繰り返す
二度目の人生は商人として生きる事にした。
両親を幸せにしたい。という事と、父が書いたあの赤い本を踏襲し実践できるかどうかを
証明したかったからだ。
二度目の人生は静かな成功に満ちていた。
前世の記憶と父の本の知識を武器に、誠実に、人々と向き合った。
嘘をつかない。誇張しない。という事が結局は近道なのだと前世の記憶の限りそう思っていた。
しかしそううまくはいかず、何度も裏切られ騙された。
だがやがて俺は商人として街に根を下ろし、子どもができ、孫ができ、気づけば老いが静かに訪れていた。
九十五歳のある夜、囲炉裏の火を見つめながら、俺は自らの手を眺めた。
節くれだった指、皺だらけの皮膚。
この手は幾千枚の契約書を書き、幾千人の手を握り、沢山の紙幣の枚数を数えてきた。
富も名声も手に入れた。だが、結局はすべて“流れ”の中の一部だと悟った。
そして、誰かが富めば誰かが飢える。
――知ることは、生きることを強くする。
だが、生きることを繰り返せば、強さの意味は薄れていく。
もし”次”があるとしたら、その人生はどんなだろう。
そう思いながら、俺は静かに息を引き取った。
―—後悔はない。いい人生だった――
その瞬間、またあの“画面”が目の前に現れる。
――ステータスを引き継いで、もう一度人生を始めますか?
はい/いいえ
俺は、迷わず“はい”を選んだ。
まだ、学び足りなかった。
もっと知りたかった。
次の人生で、俺は同じく商人になった。
ただし、前よりも慎重に、そして大胆に。
数字の扱いも、交渉の駆け引きも、もはや反射だった。
人の嘘を目で見抜き、価格の未来を心で読む。
成功は加速度的に訪れた。
富は雪のように積もり、やがて俺は大商会の主となった。
だがその終わりは、意外な形で訪れた。
――解雇した元従業員が、俺の心臓に刃を突き立てたのだ。
「あなたのせいで、家族は飢えた」と彼は泣いていた。
人よりも手が遅く、記憶力も弱い。
彼を解雇するのは致し方なかったのに。
俺はその時、初めて理解した。
学ぶことが力であるなら、力の使い方も学ばねばならぬのだと。
死の直前、視界の端に光が走った。
――同じ画面。
当然 はい を選んだ。
だがその奥で、何かが微かに変わった。
その次の人生では、俺は魔術師になった。
生まれた瞬間、魔力が切れて廃棄予定だった魔石ランプに灯がともったのだ。
両親は大喜びし、きっと神に力を授かったのだと嬉々として、役所に俺を連れていき
魔力量を測ると、0歳児にもかかわらず、50年修行を積んだ宮廷魔術師並みの魔力の持ち主だと
いう事が判明したからだ。
国から役人が来て、両親の前にとんでもない金を積み上げ、俺は0歳にして宮廷に召し抱えられる事
になった。
そして研鑽を積み、わずか10歳にして、この世界に10人しか居ない十賢人の一人として
名前を連ねる事となった。
俺は敵国に甚大な被害を与える存在となり、いつしか悪魔の子と囁かれるようになった。
だが15歳になった時、思春期真っ只中の頃、娼婦に誘惑されて毒を飲まされあっけなく死亡した。
しかしその後も死亡すれば必ず、選択肢が現れた。
そして冒険者、スパイ、漁師、医者、格闘家、召喚士、騎士――。
気づけば俺は、この世界のあらゆる生き方を経験していた。
知識は広がり、技は研がれ、心は削られ、やがて透明になっていった。
ある時、ふと気づいた。
俺の体は、限界を超えるたびに“軽く”なっていた。
剣を握る腕は以前より速く、目は遠くの矢を捉え、呼吸ひとつで痛みを制御できる。
死ぬたびに何かが消え、同時に何かが残る。
必要なものを取り入れ、必要のない物は削られていった。
その繰り返しが、俺を作り変えていったのだ。
千回目の生で、俺は生後二日にして立ち上がり、
二歳の頃には、村を大都市に変える“連鎖”を生み出していた。
両親にわずかな助言を与えるだけで、思考の歯車が回り、
彼らが自らの意思で文明を築き上げていくのを、俺は見ていた。
だが俺は決意した。
――もし次にこの画面が現れたら、“いいえ”を選ぼう。
もう十分だ。もう飽きたのだ。
だがその願いは、世界に拒まれた。
千回目の生で、俺の命は尽きなかった。
肉体は衰えず、時を超えてなお生き続けた。
五百年の時を経ても、心臓は力強く鼓動していた。
死という概念が、もはや意味をなさなくなっていたのだろうか。
家族が、仲間が、知り合いが、先に死んでいった。
そして何度も孤独と絶望を経験した。その事も私にとって学びに変わった。
そして、千一回目の夜。
俺は自分で自分を殺害する事にした。
100メートルの高さから落ちても死なない。
剣で切られてもかすり傷一つ付かない。
無酸素で10年は生きる事ができた。それ以降は試してないが。
溶岩がお風呂のように気持ちよかった。
南極のクレバスも同様に居心地が良かった。
そこで私はこの世で最も固い物質を探し、錬成し、長い針を作った。
それを頭に刺し、脳を直接損傷させる事にした。
かくして試みは成功した。
自分が刺した針は脳幹まで届き、意識は飛び、やがてブラックアウトした。
―—ようやく終わりを迎えられた――
しかし画面は現れない。
―—自殺では現れないか…… うん、これでいい――
しかし暫くして――声が聞こえた。
「私はエントリ。あなたは、世界を正すために生まれ変わり続けた。」
ーー??―—
それは光の中から響く、春の陽気のような優しい声だった。
その声は遠く、同時にすぐ傍で囁いていた。
俺の意識の奥底に、オレンジ色の培養液のような物が見えた。
その中心で、中の物体が目を開けようとしていた。




