表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
永劫のセツナ  作者: ALOE
28/45

芽吹く

同じころ、獣人族の宮殿内にある小さな部屋で


イト・ポリライトプラは小さな丸い窓から覗く

青空を見上げながら考えを巡らせていた。


セツナが獣人族の王都に来て、十年以上が経った。

セツナが旅立った今も、空を見上げない日はなかった。


雲の高さ、風の流れ、湿度、匂い――

イトは紙束を机に広げ、過去の観測記録に目を走らせた。

生まれてからずっと空は灰色だと思っていた。

常に薄い霞がかかり、遠景はぼやけていた。


今は違う。


朝の空気は澄み、肺の奥まで新鮮な空気が届く。


夜には無数の光の粒が夜空に散らばる。

あれを()という事を古い文献で知った。

この世界は回転していて、

あの小さな星にも同じ大地があるのだと。


獣人族の子どもたちは、以前より長く走り、疲れにくくなった。

老いた者の回復も早い。


「土の成分も微生物の量が劇的に増えている。」

イトは独り言を漏らした。


この10年の農作物の収穫量。

医者にかかる人口の大幅な減少。

レベルの平均値。


魔術に関しても、純度の高い魔法が生成できるようになった。

魔素の量を測る特殊な液体が入ったビーカーに

4元素を均等に分けた魔法をかける。

すると、液体は赤(火)、風(緑)、土(黄色)、水(青)

の見事に均等で鮮明なグラデーションをつけた。

それはこの地が安定しているという事を証明するものだった。

10年前のビーカーを見てみると、

グラデーションにはなってはいるが色は薄く、

不純物が混じったような不安定なグラデーションに

なっていた。

それが、年を負うごとに鮮明になってきているのは

一目瞭然であった。



どれも、説明がつかないほど向上している。


世界そのものが底上げされた感覚。


「自然環境の変化では説明できない……」


 コンコンと、ノックが聞こえた。

 開けっ放しの自室の入り口に一人の男が立っていた。


 「よっ!」


 そこには柱にもたれ掛かる、派手な男が立っていた。


 「なんだダイネ(おまえ)か」


 「なんだよ! つれない返事だな イト先生!」


 (はっきり言って俺はこの男が苦手だ。普通に暮らしていれば

絶対に知り合いにならないタイプだ。それにわざと「先生」を

つけて呼びやがって…!)


「何の用?」

イトはペンを走らせながらそっけなく返した。


「セツナに会ったぜ」


「何?」


イトはゆっくり振り返り、ダイネを見た。


「お! 食いついた!」


「なんだ 早く言え!」



リザード国の動乱、キルヒードの件、龍脈と会所の事…

セツナからの情報も含め、ダイネは大雑把に話し終えた。


イトはため息をついた。


「フゥ… 俺はあれだけ言ったのに、余計な事を、

よりによってジャヒード王と邂逅(かいこう)したのか、

一番最悪じゃないか…」


「あいつは名のってないから大丈夫だと言ってたけどな」


「どうせバレてるさ。獣人族の服を着た人間族が他にいるか?

ああ…考えたくない。 

そんな事より、会所(かいしょ)()り人か。

興味深い。」


「ジャヒード王の息子のキルヒードって奴に、セツナが()

潜り込ませて、奴の行動を追ってるらしいんだが、それが

面白い事になってるんだとよ。」


「面白いって…ヤレヤレ…嫌な予感しかしないぞ。

あいつにとっては全てが造作もない事でも

普通のやつにとっては……」

イトは額に手をやり首を振った。


「詳細はまた追って連絡しますって事だ。

ただ、キルヒードって奴、ありゃダメだな。ポンコツだ。

持ってるもんはあるが…

タイレルのおっさんの部隊に

放りこんで、1年も経ちゃあ、少しはマシかもな。」


その時、廊下の方が騒がしくなった。


「ダイネ様~」

「いつ帰って来たんですかぁ~」


複数の黄色い声がした。


「ダイネはここに居るぜぇ! かわいこちゃん達ぃ~」


「じゃあな イト先生。俺は殿下に報告してくるよ」


そうしてダイネは人間族の女中と獣人族のメイドの両腰に

手を回し、去っていった。



イトはバルコニーに出た。

雲ひとつない空の下、獣人族の街が穏やかに息づいている。

(セツナ、お前は何をしようとしている…)

あの癒しの力により、タイレルやガルマンのレベルは底上げされた。

しかし、俺は、あれが直接的な作用だとはどうしても

思えない。


 ――龍脈。


世界の深層を流れる、目に見えない力の流れ。

かつて仮説としてしか存在しなかった概念。


龍脈という言葉が初めてもたらされたのは5年前だった。

 

はるか西のドワーフ族の地下都市にジンの秘密部隊

“カラス”の密偵が忍び込んだ時、住民がその言葉を

使っていたという。

「龍脈の力が弱まり、掘削ゴーレムの調子が悪い」と。


もし、これが本当に存在するのだとしたら。

もし、セツナがそれに“干渉”したから だとしたら――

弱った龍脈が力を取り戻した――

しかし、セツナが龍脈に力を補ったとは考えられない。

途方もない魔力を持ってはいるが、そこまでできるとは

考えにくい。

何かしらの条件があるのかもしれない――


もしくはセツナ(あいつ)自身が龍脈の一部……


「いや、あまりに突飛(とっぴ)な話だ……」

 

イトは自分の思考を、そこで止めた。

あまりにも情報がない。

文献も、物証も、伝承すら残っていない。

あるいは、あまりにも綺麗に、消されている。

それが“悪しき意図”なのか。

どちらにせよ、確信に近い問いが生まれた。

「……この国のどこかにも会所はあるはずだ」

呟いた言葉は、誰にも聞かれなかった。

 

イトは上昇気流をつかんだコンドルが円を描きながら

小さくなっていくのを黙って見つめていた。

その光景をまるで何かと重ねるように。





セツナは、崩れた石柱の上に腰を下ろしていた。

足元には乾いた大地。

遠くには、リザード人の集落の灯りが見える。

風が吹くたび、彼の外套(マント)が小さく揺れた。

視界の端に、別の場所の気配が重なっている。

キルヒードに()()している

小さなハナアブからの映像。

洞窟。

花に覆われた会所。

青い光を纏った鎧。

キルヒード。

――黙って成り行きを見ている。

思わず干渉したくなる。

剣が振るわれる感覚。

盾が弾かれる衝撃。

墓石が砕ける音。

感覚も念波として伝わってくる。

「……」

助けようと思えば、できる。

止めようと思えば、止められた。

だが、そうしなかった。


セツナは、ただ空を見上げた。

リザード人領の空は、今日も曇っている。

獣人族の国ほど、澄んではいない。


風が、わずかに流れを変える。

その瞬間、時間が歪む感触が伝わってきた。

それと同時に映像も途切れた。

「あの王子……掴んだんだ」

それは(キルヒード)にとって祝福ではなかった。

救済でもなかった。

世界の仕組みが、彼に牙を剥いた結果だ。

セツナは立ち上がり、外套を翻した。

「僕じゃない……」


「次は……もう少し北か」


誰に言うでもなく呟き、

彼は歩き出した。


セツナが座っていた場所に、

小さな植物が芽吹いていた。

 



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ