役目
キルヒードは狭い洞窟を進む。
肩をぶつけ、頭をぶつけ、
それでも足が勝手に動いた。
もっと早く、急がなければ。
何かが彼を急かす
ドラゴンも、クリシュも…どうでもいい事に思えた。
やがて道は広くなり、
背の高い草が生い茂げる空間になった。
キルヒードは草をかき分けて進んだ。
しかしすぐに行き止まりになった。
壁を手探りで確認する。
「扉か…?」
朽ちかけた分厚い木の扉がそこにあった。
ドアの隙間から淡い光が漏れていた。
キルヒードは朽ちた取っ手を持ち、ゆっくり押す。
重くかすかに軋む音を出しながら開くと
まばゆい光で思わず目を細めたが
ゆっくり目を開ける。
(ここは……)
ンディマの謁見の間ほどの広さだろうか。
空があった。
見た事も無い青い空。
一面に色とりどりの花。
見た事も無い生物がひらひらと舞っている。
そして、中心に小さく小道が続いていた。
その小道の先に、小さな小屋が建っている。
キルヒードは歩を進めた。
さっきまでの焦燥感はどこかへ消え、
今はただ、真っすぐ目の前の小屋に歩を進めた。
小屋の前まで来ると、朽ち具合は想像以上だった。
藁ぶきの屋根の重さに耐えきれなくなったのか
小屋の半分を押しつぶしていた。
それでも
不安と期待が入り混じった感覚は拭えない。
木製のポーチには、鉢やテラコッタが綺麗に
並べてある。
曇った小さな窓からは、中はうかがい知れない。
キルヒードは朽ちかけたポーチを慎重に歩き
玄関の扉の取っ手に手をかけ、
ゆっくりと押した。
ドアは音もなく開き、久しぶりに空気を吸ったように
部屋の埃が舞った。
小さい窓の下にキッチンがあり
埃を被った皿とスプーンが丁寧に立てかけてある。
窓から差し込む光で埃がキラキラと光る。
テーブル、それに木のコップ。
椅子が2脚。向かい合っている。
小屋の裏は、小さな丘になっていた。
丘の向こうは濃い霧で見えない。
丘にはいくつかの石碑が建てられていた。
そのうちの一つの石碑の傍に寄りかかるように
誰かの亡骸があった。
キルヒードは片膝をつき、胸に手を当て
死者の魂に頭を下げた。
石碑に何かが彫ってある
(古代文字か)
<ウィストリア・ンディマ・ドラグウール ここに眠る>
夫 カーディナル・ンディマ・ドラグウールより愛をこめて。
(ドラグウール……)
ふと
この亡骸が何かを握っているのが見えた。
キルヒードは慎重に抜き出した。
それは、小さく折りたたまれた羊皮紙
に書かれた手紙だった。
一呼吸置き、羊皮紙を開く。
<名も知らぬ誰かへ
この文を読んでいるという事は
私は朽ちてしまったという事だ。
そなたに悪しき意図が無いことを願うばかりだ。
妻が死に、一族は私だけになってしまった。
しかし私もそう長くはない。
私が死ねば、この場所は誰が受け継ぐのか
それだけが心残りだ。
護り人は、私の代で終わるのだろう。
弱きものの呪いにより。
弱きものは
人の体内に侵入し、その者を支配する。
ゆっくりと、着実に。
身ごもっても、生まれて来るのは奇怪な
生物なのだ。
それゆえ、私達には子孫を残す事が
できなかった。
日に日におかしくなっていく妻を
ただ見守るしかなかった。
ここは龍脈の会所と呼ばれる場所だ。
この世界には龍脈と呼ばれる力の流れがある
その流れが交差する場所が会所だ。
会所は世界の様々な場所に存在する。
我らはこの地の会所を護り続けてきた。
悪しき心を持つ者が手にせぬように。
しかし、最近龍脈の流れが弱くなっている。
世界は混乱し、形を変えていくだろう。
あわよくば、そなたが我が意志を
受け継いでくれる事を願う。
カーディナル・ンディマ・ドラグウール
暁の暦1550・若草の期・10 >
「1550……500年前…」
キルヒードはしばらくその場に立ち尽くしていた。
(護り人だって? 冗談じゃない)
キルヒードはその手紙をぽたりと落とした。
踵をかえし、戻ろうとした瞬間
地響きが起こった。
(今度はなんだよ)
小屋のある場所の地面が割れ、中からうめき声
が聞こえる。
—苦しい…助けて…ママ…ママ…-
小屋が割れた地面に吸い込まれていく。
落ちていくテーブルとカップ見える。
そして、小屋と入れ替わるように
地面の割れ目から、緑とも青ともつかない
液体があふれ出してきた。
やがて液体は盛り上がり、キルヒードの背丈
を追い越し、次にだんだん人の形を成していく。
やがて目の前には、青い光に包まれた
鎧を着た人物が形成された。
鎧は無言で剣を抜く。
「ハァ……なんだよ、戦えって事か?」
「……」
その瞬間、鎧はキルヒードに向かって踏み込んだ。
キルヒードは剣と盾を持つ手をだらりと下げた。
(もういいよ)
その時また声が聞こえた。
<盾!>
キルヒードは一瞬で現実に連れ戻された。
灼熱の砂漠での打ち込み訓練が頭によぎった。
反射的に盾を構え、軸足を前に出し、腰を落とす。
バチ――ン!!
鎧の剣が盾に当たり、火花が散った。
(重たい…骨が砕けそうだ…)
<続けて来るぞ!>
鎧は連撃を繰り出す。
盾を持つ手が徐々に下がる。
「ダメだ…腕が上がらない…」
ついにキルヒードは連撃に耐え兼ね
後ろに飛ばされた。
尻もちをついたキルヒードに鎧がゆっくりと
近づいていく。
「ハァハァ…」
大量の汗が地面に落ちる。
ふと横を見ると、護り人、カーディナルの躯が
墓石に寄りかかっているのが見えた。
(なんの疑いもなく、あんたは、役目を全うして…
幸せだったのか… 俺は…)
鎧が剣を振り下ろす。
咄嗟に剣で防ぐキルヒード。
はずみで剣が弾き飛ばされてしまう。
腕が軋み、強烈な痛みが全身を駆け巡る。
「ぐあっ!!」
次の一撃を、横に回転して回避する。
鎧の一撃は、墓石に直撃し、薪木のように
真っ二つに割れた。
(ッ!?)
割れた墓石の中心に光る何かが見える。
(なんだ? 剣の柄…?)
転がって鎧の剣をなんとかかわしながら
咄嗟にその柄に手をかけた。
その瞬間
弓で頭を射抜かれたように全身に衝撃が走り
電流が流れたように全身がしびれ
景色がスローモーションになっていく。
頭が真っ白になった。
手の中の剣の柄は光の粒子となり
キルヒードの中に吸収されていった。
音が消え、匂いも、温度も感じない。
景色はブラックアウトし、鎧の輪郭だけが
ぼんやりと見える。
キルヒードはゆっくり立ち上がり、
スローモーションで剣を振り下ろす鎧の
真後ろにゆっくり回り込んだ。
世界が通常の速度に戻った時、鎧の剣は
空を切っていた。
いつの間にか後ろに居たキルヒードに、
咄嗟に距離を取る鎧。
キルヒードの後ろで羊皮紙の手紙は静かに空気に
溶けていった。




