそれを俺に望んでる>>
<<俺だって……>>
<<……こんな事なら…>>
<<生まれて来なければ良かった>>
鎧の攻撃は続く。
規則正しく、一撃ごとに。
太刀を受ける腕の骨がきしむ。
<<いっそ……>>
<<この太刀を受ければ……>>
心の隅の何かが呟いている。
「お…ま…え……」
「?」
「お前、いつまでやるんだ? それ」
急にはっきりと聞こえた。
「‥‥ひぃ」
心がギュッとなって思わず声が出た。
小さい何かはまさしくキルヒードと瓜二つだった。
小さなキルヒードがこっちを指さしている。
もう一つ空間が現れた。
小さく矮小な、裸の自分が
布団の中で膝を抱えて震えていた。
その傍らには、
燃えるような深紅の鎧、グリフォンの外套を羽織り
静かに佇む、キルヒードがいた。
それはまさに王だった。
「バ‥バカバカしい
な‥何の“王”だというのだ…?」
鎧はその後も、重い攻撃を繰り出した。
はじめは受け身だったキルヒードだったが
いつしか、何も考えず、ただ剣を受け、打ち返す事に
没頭するようになっていた。
どれくらい時間が経ったか。
滴る汗が土を濡らしてゆく。
ふと、鎧は動きを止めた。
キルヒードを見つめている。
「名は……」
鎧が問いかける。
「キルヒード」
そう答えたキルヒードは酷く冷静だった。
「我はカーディナル・ンディマ・ドラグウール。
我はここを護るために在った。」
「……」
「お前はここを出てはならぬ。」
「何故」
「それが護り人の役目だからだ。」
「外が壊れたのは…
あんたがここに居続けたからだ」
「ならば、誰が此処を護るのだ」
二人の間に長い沈黙があった。
そしてキルヒードは遠くを見て首を横に振った。
「……誰も」
「私は…」
ガシャン!
カーディナルの手から剣が落ちた。
そして鎧はそのまま動かなくなった。
暫くして、キルヒードは盛られた土の前に座っていた。
顔は土で汚れている。
盛り土には剣が刺さっている。
あの鎧、カーディナルが落とした剣。
剣の音も、息遣いも、いつの間にか消えていた。
優しい風が静かに佇むキルヒードの頬を撫でる。
どこかからか風が流れている。
やがてこの場所も晒されるであろう。
キルヒードはぼんやりと考えた。
◆
一方姉のキリアンは迷路のような王宮を
壁伝いに注意深く進んでいた。
幾つかの角を曲がった時
少し先にろうそくの灯に揺れる人の影が動いた。
キリアンは剣を口に咥え、するすると天井の梁まで
駆け上がった。
梁から梁へ伝いながらその影の主が見下ろせる
位置に来て、キリアンは驚いた。
向かい合って話をする
デモニウスとムドオンだった。
さっきからねずみの鳴き声が聞こえる。
ふいにそう思っていたが
声の主は、デモニウスとムドオンに相違ないと
確信した。
聞いたことのない声色で、言葉なのかどうかも
わからない。
「チューチュー」と言っているのだ。
キリアンは狼狽してしまい、小石を
蹴飛ばしてしまった。
ほんの微かな、音。
デモニウスとムドオンの会話がピタリと止まる。
そして、デモニウスの鎧の目の部分がゆらゆらと
揺れている。
よく見ると細長い触手の様なものが蠢いている。
触手の先端は紛れもなくキリアンを指していた。
そして、先端には目があり、パチパチと
瞬いた。
キリアンは素早く向きを変え
離脱をはかる。
梁から梁へ、飛ぶように駆ける。が
すでに追手が付いていた。
「3人…」
追手は同じスピードでついてくる
一人がキリアンに迫り、側面から刺突の太刀。
キリアンはそれを体を捻ってかわし
そのまま首を刎ね飛ばした。
しかし追手は怯むことなく一人がキリアンに
躍りかかる。
キリアンは剣を横に払う。
しかし
キリアンの初撃は防がれ、そのまま攻防戦になった。
その隙を狙い、最後の追手は地面に着地し、そのまま
廊下を進む。
(そっちは…!!)
キリアンは駆けてゆく3人目の追手を横目で見ながら
両親の顔が浮かぶ。
だが、今対峙している敵は攻撃の手を緩めない。
しかし、その時、キリアンの胸に強烈な痛みが走る。
「こんな時に…」
胸を押さえ、へたり込むキリアンを
仕留めにかかる敵。
「死ね」
追手の動きに迷いはない。
心臓に剣を刺すだけだった。
が……
気が付くと、手を床につけ
脂汗をかいていた。
呼吸は乱れ、頭の中をかき回されたようだ。
「なん…だったの…?私は何をして…」
その瞬間キリアンは吐き気をもよおし、嘔吐した。
胃液しか出なかった。
キリアンが顔を上げると、黒装束の男が
四つん這いで嘔吐している。
「な…何…だ…? うう…」
キリアンは必死で状況を探る。
「たしか…私は…」
遥か昔の記憶を呼び起こしたように
キリアンは起き上がった。
不思議と発作は治まっていた。
よろよろと歩き出し
なんとか部屋が見える場所まで到達した。
「ドアが開いてる…」
あけ放たれたドアから灯が漏れている。
なんとか部屋に入ると
メイドが二人倒れていた。
絨毯に血が広がっている。
「この子たち、ママを庇って…」
ジャヒードとビビ、それに追手の男、3人とも
地に伏せ、苦しんでいる。
その時、後ろから声がした。
「お前たちは死んでもらう。」
振り返るとデモニウスが立っていた。




