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永劫のセツナ  作者: ALOE
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汗と塩と

 人垣の前に、フードの男――ジャヒードが出た。


 肩の傷を押さえながら民衆の前に立つ。


「民たちよ!聞け!」


 声は低く、しかしよく通る。演説をし慣れているのだろう。


流民たちのざわめきが一瞬静寂に変わった。


「都を出てどこに向かうのか?」


人々の視線はセツナからジャヒードに移った。


すると民が口々に声を出し始める。


「ムフティール様の元へ!」


「この都にいたところで明日のパンは保証されない!」


「奇妙な病で夫が死んだわ!」


「あんたのせいだ!」


「子供を返せ!」


ジャヒードが口を開く


「ムフティールの所へ行ったとて状況は一緒だ!奴が国を安易に開いたせいで、今や移民が大量に押し寄せ、自国民の生活を圧迫しているのだ!」


民の一人が叫ぶ


「あんたに何ができる! 」


「塩も取れないこの国に稼ぐ力などありはしない!」


ジャヒードが返す


「新しい塩の鉱脈が見つかったのだ! そこを開拓しに皆で協力しようではないか!」


「塩だって? それが幾らになるんだ? もうたくさんだ!」


「俺は兵士になって、獣人族の国に攻め入るのさ! かつて弱小国だったあの国は最近みるみる繁栄していると聞く。 奪ってやるのさ。」


若いリザード人が血走った目で言った。



「他国に戦争を仕掛けるなど、このジャヒードが許さん!」


(ただでさえ国力の弱体化が激しいこの国が攻め入っても潰されるだけだ――)


その時どこからか石が飛んできた。


ジャヒードは腕で防いだが、それを皮切りに様々なものがジャヒードに投げつけられてきた。


「引っ込めー!」


「あんたは俺たちのリーダーではない! 俺たちのリーダーはムフティール様だ!」



その時後ろから声がした


「ジャヒード様!早く馬車へ」


御者が叫ぶ。


「さあ あんたも今のうちに」


とジャヒードはセツナに声をかける。


セツナはジャヒードと共に馬車に乗り込んだ。



 


馬車に乗り込んでしばらく無言だったが、


やがてジャヒードが口を開く。


「見苦しい物を見せてしまったな。」


セツナは何も答えなかった。


「結果としてあんたも助かった。違うか?」


ジャヒードが続ける。


「あの赤い花、流行り病だ。死に至る。今のところ治療法は無い。」


「……」


「あんたの着てる服、それは獣人族の伝統的な服だ。そしてその藍色の染料はフェルザリア領のアッシアーナ山脈にしか生息しないバッタから抽出した、とても貴重なものだ。獣人族の中でも位の高い者しか身に着ける事ができないという。」


それでもセツナは沈黙を続ける。


「ところで、この数年のフェルザリアの発展は目覚ましい物がある。聞いた話だが、人間族が覚醒し、獣人族と共に、都に様々なものをもたらしたと言う。眉唾な話ではあるが、どうやら本当らしい。そして人間族を覚醒させたのは、不思議な力を使う人間族の少年だったそうだ。」

ジャヒードはすました顔で遠くの景色を見ながらそう言った。


「ジャヒード殿」


ここでようやくセツナが口を開く。


「とても興味深い話ですね。だけど私には全く知り得ぬ話です。」


そう言ってセツナは仮面を外した。



「こ……これは、失礼した。」



セツナは幻惑の魔法で本当の顔ではない獣人族の顔をジャヒードに見せていたのだ。


「私が幼少の頃、火事に遭いまして。その時のやけどの跡は今でも……」


(ちょっとやりすぎちゃったかな、やけどの跡……)


セツナは心の中で少し反省した。





馬車はやがて岩肌が剥き出しになった一帯へ出ると、空気の匂いが変わった。


 岩塩の採掘場だった。


 白く結晶化した壁面。


 ツルハシの跡。


 そして、そこで働く人間族……


――ここでも――


 鎖は見えない。


 だが、逃げる選択肢がないことは、一目で分かる。


「塩の採掘場は初めてですか? ここでは、人間が使われています」


 ジャヒードは、淡々と告げた。


「このような作業には人間を使うのが一番いい。

いくらでも替えがきく」


 セツナは、何も言わない。


 視線の先で、作業を終えた遺体が運ばれていく。


 誰も、立ち止まらない。


「死んだ者は、無駄にしません」


 ジャヒードの言葉は、事実を述べているだけだった。


「労働力は、次の労働力を生みます。糧となるのです。


 ……この国では、それが当たり前です」


(無駄にはしない…?)


 セツナの胸の奥で、何かが軋んだ。


 怒りではない。


 嫌悪でもない。


 理解してしまったことへの痛みだった。


 


 

 夜。


 人の気配が引いた後、


 セツナは一人、採掘場を見下ろす丘の上に立っていた。


 月明かりの下、赤い花が、岩の隙間に根を張っている。


(僕はやっぱりこうするよ、イト先生……)


 セツナは、誰にも見られないよう、静かに地面に手を置いた。


 緑の光が、ほんの一瞬、脈打つ。


 音はない。


 風も変わらない。


 だが、地面を伝ってその力は広がっていった。

 

 

 翌朝。


 採掘場では、奇妙な光景が広がっていた。


採掘場現場監督のリザード人、ラハードは朝から慌ただしかった。


部下からの、異常を知らせる報告が後を絶たない状況だったからだ。


「ラハード隊長! 人間どもが!」


「言う事を聞きません、契約書を見せろだの、権利だのと騒いでいます。」


「隊長、第一坑道の人間が食い物を寄こせと!」


丘の上にある管理小屋から採掘場を見ると、あちらこちらで人間とリザード人の小競り合いが見て取れた。


「どうなってんだ……こりゃ」



――――――



名もなき人間だった。


何を見ているのかも、何が聞こえるのかも、今がいつなのかも。そのような概念は無かった。


朝起きると、そのまま穴の中へ歩を進める。


地面に転がるツルハシを持ち、穴を掘り進めた。


その横で岩の欠片をかごに入れて持っていく者がいた。


だけど、そんな事はどうでもよかった。


ただ目の前の岩を掘り進めた。


そうしろと言われたからそうした。


ある時、目の前が真っ暗になった。どうやら倒れたらしい。


気が付くと空を見上げていた。


声が聞こえる。


「西の捨て場に持って行け!」


「こいつまだ生きてます。」


「ああ ダメだ、もうもたん、捨ててこい」


気が付くと、人間が山と積まれた穴に投げ込まれていた。


だが何も感じなかった。


――――――


しばらくして、眩しさに目が開いた。


なんだ?――


暑い、痛い…… この感覚はなんだ、言葉?


「腹が減った」

自分が言葉を発した。



不要となった奴隷を破棄する穴に投げ込まれ


目覚めると覚醒していたという事を自分が知るのは、しばらく経ってからだった。


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