表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
永劫のセツナ  作者: ALOE
30/45

揺らぎ

――東雲の暦2055  霜原の期 26――


ンディマ西門


1年前、俺はンディマの正規兵に志願した。

家は貧しく、母と妹がいたが、父親は妹が生まれて

すぐに蒸発した。


生まれた場所は、切り立った断崖が続く、ソスという

地図にも存在しないような小さな村だった。


これといった産物はなく、ヤギの乳とチーズ

わずかばかりの野菜や木の実が収入源の村に

ある日、軍の鎧を着た兵士がやって来た。


物珍しいものを見るように子供たちは兵士の周りを

囲んだ。


俺自身も兵士を見るのは初めてだった。

兵士はンディマで正規兵を募集している事を

伝えに来たのだ。


この国の情勢など、まるで理解していない俺は

この村ではありえないその報酬額に飛びついた。


「こんな大金、ここに居たって絶対稼げない。」と。

母親に相談する間もなく、旅支度を始めていた。


そして俺は今、ンディマの正門前に居る。

俺は防衛線の最前線に立たされていた。


教官からは筋が良いと褒められた。

この一年、俺は必死で戦闘訓練を積み重ねた。




ムフティールの軍が押し寄せて来た時

先頭をきって飛びぬけて来る兵士が一騎。


俺は戦闘訓練を思い出し、槍を構える。

しかし敵兵であるそいつは、俺たちを軽々と飛び越え

一気に隊長の元に迫った。


その兵士は(まばた)きする間に5,6人の味方をなで斬りにし

あっという間に俺の所属する部隊の隊長の首を

切り落とした。


味方から声が上がる


「ナシャシャだ!」


「討ち取れ!」


隊は混乱し、陣形が崩れた所に、敵本体がなだれ込む。


「あ‥あんな奴が……」

俺は恐怖で足がすくみ、一歩が踏み出せない。


「隊列を乱すな! 武器を構えろ! 訓練を思い出せ!」


馬上の上官からの(げき)により、俺は心を持ち直し

襲って来た敵兵の腹を槍で射抜いた。


槍を伝って流れて来る血。

俺は初めて人を(あや)めた。


「うおー!!」

そして俺は必死に槍を振るった。


――――


どれくらい経っただろう。

気がつくと、俺は膝をついていた。

息を切らせ、吐く息が白い。


頬を撫でる風と、膝から伝わって来る冷たさが

“今”へと自分を引き戻したようだった。


だけど、“何”が起ったのか…


左手に重みがある。見下ろすと、槍を握っている。

柄が汗で濡れていて、親指のカギ爪が(てのひら)

に食い込んでいた。


 ――いつから、こうしていた?


頭の中を探る。

さっきまでの記憶はある。

夢中で槍を振るっていた。


突撃の角笛が鳴った。

陣形が崩れた。誰かが叫んだ。


そこから先が無い。


 「……おい」


隣にいたはずの同僚に声をかけた。

彼も地面にへたり込んでいる。

盾を落とし、眉間にしわを寄せ、息を荒くしていた。


 「お前今、何をしていた?」


 同僚は瞬きを繰り返し、何度も首を振った。


 「…わ…分からねえ」


 声が震えている。

 恐怖というより、混乱だ。

 立ち上がろうとして、足がもつれる。


周囲を見ると、同じような兵が何人もいる。

敵も味方も。

立っている者もいるが、誰もが一瞬、

自分の手や足を確かめるような仕草をしていた。


「隊列を整えろ!」


その声だけが、やけに明瞭だった。


振り向くと、少し後方に士官が立っている。

名前は知らない。

剣を抜き、当然のように命令を飛ばしていた。


「何をしている、急げ! 敵はすぐそこだ!」


その口調には、迷いがなかったが

俺はすぐに違和感を覚えた。


 ――敵?


 確かに、敵が来ていたはずだ。

 だが、今この瞬間、俺たちは何と戦っている?


 「さっき……」


 誰かが言いかけて、言葉を止めた。


 「さっき、何だ?」


 士官が即座に食いつく。


 「いや……」


 言えなかった。

何を言えばいいのか、分からない。

ただ心がかなり疲弊している。

とても辛く嫌な事を経験し()た後のように。


余韻だけが重く残り、ただ何も思い出せなかった。

士官は苛立ったように舌打ちし、剣を振り上げた。


 「さっさと隊列へ戻れ! 目の前の敵を殺せ!」


 その言葉は正しい。

 戦場では。


 だが、俺の背中を冷たいものが這い上がった。

 考える時間が「終わった」のではない。


時間が、消えている。


空気が、ふっと軽くなった気がした。

音が、遠のく。

次の瞬間――

誰かが叫んだ。


「敵だ!」


俺は反射的に槍を構えた。

その時、なぜか確信した。


一瞬の間に何かを経験したんだ と。


それが通り過ぎたあとに、

俺たちは“思い出せなくなった”。





ギモンは、後方の高い場所で指揮を執る、

クリシュやサイラスを見つめていた。

士官学校で同期だった彼らと自分は立場が

違った。

剣技の授業では常にトップだったが

それよりも意味を成すのは“身分”だった。


その歪な仕組みが、味方同士の戦争を引き起こしている。

一度利権をつかむと、手放したくなくなるものだ。

俺だってそうするだろう。


でも今の自分の役職に不満は無い。

学年主任の先生は比較的“楽”な職場に俺を斡旋(あっせん)

してくれたからだ。


ただ時折、先生は俺に“仕事”を持ってくる。

出世しない代わりに、汚れ仕事を手伝わされている。


結局、俺は都合の良いように使われる。


ギモンは立ちふさがる敵兵を、次々に倒しながら

少し先で鬼神のように戦う、筋肉の塊のような“女”に

近づいていく。


そして、二人の間に空間ができた瞬間

ギモンは弾丸のように踏み込み、喉を狙って下から上に

剣を切り上げた。


ガキ――ン!!


ギモンの鋭い喉への一撃は、その女の剣が阻んだ。

「ほぉ」

したり顔のその女は、ぎらついた目でギモンを見た。


「そこをどいてくれないか? 羅刹のナシャシャ」

お互いの剣を合わせながら、ギモンは女に言った。


「その名前を知ってるという事は、お前も同業か」


「どうでもいいだろう?この際。どかねば斬る。

俺は仕事をするだけだ」


そうして、ナシャシャとギモンの攻防が始まった。


一般兵には目で追えず、誤って二人の間合いに

入ってしまった者はずたずたに切り裂かれた。


しかし、それもつかの間、ギモンは剣を


止めた――


同時にナシャシャ剣を止め、お互いの首に

あと数ミリの所で刃は止められた。


ここで刃を振るえば、何かを間違える。

そういう感覚だけが、はっきりとあった。

目の前の強者。


一瞬何かを見た。

頭の中に膨大な情報が流入してきた気がした。

選択肢があった。


辺りは戦場の気配が、消えている。

血の匂いはある。

叫び声も聞こえる。

だが、ほんの数瞬前と今では全く異なっていた。

ギモンは、無言でナシャシャを見つめた。


ナシャシャもギモンを見つめる。


だが言葉が出てこなかった。


ギモンは黙って剣を鞘に納め

(きびす)を返して歩き出した。


ナシャシャはその場で立ち尽くした。


「なんだったんだ、あれは・・・?」


夢なのか現実なのかさえも理解不能であった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ