王子の役割
(そもそもドラゴン討伐など行きたくなかったんだ)
目の前のドラゴンは巨大な口を開け、喉の奥に
エネルギーが集まり出している。
(このまま焼かれれば、俺は自由になれる。)
またあの声が聞こえる。
<炎を吐く瞬間がドラゴンの隙だ。君は奴の股の下を通って反対側へ行くんだ>
「お、お…俺は… だ 誰かおらぬか!? 」
声がかすれる。
<残念ながら君しかいない>
また声が聞こえる。
(あ…足が…動かない…)
圧倒的な強者を前にして、優先順位を決められない。
そして、ドラゴンは強烈な炎を吐いた。
<……>
声の主は人差し指を軽く動かした。
ドラゴンのブレスが到達する直前、キルヒードの目の前に巨大な岩が落ちてきた。
岩の陰で腰を抜かしてへたり込むキルヒード。
(た…助かった…)
しかし、ドラゴンは落ちてきた岩を、まるで小石のごとく
片手で払いのける。
また声が聞こえる。
<ドラゴンは苛ついてる。噛みつき攻撃が来るよ!伏せて!>
「ウッ!」
謎の声に言われるまま、キルヒードは反射的にうつ伏せになった。
ガコン!
と ドラゴンの口が鳴り、キルヒードのすぐ上で空を切った。
ドラゴンの酷い口臭と、熱い息がキルヒードに降り注いだ。
(もう嫌だ、なんで俺ばっかりこんな目に……
死にたくない…死にたくない…)
◆
頭の中に昔の光景がフラッシュバックする
「あれ? 僕の練習着がない……」
「どうかされましたか? キルヒード王子?」
「ひょっとしてあれでは?」
ヒムリーが窓の向こうの木を指さすと
巨木の枝に服がひっかかり、はためいていた。
「あって良かったですね! 王子!」
と少しだけニヤつきながらヨムが言った。
――現在の王下6剣のヒムリー、クリシュ、サイラス、ヨムは
キルヒードとは士官学校の同級生だった。
全員、リザード国の有力な貴族や商人の子供たちで、それぞれの家は
ジャヒード王政の後ろ盾でもあった。――
「あ、まずい 早く授業に行かないと! 次の実習の先生、時間には
うるさいんだよな!」
と、ヒムリー
「行こうぜ、クリシュ」
とサイラスが告げると
「う、うん……」
と言いながらクリシュも後を追いかける。
「あ…待って……」
キルヒードは消え入りそうな声を出したが、誰も立ち止まる者は居なかった。
そのあと木に登り、ビリビリに破かれた練習着を身に着け
遅れて実習に参加した。
皆の嘲笑が聞こえる。
(僕はどうすれば良かったんだ……)
(ヒムリーやサイラスは、自分達より僕が前に出る事を許さなかった。)
剣技の授業で、キルヒードはサイラスに鋭く打ち込んだ。
授業の後
「誰のおかげで生きてられるんだ? 王子」
「俺たちの家がなけりゃ あんたはお気楽な王子なんて身分でいられねー」
後ろでそう聞こえた時も、愛想笑いに変えるしかなかった。
(その時のクリシュの僕を見る目が忘れられない。あの憐みの目)
クリシュ・ラーハドの親は、古い貴族であった。岩塩の流通に関わる商売を
手広く展開しており、リザード国におけるシェアは70%にも上る。
そして、すでにこの頃にはキルヒードとクリシュの結婚が決められており
もうすぐラーハド家がこの国を一手に牛耳る事になるだろうことは
誰の目にも明らかだった。
◆
気が付けば、床を這いまわり、転げながら、なんとかドラゴンの
攻撃から逃れていた。
顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃ。
「うわあ~ えぐっ えぐっ…… ぎゃあー たすけ…!!」
ドラゴンが突進してきたが、それをなんとかかわすと、ドラゴンは
顔が壁面に埋まるほどの衝撃で激突した。
大きな土煙が巻き起こった。
気が付くと、目の前に剣と盾があった。
<それを持って構えて!>
またあの声がする。
ドラゴンは動かない。
しかしその時、数刻前のクリシュの一撃の記憶がよぎる。
(簡単に間合いに入られ、防御ごと弾き飛ばされた……そして
クリシュのあの目……あの時と同じだ)
――俺が剣と盾を持ってどうする――
(女にも勝てない)
その時、背中に強烈な衝撃が走った。
「ぐあっ!!」
キルヒードはドラゴンの尾の一撃で壁面に叩きつけられた。
気が付くと手には咄嗟に取った剣と盾が握られていた。
(どうせ死ぬなら……)
キルヒードは震える足で剣と盾を構えた。
「うわ――!! 来てみろ! ドラゴン!」
そう言うとキルヒードは剣を天高く掲げた。
――聖炎覇王剣——
と、キルヒードは心の中で呟く。すると、剣は炎を纏いだした。
(俺は何を言ってるんだ……言うと皆が喜ぶ……お決まりの……)
キルヒードの咆哮にドラゴンも答える。
その咆哮は灼熱の暴風と化し、キルヒードは紙切れのように吹き飛ばされた。
そして、いつの間にか剣にまとった炎は消し飛んでいた。
ドラゴンがキルヒードに追い打ちをかけようとした瞬間
ドラゴンはピタリと動きを止めた。まるで我に返ったように。
そして、鼻を上に向かってヒクヒクさせている。
一声吠えたのち、巨大な羽を一度羽ばたかせ、飛び立っていった。
◆
「ムドオン様。キルヒード王子を確認しました。」
黒いローブを着たリザード人が3人、岩陰に潜んでいた。
そのうちの一人が、赤く光る石に向かって会話している。
「でかした。やはりまだそこだったか。して、王子は生きているか?」
「先ほどまで、ドラゴンと戦闘……いや、戦闘とは呼べませんが……
まあ ご存命です。」
「お前の感想を聞いているのではない。生きているとわかれば良い。 ドラゴンはどうした?」
「ドラゴンはキルヒード王子を襲うのをやめ、北の方角に飛び立ちました。」
「他に変わった事は?」
「……ドラゴンと戦闘中、王子は誰かと会話しているように見えました。」
「それは確かか?」
「はい」
「その会話の相手は?」
「確認できません。」
「……ふむ。頭の片隅にいれておこう。」
「王子はどうされますか?」
「まだ生かしておけ。何かの交渉材料になるやもしれん」
「はっ では引き続き」
会話が終わると同時に赤い石はただの石に戻り、粉々に砕けた。
その様子を見ている者が二人。
「なんかきな臭くなってきたな、セツナ」
「噂話ではここに塩の鉱脈があって、ドラゴンがいるから進めないって
事だったけど……」
「あのドラゴンはずっと北に生息している種だ。こんな砂漠にいるなんて変だぜ」
「あの子は連れて来られたんだ、番人として」
「ここには何がある? 本当に塩なのか?」
「巨大なエネルギーの気配がする。この洞窟の奥で」
◆
キルヒードはゆっくりと目を開けた。
そこにはもうドラゴンは居なかった。
(何一つ通用しなかった)
上を見上げると、はるか上に空があった。
(ずいぶん下まで落ちてしまったな……)
ふと見ると、小さな横穴が口をあけていた。
(こんな横穴あったんだ……)
キルヒードは反射的にふらふらとその横穴に歩を進めた。




